長期休暇 きっかけは鳴女たち女性スタッフからのストライキだった。
「休みをください!!!!」
悲痛な叫びだ。仕事で趣味、休養、勉強、彼氏と遊ぶ時間、様々なものを犠牲にしているという訴えだった。
「勝手に休めば良いだろう」
「貴方がたが休まないと、他の者が休めませんから!」
ブチ切れた鳴女に言われ、鬼舞辻と黒死牟は国会閉会中の暇そうな1週間に、まとめて休暇を取ることにした。以降、他のスタッフも交代で長期休暇を取るそうだ。
いつも「休みが欲しい」と騒ぐ鬼舞辻だったので、さぞかし喜ぶかと思いきや、初日は泥のように眠ると、それからは何をしたら良いのか解らず、テラスでぼんやりと読みかけだった小説を読んでいた。
黒死牟も同じように鬼舞辻と初日は寝ていたが、翌日はこっそり持ち帰った仕事をして過ごすなど、二人揃って何をすれば良いのか解らない状態だった。
「近場にでも旅行に行きますか?」
黒死牟が提案するが、鬼舞辻は断り、何もしないまま2日目も終わってしまった。
「多分、最終日になると、あれをすれば良かったと後悔するのだろうな」
ワインを飲みながら鬼舞辻はぼやく。
「忙しい時はあれこれやりたいことが浮かぶのですが、こんなに時間があると、さっぱり思い浮かびませんね」
「こういう時の遊ぶのが下手な者同士というのは、お互いに使いものにならないな」
二人で大きな溜息を吐き、2日目にして休みを憂鬱だと思うようになってしまった。
片付けを済ませ、並んでベッドで寝るが、不思議なもので、時間がたっぷりあり、翌日のことを気にせず過ごせる夜に限って、互いにそういう気分にならないのだ。普段から、どれだけ忙しかろうと当然のように時間を割いて愛し合っているので、休みだから、と改まって意気込む必要もない。
鬼舞辻の腕枕でぼんやりと考え事をしていると、鬼舞辻が大きな溜息を吐いた。
「明日はジムにでも行きますか」
「あんなものは忙しい合間に2時間くらい行くから楽しいのであって、休みの日に一日過ごしたい場所ではない」
本当に我儘だなぁ……と呆れつつ、普段のキチキチに詰めたスケジュールを考えると、案外あれに助けられているのだな、と二人は改めて思った。
「引退するまでに何か趣味を作らないとなぁ……」
「そうですね、たった一週間でこれでしたら、こんな日々が死ぬまで続くとなると、先生は退屈で早くボケますね」
「お前……」
言いたい放題の黒死牟の脇腹を突いて、鬼舞辻は頬を膨らませる。
「お前も何か趣味を見つけておけよ。二人して縁側でぼーっとする生活など嫌だろう?」
「え?」
黒死牟はきょとんと目を丸くした。引退した後の生活について話し合ったことがなかった。今は公私とものパートナーとして一緒に暮らしているが、鬼舞辻が議員でなくなった時は自分も秘書ではなくなる。そうなった時の自分の居場所を考えたことがなかった。
「私、先生が引退した後も一緒にいても良いのですか?」
「は? 今更何を言っている。嫌なのか?」
「いえ……」
心臓がバクバクと脈打って、頭が真っ白になった。
何度も好きだ、自分の側にいろと愛の言葉を囁いてくれているが、「今」は実感できても、「未来」を考えたことはなかった。
薄暗い寝室の中で、薬指に嵌めた銀色の指輪は、滲んだ視界でも一際輝いて見えた。