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    hitotose_961

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    hitotose_961

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    書きかけ

    私たちの幸福な人生〈仮〉私たちの幸福な人生 初めに言わなくてはならないことがあったとするなら、それは俺が刀で、君は人だったってこと。所詮俺たちは別もので、俺の身体は俺自身を体現していたけれど、それ自体は作り物だった。作り物の俺は君の望むようにどうとでもなる。だから、君が好きになったのは俺ではなくて、君が望んだ俺だったんだよ。とっても残念なことにね。

    私たちの幸福な人生

     目が覚めた。
     真っ白の天井には朝日が差し込んで、壁紙の細かな凹凸を浮き上がらせるようにポツポツと影ができていた。長義は何度か瞬きをすると、のそのそと硬くなった体を起こした。ずっと寝転がっていたせいで背骨が少し軋んでいるような気がする。頭はまだ覚醒しきっていなくて、外で鳥が騒いでいるのだけを知覚していた。口が乾いて粘ついているように感じるのがとにかく不快だった。
     ベットから転がり出て開けっぱなしの引き戸から硝子コップを取り出し、水道から水を汲む。朝の弱い光に照らされた硝子はぼんやりと光っていて、いつもより一層透き通っているように感じた。一杯では満足できず、二回ほどお代わりをしてからシンクにそれを置いて、代わりに電気ケトルに水を注いでセットして、スイッチを入れる。それから窓際までゆったり歩いて、幅の狭いカーテンを開ける。窓の外のすぐそこで電線に集まっていたカラスが長義の顔を見るや否やバタバタと飛んでいった。外には何も残らない。この辺りはすっかり森林が失われてしまっているので、窓の先に見えるのは宿舎の白い壁や灰色の電柱ばかりだ。
     政府刀剣向けの宿舎には何個かタイプ分けがされていて、長義が住むのは狭い代わりに個室をもらえる所だった。他の部屋だと3人から多くて10人程で一緒に暮らさなければならないので、気を使う。この部屋はやたら縦に長くてベットと文机を置くと残りは人が一人歩くのでやっとだが、それでも他人との共同生活よりは幾分かマシだった。長義はどうしても人と暮らすのができない。いつからかそういう風になっていた。
     ベットを整えようと長義が振り返ると、キッチン代わりにしているシンク隣の小スペースで電気ケトルがカチンと音を鳴らした。そろそろ足を擦りながら寄って行ってインスタントコーヒーを入れたマグカップに熱湯を注ぐと、ふんわりと豆の香りが広がる。一日の始まり方は大抵このように変わり映えのないルーチンをこなして、それで満足している。変えようと考えたことも無かったような気がする。長義はそんなことに価値を見つけられなかった。だって、自分は刀だから。
     
    (中略)

     主となった女は長義のことを可愛がった。元々は山姥切国広を大層気に入っていたそうだが、何が琴線に触れたのか、一目長義を見てからやたらと贔屓するようになっていた。
     山姥切さん、これ美味しいんですよ。山姥切さん、今日も部隊長をお願いできますか。あ、お召し物を作らせたんです。最近すごく頑張ってくれているから。
     こんな具合で彼女は長義に全てを与えて行った。美味しいお菓子。古馴染みと近い部屋。人の身を飾る装飾品。戦いの場。十分な休息。やがて長義は初期刀であった山姥切国広の立場を事実上乗っ取るような形で審神者に近侍を任された。
     彼女はしきりにこう言った。山姥切長義が『山姥切』だって、ちゃんと言わないとね。『山姥切』の名前は長義の物なんだからね。山姥切国広のことは国広と呼びましょうね。『山姥切』を『山姥切』と思わない人なんて、きっと世間知らずの愚か者なんだわ。
     或いはもしかすると、そのやり方は正しかったのかもしれないし、他の山姥切長義なら喉から手が出るほど望んでいたことなのかもしれなかった。けれど少なくとも、長義は違った。長義は自分を『山姥切』と呼ぶことを強制させたいわけではないし、あの写しを近侍の座から蹴落として欲しいわけじゃない。
     度々、長義は主に語りかけた。
    「君の好意はとっても嬉しいんだけどね、そんなに無理をしなくても良いんだよ」
     決まって彼女はこう答える。
    「いいえ、私は本科さんのことも写しのことも大事にしたいので」
     それがとっても綺麗な笑い方で言うものだから、長義は眩しさに目を細めるしか無かった。彼女はいつだって人想いだ。大好きな山姥切のことも、国広のことも、いっそう大事にして、不幸なことがないように他の刀に号令をかけて、山姥切長義を近侍に据える。けれど、彼女の中で確実に育まれていた写しとの物語は一体どこへやってしまったのだろう。確実に積み重ねてきたこの本丸の歴史の重みに、横入りした長義は耐えられるのだろうか。
     それでも審神者は長義を愛用したし、長義もそれを喜んだ。しかし新参の長義を贔屓することに本丸全体がよく思っていない気配もまた、長義は確かに感じ取っていた。この時から、本丸は静かに崩壊へと向かっていた。
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    hitotose_961

    CAN’T MAKE監査官さんと初めての冬の話。
    冬を知らない監査官さんうちの元監査官殿は冬を知らないらしい。最近南泉の周りでもちきりの噂である。
    最も、この精々100振りかそこらの刀と、人間が一人と、言葉を話す狐が数匹いるばかりの本丸において、噂というのは尾ひれはひれつく前に事実の確認が済んでしまうから、この話が本当のことだというのもまた誰もが知っていることだ。単刀直入に、南泉の腐れ縁もとい友人もといひっつき虫は冬を知らなかった。実際に何気なく聞いてみたところ『ああ、あれね。寒くて雪が降る季節』くらいの認識だった。『雪って綺麗だよね』とも言っていた。残念ながらこの本丸に降る雪は綺麗どころで済ませられる物量ではない。半分くらいは災害だという風に南泉は思っている。審神者が生まれも育ちも冬になれば人、車、電柱、家ありとあらゆる物が当たり前に埋まるくらいの豪雪地帯で生きてきたから感覚が麻痺しているだけで、決して今年はホワイトクリスマスかも知れないねとか呑気に言えるような気候ではない。就任初年の審神者がまるでトイレットペーパーかあるいはティッシュBOXを買い忘れた時のように『そうだ!除雪機買わなきゃいけないじゃん!』などと言ったから聞いていた初期刀がそんなものかと納得してしまっただけで、気を抜くと冗談でなく死人が出る。一年目を生き抜いた猛者どもに語り継がれる伝説の数々は決して誇張ではない凄みとリアリティがある。そんな本丸である。
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