人魚銀土前編『決心』
俺の恋人は人魚だ。
最初にアイツが浜に打ち上げられてた所を見つけた時は、とうとう俺は飢餓状態が長すぎて気が狂いだしたんだと卒倒した。気を失ったのも一瞬の間のようだったようだが、目が覚めもう一度奴を見ると、ちゃんと腰から下が鱗で覆われていた為、幻覚では無かったと再認識し、清々しい笑みを浮かべて俺は再度卒倒した。助けた後に分かったことだが、黒く輝く髪とよく似て美しい輝きを放つ鱗を身に纏ったこの人魚は土方といい、あろう事かあの真選組の一員であるようだ。正直何がどうなって人魚であるこいつが真選組の副長の地位にまで上り詰めたのかは気になるところではあるが、ここまでくるともうどうでもよくなった。それより俺が困っていることは、ここ最近の記憶のほとんどが飛んでしまっている事だ。感覚としては、小学校の頃のアルバムを見つけてふと開いてみたらある特定の人の顔だけが切り取られていて、その人の顔が思い出せない不快さと、何故穴が空いているのか何故思い出せないのかという気持ち悪さが混ざりあったような感じだ。さて、俺は冒頭で俺の恋人は人魚だと言った為、土方くんが俺の恋人だということは皆も分かっていることだろう(どういう経緯で恋人になったかは割愛させてくれ、いつかその話はしてやるつもりだ)。そして俺が浜に打ち上げられていた土方のことを助けた(俺が人魚が存在しているのを目の当たりにして卒倒したということでもまあ別に良い)ということは、俺が人間であるのだということも説明しなくても分かるだろう。
そこで、だ。俺は1つ疑問に思ったことがある。
「なんで俺の生息域が陸から海に変わっちまったんだ…?」
俺はいつの間にか土方と海の中で暮らすようになっていたのだ。
「銀時、あれなら別に生でも食えるんじゃねぇか?」
土方は少し先にある海の幸だと思われる物を指さして俺を見つめる。
今まで人間であった俺の価値観を大切にして、土方は生で食べることが出来るだろうと思われる物を態々俺の為に一緒に探してくれるのだ。今まで地上で料理をしてきた人間からするとやはり生で魚を食べるのは寄生虫や生臭さが気になるし何より生理的に受けつけられない。なので土方の思いやりはとてもありがたいものだった。
「お、まじ?確かにあれなら生でもイケそうな気がしないこともないような……そんなこともないような……」
「どっちだよw……取り敢えずじゃあ俺あれとってくるからお前はそこで待っとけ」
それに土方は俺が海に慣れてないからと言って、俺の代わりに狩りもしてくれる。俺が泳げないのは変わらない。当然だ。
だって俺は人魚になっていないのだから。
人魚である土方と一生添い遂げる為に俺も人魚となって海の中で生活する。これならまだ海の中でずっと生活できる理由としては納得出来る。身体が人間から人魚の構造に変化するなら、泳げるようになっていたり酸素の取り入れ方が変わっていたりしても別におかしくはないだろう。だが俺は人魚になっていない、なっていないんだ。
人魚になっていないのに海の中で息ができるのは何故だ。
ここ最近の記憶が綺麗さっぱり消えているのは俺が海の中にいる理由と関係があるのか。
土方は俺が人魚になっていないのに海の中で生活していることに何故疑問を抱かない?
あんなに仕事一筋だった土方は今俺につきっぱなしだが、仕事はどうした?
万事屋は、街の皆は今どうしているんだ?
…この、身体中にある” アザ ”のようなものはナンだ?
1つ疑問が頭に浮かぶとまた1つ、また1つ。
一度疑問に思い始めてしまうと止まらない。
分からない、分からないことだらけだ。
「ほら、これ、食ってみろよ。マヨネーズには到底及ばねぇが、マヨネーズに次ぐ俺のオススメだ!」
土方は採ってきた物を俺に誇らしげに見せた。その誇らしげな顔はまるで子供が満点を取ったテストを親にみせているかのようで
(───愛おしいなぁ…)
なんて考えていたら、土方に「聞いてんのか」と尾鰭で叩かれてしまった。
「イタタタタごめんごめん、ごめんって土方、俺の為に態々ありがとな、」
本気で叩かれてしまったら軽く骨折はするだろう、だが今土方に叩かれた所は全く痛くない。反応を返さなかった俺に怒っての行動だと考えると本当に愛らしく思うのだ。そう思って感謝の旨を伝えると、「……おう。」と、今にも消え入りそうな声で返事され、
「あんなに誇らしげに言ってたのに素直に褒めたら照れるの何!?可愛すぎじゃない!?」
と叫んでしまい、割りと本気で叩かれそうになって怖かった。照れた顔も可愛い…なんて思ってる暇も無かった。
恐る恐る土方の採ってきてくれたものを口に含み、時間をかけてゆっくり咀嚼し、胃に運ぶ。
「……美味いか?」
「相変わらず海の味だなー…って感じだけど、土方が採ってきて一緒に食べてるって考えたら滅茶苦茶美味しく感じるよ。やっぱり土方が採ってきてくれたものは何でも美味しいな」
そう言うと土方は顔を逸らし、「…キザな言い方やめろ、気持ち悪ィんだよ」と憎まれ口を叩いたが、尾鰭がゆらゆらと揺れていたので、俺には喜んでいるのはお見通しだ。
本当にそう感じた。土方と見る景色はなんでも美しかったし、土方と食べるものは例えゲテモノだって美味しかった。愛する者と過ごす幸せを全身で享受できて、俺は本当に幸せ者だと思う。
だからこそマズいと思うのだ。目先の幸せばかりを受け入れて現実を見ようと思うことができないのだ。もし記憶が戻り、土方と一緒にいれなくなる理由があったとしたら?
───そうなったら俺はこの世界を壊すしかないのか。
なんて考えてしまい、クツクツと笑った。
高杉みたいなこと考えてんじゃねぇよ。
そう考えハッとした。俺は他の仲間の気持ちを少しも考えちゃ居なかった。俺は土方と一緒に居たいことを優先して、神楽や新八だけでなく、真選組副長としての土方の望みさえも犠牲にしてしまっているのではないかと。それならば俺一人の望みを優先するのは止めにした方が良い、アイツらの幸せを考えるべきだ。
俺は穴が空いてしまった記憶の部分を取り戻せるように思い出す努力をする決心をした。