アイドル無惨様×リーマン巌勝「頭を垂れて蹲え、平伏せよ」
「無惨様ぁー!!!!!!」
今日も無惨の前には「鬼」と呼ばれるファンがひれ伏している。類い稀なる美しい容姿は男女問わず大人気の為、皆が大きなうちわに「罵って」「踏みつけて」「餌にして」と書いて無惨に向けて振っている。どうやら、それらがファンサービスらしく、「上弦会議」と呼ばれる握手会では無惨にクリスチャン・ルブタンの靴で踏まれることを望むファンが後を絶たず、無惨も容赦なく踏みつけにする為、ファンは「最後に何も言い残すことはない、私を鬼にしてくれてありがとう」と魂を抜かれた状態で、スタッフに引きずられながら帰っていくのだ。
この継国巌勝も、そのファンのひとりだ。
高校時代に偶然、友人に誘われて武道館ライブに行ったのだが、そこから無惨の大ファンになり、大学、そして社会人になっても「無惨最推し」と書いた法被を着てライブに行っているのだ。
給料の大半を注ぎ込んで推し活をしており、上弦会議の為に買った山積みのCDは布教用に配り歩いている。
「無惨様の魅力はその美貌だけでなく、ずば抜けた歌唱力と演技力でもあるんだ!」
仕事のプレゼンより力説する巌勝。確かに無惨の歌の上手さは有名で「喉からCD音源」「歌うまおばけ」というあだ名がつくくらいである。そして演技力に関しても言わずもがな。
トーク番組では紳士的な王子様の佇まいで出てくるが、ステージに上がった瞬間、例の「頭を垂れて蹲え!」という口上から始まり、声援が足りない時は「これからはもっと死に物狂いでやった方が良い。私はお前たちを甘やかしすぎたようだ」と煽られ「無惨様ぁー!」という叫び声は更に大きくなる。
今日もバックに十二鬼月を引き連れて「鬼舞辻無惨with十二鬼月」としてステージに立っている。
「十二……って、ひとり足りなくないですか?」
テレビ収録の現場に来た巌勝は会社の後輩、獪岳に布教する為、リハーサル中の舞台袖に連れてきた。そんな獪岳は指で人数を数えながら言う。するとオタク特有の早口で巌勝は語り出した。
「良いところに気付いたな、お前、上弦の鬼になる素質があるぞ。まぁ、上弦の堕姫と妓夫太郎は交代制で曲目によって入れ替わるということもあるが、下弦は無惨様のアイデアで入れ替わりが激しいのだ。だが、こちらもきちんと6人体制を維持している。足りないのは上弦の壱、これも無惨様のアイデアでずっと空席のままなのだ」
「なんでですか?」
いちアイドルが人事に口出すってヤバくね? と思いつつも、巌勝の圧に負けて、とても言えそうにない。
「それは我々ファンが『上弦の壱』だと無惨様は認めて下さっているのだ」
「あぁ、だからファンを鬼とか上弦の鬼って呼ぶんですね!」
合点がいった獪岳だが、解ったところで嬉しくとも何ともない。
「でも継国さん、今日は俺たち仕事で来てるんで、『上弦の鬼』であることは極力隠して下さいね」
「解っている。気難しい無惨様は自分のファンだという業者を出入り禁止にしたという説があるからな……出そうになったら止めてくれ」
とは言うものの、巌勝は呼吸も忘れてリハーサル中の無惨を見ている。
高校生の頃、将来に何の希望も持てず、灰色だった日々に彩りを与えてくれたのは無惨だった。華やかなライトを浴びて歌い踊る姿に、無心で8本の紅梅色のペンライトを振り続けた。そして、どうしても無惨と一緒に仕事がしたくて、無惨の所属事務所のマネージャーも受けたが残念ながら不採用となり、こうして広告代理店に就職したのだ。
「お疲れ様でした!」
リハーサルが終わり、舞台袖に捌けてきた無惨たちに皆が一斉に礼をする。
「お疲れ様です」
爽やかな笑顔で皆に挨拶する無惨が巌勝を見つけて立ち止まった。
「お前、鬼だな」
「え?」
