Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    84moyaya

    @84moyaya

    作文をするおたく

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    84moyaya

    ☆quiet follow

    ニコセイ🍳🥧
    ワンライ

    お題:「おはよう」

    ※3章のネタバレしかない

    #ニコセイ

    Rainさすがに、一人前ではなかったかもしれない

     ニコは思った。

     これだけの量を食べきってしまうのがニューミリオンいちの大食漢であるこの男、ニコなのだが。それでも、両手をいっぱいにして抱えている溢れんばかりの林檎の量はただ事ではなかったし、街行く人が振り返ってまでその様子を凝視するので。マーケットを出てしばらく歩いた後、ニコは躊躇なく【クラックディメンション】を使って家路を急いだ。空を見上げれば今にも降りだしそうだったし、ちょうど良かったのかもしれない。

     セイジが目を覚ました。

     そう聞いた時、意外と冷静で。仲間と声を掛け合って彼の元へ向かった。一言一句、話した言葉を俯瞰した状態で覚えているのだから理性はしっかりと働いているはずなのに。ダイニングテーブルを埋め尽くす林檎の山のせいで全く説得力が無くなってしまう。
     眠っていた時間が長く彼自身の回復と。検査に次ぐ検査、それから御偉方からの聞き取り調査もあり、直ぐ様医務室から出られないのは分かっている。分かってはいるのだが、買い出しをすれば彼が好きなもの、好きそうなものを片っ端からかごに入れたし、カップケーキやオムレットを頬張りながら天井を眺めたりもした。毎食自分の分だけではない量を用意してしまう……まだ、一緒に食べられるはずもないのに。

     どうかしている

     そう思ってみるものの、思考より先に身体が動いてしまうのだ。
     頬杖をつきながら、ニコは一つ息を吐いた。

     ……未だに信じられなかった

     信じたくないとか、そういう訳ではない……決して。
     友人として、仲間として。彼の目覚めを切望していたこの思いに、間違いなんてない……けれども。いざ目の当たりにして、いくつか言葉を交わしてみて。彼の澄んだ空のような瞳に、再び自分が映りこんだ嬉しい気持ちと安堵感が心をじわりじわりと満たしていって。それはあたたかくてくすぐったくて、非現実のようで……夢心地、だった。もしかすると眠っていたのは自分の方かと勘違いしてしまうほどに。

    「……」

     真っ白な指先は、真っ暗な端末のディスプレイを撫でる。本来ならば自分たちのような一般社員では触れる事はおろか、再びそれを見る事すらできなかっただろう。厳重に保管されていた様子が物語っている……とはいえ、能力を使えばいとも容易く見る事も触れる事も出来てしまうのだ。様々な出生の様々な能力を所持したヒーローが在籍するのだから、その辺のセキュリティを疎かにした“そっち”が悪いんだ。そう免罪符のようなものを掲げながら。ニコは物言わずそこにあったロビンの端末に手を伸ばした――今手の内にあるこの端末は、そういった経緯からここに存在する。事件の真相をつかむために必要なものだったし、どうしてもやらなければならないことがあった。
     テーブルに置いたカップから湯気がたちこめ、黒くたゆたうダーティーな香りに刺激を受けながら今夜も。この端末に、正面玄関ではない入口を繋げてアクセスするのだ。

     薄明かりが心許ない部屋に、機械的なリズムでキーボードのタイプ音は鳴り続けた。


    ***


    「ニコ……眠れてない?」
    「え」

     セイジは手を伸ばして、ニコの頬に触れる。指先でやわやわと撫でて。それから目の下の、皮膚が薄い部分に浮かぶ色をなぞって……眉根を寄せた。

    「クマができちゃってる」
    「……」
    「無理してない? ……って、こんな聞き方はずるいね。僕が動けない分、ニコたちに負担かけちゃって……本当にごめん」
    「大丈夫。おれたちがやりたいからやっているし、無理はしていない」
    「んー……でも」

     両手で頬を包んで少し引き寄せるようにして、セイジは真っ直ぐニコの瞳を見つめた。精神世界の中と変わらない勇ましい瞳に見つめられれば、いつだって傍にいて支えてくれていた事を思い出して……胸が高鳴った。
     淡く染まる頬を誤魔化そうと、セイジはそのままニコを抱くように引き寄せて。ベッドの端、自身の隣に腰掛けさせた。

    「セイジ」
    「少しだけ、ここで休憩していこう」
    「時間ないだろ」
    「今は待機命令中でしょ。少しの間だけだから」
    「まだ……」

     「まだ、やることがあって」、たったそれだけの言葉なのに。触れ合う体温は心地好くて、澄んだ空色の瞳は慈愛に満ちていて……それを告げることを許してくれそうにない。

    「おはよう」
    「ん? どういうタイミング?」
    「まだ、ちゃんと言ってなかった気がして。セイジ……目を覚ましてくれて、嬉しい」
    「ニコ……」
    「……十分経ったら起こして」
    「……うん。うん、わかった」

     言葉を交わすと、ニコは早速セイジの肩にもたれて小さく寝息をたてはじめた。
     起きたらまた「おはよう」の挨拶を交わそう、そう思いながら。セイジは肩から伝わる温もりを抱くようにして寄り添った。

     太陽を取り戻したニューミリオンの街を、予報外れの雨が少しだけ濡らした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works