ラウグエss 明晰夢って言うんだろうか。夢は見ている間に夢と気づくことが多い。きっかけ? 人によるんじゃないのかな。俺の場合は世界の輪郭がどこか曖昧になって、自分がそれに溶け出していくような、奇妙な感触のせいだと思う。結局、夢の世界って俺に属する物だから。
ただ、その時は目の前の男の人――見たことはないのになぜか懐かしい――があまりにもありありとリアルで、その人だけが世界から浮いているかのように見えた。相手は、俺よりずっと年上だった。十歳くらいは上なんじゃ無いかな。大人って訳じゃなかったけど。緑と黒のすこし不思議な感じがする服を着ていて、半ズボンから覗く膝を綺麗にあわせた体育座りをしてこちらを見ていた。
整った唇がパクパクと動いてみせたけど、音は伝わってこない。水の中に沈んでいるみたいに低く減衰して、ぼんやりとしか。それでいて他の感覚は却って鋭敏だった。恐る恐る伸びてきた手に、頭を撫でられる感じとか。指先が外耳を掠めるときの甘いくすぐったさとか。徐々に強くなってく、俺を抱きしめる力とか。
ううん、嫌な感じはなかったぞ。いや、他の奴にそんなことされたらぜったい振り払って思い切り蹴飛ばしてやったと思うけど。どっちかっていうと、相手が酷く辛そうで、張り詰めているのが、気になった。だから笑い返して、俺からも抱きしめたんだ。そうすると安心するだろ?効果はあったと思う。ワンテンポ遅れて相手が浮かべたのは、いつまでも、ううん、いつでも、側で見ていたいと思わせるような笑顔だった。
「ていう夢」
「……ふうん」
自分から聞きたがったくせに、弟は大層不機嫌に眉根を寄せて、「今日は一緒のベッドで寝るから」と呟く。やれやれ。
「別にいいけど」
「ほんと!?」
一ヶ月ほど前から一緒に暮らすことになった異母弟は、いつも冷静であまり表情を変えない。だから、それが怒りだったとしても、ちょっとした変化を分かるようになれたことが嬉しかった。
「でも、夢の中に入ってこれるわけじゃ無いだろ」
「うう……」
軽口を叩きながら、目の前で険しいカーブを描く眉が、夢の中の男と相似形であることにはたと思い至る。多分、ラウダに兄が居たら――いや兄は俺だが──きっとああいう感じの……
「でも、またその変な男が来たら、絶対、僕が助けるからね」
全然理屈が通ってないくせに、なにか難しい命題を理解した後みたいな気持ちだった。多分あの人も俺のことを、そう思ってて……
「兄さん?聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。俺に何かがあったらお前が、助けに来るって話だろ」
俯く弟の眉をそっと撫でると俺は夢の中であの人に向けたのと同じ、満面の笑みを浮かべた。