スメール前日平空桜吹雪舞う、稲妻。今日もこの国の気候はあたたかで穏やかな風が吹いている。クリーム色のお下げ髪が風に遊ばれて、晒された肌で柔らかな風を感じる。髪がこれ以上遊ばれないように抑えながら目的地への歩みを進める。
稲妻上陸当初、雷鳴に閉ざされていたこの国。鎖国、目狩り令……色々な事があったが、人々の沢山の思い……願いが通じた今はこの国が空は好きになっていた。
長い石畳階段を登り、花見坂を越えれば目的地はもうそこだ。天守閣に1番近く位置付けされている天領奉行所。
「平蔵の事だからきっと奉行所の外にいると思うぞ〜!」
「俺もそう思う」
空飛ぶ相棒と小さく笑いながら目当ての人物を探す。彼は奉行所内で大人しく仕事をするタイプではない。自称頭脳派を語ってはいるがそれ以上に行動的で身体と頭をフルで動かさずにはいられないのだ。その上、今は丁度おやつ時だ。この時間に彼が奉行所内にいる確率は極めて低い。それを考慮した上で奉行所周辺の露店を見渡した。
「「あっ!」」
声が重なり、1つの露店に注目する。人集りでも目を引く朱殷(しゅあん)色の髪に脇を強調した独特の服装。視線の先に目的の人物を発見した。
「やあ!2人共、来てたんだね!」
露店の店主に代金を払い、両手に品物を受け取った鹿野院平蔵は此方に気付くと人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。
「平蔵は相変わらず仕事をサボってるのか〜?また、裟羅にドヤされても知らないんだぞ〜!」
「これはれっきとした休憩だよ。探偵は頭脳戦が勝負だからね。しっかり脳にも栄養補給しとかないと」
両手に三色団子、みたらし団子、胡麻団子、餡団子を持ちながらドヤ顔する平蔵に流石のパイモンも少し呆れ顔だ。
「折角来たんだから2人共付き合ってよ!」
平蔵は持っていた餡団子を2人にお裾分けするとパイモンは目を輝かせ「勿論なんだぞ〜!」と勢いよく返事を返した。そんなパイモンに空はやれやれ、と苦笑いを浮かべた。
花見坂はその名の通り、どの場所からでも花見が出来るように、と桜の木が沢山植えられている地区だ。
「花見をするのに絶好の場所があるんだ♪」
と、話す平蔵に2人は着いて行った。
稲妻は周囲を海に囲まれた島国だ。少し高い場所に登れば雄大な景色が一望出来る。この景色と桜を見るという贅沢な花見となっていた。
「んにゃ〜もう食べれないんだぞ〜」
空に寄り掛かりながら寝転んでしまったパイモンは既に夢の国に片足が浸かっている。結構な量の団子を食べたからもう動けないのだろう。そんな彼女を横目に空も最後の一口を食べきる。
「それで?僕に何か話したい事があったんじゃないの?相棒」
「!」
平蔵の言葉に最後の団子が上手く飲み込めなかった。顔にも出さず、普段通りにしていたはずなのに何故大切な話があるという事が平蔵に分かってしまったのだろう。それを見越した上で話す機会を作ってくれた、というのなら流石は名探偵の洞察力、といったところだ。
「流石は平蔵だね」
「そりゃあね〜!君は僕の大切な相棒だもの。君のどんな些細な変化だって見逃さない。じゃなきゃ、相棒なんて名乗れないよ」
「平蔵には適わないや」
自分の事を想ってくれる平蔵の素直な気持ちが伝わってきて空は本当に嬉しく思う。
稲妻に来て色んな人々に出会い、時には悲しい別れもあったが、沢山の縁を結んできた。その中でも一際眩しい位の好意を向けてくれている平蔵。自分の事を「好き」だと素直に伝えてくれる好意。自分の事を心の底から頼ってくれる信頼。平蔵の素直で真っ直ぐな気持ちに空も次第に惹かれていった。平蔵と逢う度にその想いは膨らんでいき、つい先日想いが通じっている事が分かり空は本当に嬉しかった。
平蔵の事は本当に大切だ。だからこそ、空はしっかりと伝えようと思った。
「明日の昼、スメールへ出立するよ」
