【伏加】ジンクスをぶち破れエイプリルフールに吐いた嘘は、一年以内に叶わないのだそう。
「大丈夫。万が一振られてもエイプリルフールでしたーって誤魔化せばいいから!」
「そうそう。傍から見てイライラしてくんのよ。あんたらね、どっちかが一歩踏み出してたらとっくにお付き合いできてんのよ?」
「スピーカーで!スピーカーで!」
昼休み。虎杖と釘崎の手拍子付き「告れ」コールに押され、渋々加茂さんに電話をかける。
呼び出し時間約五秒で「はい。加茂です」の応答。いつもより大分早くて既に調子が狂う。
「あの、今時間大丈夫ですか?」
「ああ、少しだけなら。」
少しって、何分だ?いや、何秒かもしれない。なんにせよあまり時間がないことを察して、短く、簡潔に伝えようと腹をくくった。
「加茂さん、好きです。俺と付き合ってください!」
相手に見えることなどないのに、勢いよく深々下げた頭。受話器の向こうは暫くの沈黙。サーッという無機質な音が耳に痛い。
「……私もだ」
聞き間違いを疑う、意外なこたえ。
自分が完全に振られる気でいたことに気付く。受け入れられる予定がなかったために、勢いのある告白とはうってかわってしどろもどろになる。
「え、っ。すみません、それって……」
「私でよければ、付き合おう。ということだ」
思わず聞き返し、得たそのこたえは嬉しいはずなのに。落ち着いた声色に、今日がなんの日かということばかりがちらつく。
「遠距離になるが、何か用があってこちらに来る時は連絡をくれるとありがたい。私もそうする」
「はい……ありがとうございます……」
「ああ、すまない。人を待たせているのでね。ではまた」
「……はい……」
ぷつん。途切れ、ツーッ、ツーッ、という電子音がただただ頭に響く。
たった一言。「エイプリルフールじゃないです」と言うことができればよかったのに。うやむやのふわふわのまま、嘘か本当かわからないままやりとりを終えてしまった。
「詰めが甘い」
「わかってる」
「でも、よく考えたらうまくいっても所詮エイプリルフールよね」
「伏黒、加茂さんに嘘つかれたのかもな」
「……」
放課後。喫茶店。他人事と言わんばかりの、あまりにもさらっとした二人の態度を腹立たしく思いながらわざと音を立てグラスの中身を啜る。
ブラックコーヒーとはこんなに苦いものだっただろうか。
エイプリルフールに吐いた嘘は、一年以内に叶わないのだそう。
嘘ではないのだけれど。
いや。嘘にされては、困る。
「……やっぱり、もう一回電話してくる」
「お。がんばれー」
「ちゃんと結果聞かせてよ?」
喫茶店の外。開く電話帳。加茂さんの名前に触れる指が震えた。
呼出音は、留守電ぎりぎり。
「はい、加茂です」
「あの。何度もすみません。あの……お昼の……告白のことなんですけど……」
「ああ、エイプリルフールだろう?
真面目に返したが、後からみんなに教えてもらってね。変に浮かれてしまってすまない」
「真面目に返した」と「浮かれてしまった」という言葉と、明らかに気落ちしている声に胸が痛む。
「違います。嘘じゃないです。俺、加茂さんが本当に好きなんです」
「……からかうのもいい加減にしてもらえないか?」
さぁっと冷えた背筋と、ずっと駆け足のままの鼓動を感じる。時間を戻せたらどんなにいいかと、不可能なことに縋りかけた。
「……どうしたら、信じてもらえますか?」
「うーん……そうだね。
本当に、付き合ってもらえないだろうか」
音として聞こえた声の意味を一瞬理解出来ずに、間が開いてしまう。拒否や悩みの間ではない。そこを勘違いされては困る。
「はい。喜んで」
慌てて伝えた返事。声が裏返ったが、そんなことはどうでもいい。
少しして、スピーカーからくすくす笑い声がした。
「何が可笑しいんです?」
「いや、必死なんだなと思ってね。
すまない。こんな日に嘘みたいなことを言うから、少しからかってみただけなんだ」
じゃあ、本当に怒っているわけではなかったのか。胸を撫で下ろす。
「意地悪ですね」
「おや。どっちがかな?」
ああ。エイプリルフールに吐いた嘘は――
いや、ジンクスも何も関係ない。一年なんて区切りは要らない。
「俺、ずっと加茂さんのこと好きでいますから」
「それは嬉しいね」
言葉で言い表せない、込み上げてくる感情のまま携帯のマイクに軽くキスをする。
こそこそ柱の陰に隠れてこちらの様子をうかがっている虎杖と釘崎に、全く気が付かないでいた。