その瞬間、隣にいた獪岳が急いで前に出て、名刺を差し出した。
「産屋敷企画の稲玉と継国です。今回、無惨様のCMを弊社で担当することになりまして、そのご挨拶に参りました!」
続いて巌勝も挨拶しようとするが、間近で見る無惨の美しさに完全に固まってしまった。
「自己紹介は良い。そいつは握手会で何度も見たことがある」
認知してもらっていた! オタクとしてこれほどに嬉しいことはない。もう担当から外されても良いと感動していた巌勝だが、無惨はふたりを交互に見る。
「担当はどちらだ」
「わ……私です……」
恐る恐る手を挙げた巌勝を無惨は紅梅色の瞳で見つめる。無惨もそれなりに長身だが、その無惨が見上げるほどに背の高い巌勝は握手会でも異様に目立っている。そして、自覚がないようだが、巌勝はかなりの美形である。そんな長身の美形が無惨の缶バッジで埋め尽くされた痛バッグを持ち、「無惨最推し」と書いた法被を着て握手会に来るのだから、数多くのファンを抱える無惨でも流石に覚えてしまう。CDやグッズの購入金額、イベントへの参加率を考えると、かなりの強火担でもある。
本来なら自分のファンと一緒に仕事をするのは避けたい無惨だが、今回ばかりは相手は広告代理店の社員な上に、かなりの太客。邪険にすると厄介だと判断した。
無惨は両手で巌勝の手を握り、にっこりと微笑む。
「宜しくお願いしますね」
巌勝のすべての機能が停止したのは言うまでもない。その後の意識はなく、獪岳がひいひい言いながら会社まで背負って帰った。
こうして、念願の無惨と一緒に仕事をするという夢は叶えられたのだが、こんな状態で仕事が出来るのか? という無惨の不安を良い意味で裏切った。巌勝は仕事に於いては完璧主義であり、無惨も巌勝が自分のファンだということを忘れ、真剣に向き合った。
今回、無惨が担当するのは男性向け化粧品のCMで、どうしても男性向け化粧品は男らしいイメージキャラクターが起用されることが多いが、中性的な魅力を持つ無惨を使うことで「最低限のエチケット」である男性向け化粧品が「美を追求する」という方向性への転換が求められている。しかし、あまり美しさに拘ると男性が手に取るというハードルが上がってしまう危険性もある。無惨と商品の魅力を最大限に生かすことこそ、今回の仕事の肝である。
企画段階でそれらの要素を紹介する巌勝を見て、無惨は巌勝と二人で話をしたいと申し出た。
「継国さん」
「はい」
「あなたが今回、これほどまでに熱意を持って仕事に取り組むのは、私のCMだからですか?」
かなり思い上がった発言に聞こえるかもしれないと思ったが、率直な意見として聞いてみたかった。巌勝は少し恥ずかしそうに答える。
「その気持ちが全くない、と言えば嘘になりますが、担当した以上は良いものを作りたい。私はいつもそういう気持ちで仕事と向き合っています。なので、一緒に良いCMを作りましょう!」
そんな巌勝を見て、無惨は嬉しそうに笑った。
「今度、一緒に飲みに行きませんか? 継国さんとなら旨い酒が飲めそうだ」
その瞬間、巌勝は地面に蹲った。
「無惨様……仕事は仕事で割り切っていますが、鬼を辞めたわけではないので、過度なファンサはやめてもらって良いですか?」
あまりに供給過多で巌勝は顔を上げることが出来ない。そんな巌勝の前にしゃがんだ無惨はそっと巌勝の細い顎を掴む。
「私はお前を上弦の壱以上の存在にしてやっても良いと思っているけどな」
「え……?」
「あぁ、アイドルに恋愛は御法度だったな……ただ、人生で一度くらい本気の恋愛をするのも悪くないだろう?」
言葉の意味が理解出来ない。だが、間近で見る無惨の顔はとても美しいし、きっと毎日見続けても飽きないのだろうな、と思う。
まさか、そんな日々が現実として、すぐ側まで来ていることを巌勝は想像すらしなかった。