ざぁ……っと山から吹いた荒い風が2人の間を吹き抜ける。先程までの柔らかなものとは打って違い、刺すような風が頬に触れ肌寒さを感じた。平蔵は喋らない。空の言葉に時が止まったように表情も団子を食べる手も止まってしまった。しかし、空の言葉を真摯に受け止めている様子で「そっか……」と小さく呟き、一呼吸をおいた。
「スメールは流石に遠いから頻繁に会えなくなるのは寂しいけど、相棒の大切な事旅立ちだもの。僕は応援するよ!」
と、いつもの調子で言った。けれど、萌黄色の瞳には寂しさが滲んでいて、にこっと浮かべた笑みにも元気が見られない。平蔵の見た事がない表情にズキンっと剣で深く斬り付けられたように空の胸は強く傷んだ。自分の言葉で彼にあんな表情をさせてしまった癖に自分も傷つくなんて勝手過ぎる。そんなエゴの塊のような自分が空は嫌でたまらなかった。
「ごめん……っ」
「それは何に対する謝罪かな?」
平蔵の冷静な言葉に自分の醜い心の核を触れられたようで空はドキッとした。
「スメールに行く事?僕を置いてこの地を離れる事に対する罪悪感?それならどれも不正解だよ。何故なら相棒は法に触れるような事も悪い事もしていない。謝る理由なんてひとつもないんだから。」
平蔵の言葉に視線を向けると優しい萌黄色の瞳が空を見詰めていた。
「別れはいつかはやってくるものさ。それに、これは永遠の別れじゃない。君には必ず成し遂げなければならない事がある……そうだろう?」
平蔵の言葉に空は強く頷く。平蔵は想いが通じあった大切な人だ。しかし、空には唯一の家族である大事な妹を探しだすという絶対的な目的がある。それだけは揺らぐ事はない。この空の言葉に平蔵は満足そうに笑った。
「自分の決めた道を曲げず突き進む……それでこそ僕が認めた最高の相棒だ!」
「平蔵……」
平蔵の言葉に無理している様子は無く、いつもの調子でスメールへの旅立ちを心から応援してくれている。そんな平蔵の優しさと芯の強さに空の胸が熱くなり一層締め付けられる。
「僕は大丈夫だから。そんな顔しないでよ、相棒」
「……っ!」
目尻にうっすらと浮かんだ雫を平蔵の指で掬われ、空は自分の目頭が熱くなり始めてる事に気が付く。平蔵と離れる事に対して一番寂寥の想いが強いのは自分の方だった。平蔵の事を心配と言えた口ではない。自分の方こそ覚悟が足りていなかったと空は思い知らされる。自覚すると、涙腺が壊れたように大粒の涙が空の頬を濡らしていった。
「君は風に愛された金糸雀だ。立ち止まりはしても、留まる事はない。だから、君を引き止める事は僕には出来ない。」
「……っ」
「僕はこの世界を自由に飛び回る君に惹かれたんだ。キラキラと蒼空を駆ける金糸雀のような君が好きなんだよ。僕は君を留める事は出来ないけど、君が疲れた時に羽休めが出来る止まり木位にはなれる、かな?」
「へいぞ……っ」
平蔵の純粋で優しさに満ちた言葉に溢れ出した涙が止まらない。妹を探す旅を始めてから泣く暇がない位に我武者羅に歩み続けてきた。それが平蔵と出会い、いつしか平蔵に想われたいと願ってしまっていた。平蔵に恋をして見ている世界に鮮やかな色が着いた。世界はこんなにも綺麗なものだと実感した。
妹を探し出すことが自分の一番で今もそれは変わらない。けれど、明日から平蔵と長い別れになるのだと思うとこんなにも胸が痛い。これほどまでに平蔵の存在が大きくなっていた事に空自身も驚いていた。
「平蔵、ありがとう……大好き」
「っ!?」
平蔵の体温が恋しくなり、空は平蔵に身体を擦り寄せる。滅多に言わない空の告白と行動に平蔵は目を見開いて顔はさながら炎スライムの様に真っ赤になった。
「ず、随分可愛い事してくれるじゃないか、僕の相棒は……っ!」
「平蔵、声が上擦ってる」
「相棒が可愛い事してくれちゃってるかねぇ?!」
「ふふっ、ならもっと可愛い事言っていい?……俺を抱いて、平蔵……平蔵の熱を忘れないように俺の身体に沢山刻んで欲しい……」
空の大胆な告白に平蔵は顔を真っ赤にさせながらも空の告白を受け止めるようにその身体を掻き抱いた。空は平蔵の背中に腕を回しながらその時の平蔵の顔が爆発手前の炎スライムようで可愛いなぁ、と思ってしまった。