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    izumik22

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    izumik22

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    つづき。前回の話から少し日にちが経ってます。

    #燐ひめ
    rinhime

    期限付き〝恋人ごっこ〟を~(以下略)②(――――そもそもあんなことしなきゃよかったんだ)



     ダンスレッスンのあった日はしっかり湯船に浸かると決めている。
     両手で掬った少し温めの湯をパシャリと顔面に押し付けて。ふぅ、と細く吐き出した息が水面に波を立てた。濡れた勿忘草色の前髪を額に張り付けたまま、湯気が燻る天井をぼんやりと見上げる。

     流されるままにイかされた。事務的な性欲処理、名付けるならばそう呼ぶのだろうあの行為。あの時に拒絶していれば「その次」なんて有り得なかったのに。

    (――最後まで、なんて。案外できちゃうもんだな)


    ***


     一線……なんて貞淑な娘でもないのだけれど。他に表現のしようがないそれを、あれから数日後にはあっさりと越えてしまった。何の皮肉か、その日は燐音の二十六回目の誕生日。

     活動休止についてファンクラブサイトに掲載するためのコメントを提出した日だった。事務所スタッフによって日付が変わると同時に文面のアップロードと通知メールが配信されることになっている、その夜。ファンからしてみれば、推しアイドルの誕生日を祝っていたはずなのに次の瞬間には活動休止を突きつけられるという地獄のようなスケジュールだ。同時に発表されるライブツアーのチケット販売のことを考えれば、これでもギリギリのタイミングなのだけれど。とは言え、この流れを作った茨の思惑はわからないにしても意地が悪すぎる。

     そんな事務所からの帰り道。人を小馬鹿にしたようないつも通りの軽口を叩いて、それなのにどこか不安定な空気を身に纏った燐音は、ふらりとHiMERUの後に付いて来た。するべき仕事は終わって特別話し合うこともないのだから、付いてくるなと振り切って帰ることもできたはずなのに。
     まず間違いなく大騒ぎになるだろうSNSとか、交流のある各所関係者からの連絡だとか。あと数時間後に訪れるであろうその時をひとりで迎えることが何となく憂鬱に思えてしまったから。「……寄って行きますか?」と部屋に踏み入ることを許してしまったのはHiMERUだ。それに「……うん」と言葉少なに応じた燐音もまた、似たような心持ちなのかもしれないと思ったのだ。――その時は。

     冷蔵庫にストックしてあった残り二本の缶ビール。先日は隠したままだったそれを取り出して与えてしまった。そういえば外で飲むなとおせっかいな忠告を受けた気がするけれど、自室だしノーカウント。
     この前のものより少しだけ値段もアルコール度数も高かったそれ、をソファで並んで口にして。だんだんと思考回路が停滞していく感覚の中で、身体の右半分で感じていた自分以外の人間の温度。視線を絡めてはいけないと本能が告げていた。顔を傾けて、そのターコイズブルーを覗いてしまったら……きっと、また。

     それなのに。

     気付いた時には、見慣れた天井と揺れる赤髪が視界を埋めていた。酒の勢い、なんてありきたりの言い訳すぎてダサい。
    「ん、んぅ……っふ」
    「……メルメルさァ」
     Vネックのシャツはいつの間にか胸元まで捲り上げられていた。燐音の節くれ立った大きな右手がHiMERUの薄い腹を撫で、肋骨を辿り、薄っすらと赤みを帯びてきた肌にちゅぅと吸い付く。控え目に尖る乳首を掌が掠めて、そんなところ気持ち良くも無いのに仰け反るように背が撥ねる。細身のスラックスはいつの間にか下着ごとすべて剥ぎ取られてソファの下に落とされてしまっていて、擦り合わせた膝はその強引さとは裏腹な手付きでそっと開かれた。
    「キョーミあったっしょ?じゃなきゃ、こーなるってわかってて部屋入れて、また酒出したりしねェよなァ」
     ケラケラと響く耳障りな笑い声。いつもより不安定だなんて思ってしまったのは大きな間違いだった。今HiMERUの中を暴こうとしているのは、ただ目の前の快楽に正直な男だ。
    「抱かれてェだけ?それとも――〝俺っちに〟抱かれてみてェの?」
     変態、はどっちだよ。
     赤く染まったHiMERUの耳に唇を寄せて直接注ぎ込むように紡がれた。嘲笑うようなそれに思わず蹴り上げた踵は、いとも簡単に掴まれて止められる。
    足首の丸く飛び出た骨にキスをする唇と、濡れた舌の赤さに眩暈がした。
    「……こ、の前も、言いましたけど……っ俺なんかに興奮してるあんた…っ、も、同じ、だろ」
    「似たもの同士ってやつかァ」
     なぜか嬉しそうな声音で、ソファの背もたれに無造作にかけてあった上着に手を伸ばした燐音が内ポケットから取り出したもの。照明を反射してギラリと光ったそれに、HiMERUは息を止めて二度瞬きをした。
    「……どォせ無いままっしょ?」
     連なったパッケージをミシン目でピリピリと切り離し、表面に0.01㎜と印刷されたそれを咥えて燐音は笑う。持ってきちゃったァ、じゃない。
    「コッチの経験は?」
     指先がこの前と同じように後孔に触れて、この前と同じように経験の有無を問う。だからHiMERUもまた、この前と同じように無言で睨み付けた。初めてだなんて教えるものか。優しくしてくれと言うようなものじゃないか。
    「……ま、いいや。意外な才能あるかもだしィ?」
     そう言う燐音は一切迷いを見せないものだから、同性とベッドを共にしたことがあるのだろうと悟った。少しだけ嫌な気持ち。


     そこからはもう、よく覚えていない。
     内臓を押し上げられる不快感と痛みと、何かを探るように突いてくる燐音自身の熱さに揺さぶられて翻弄されて。遠くのほうで微かに快楽を手繰り寄せて。

     いつの間にか日付が変わっていたことにも、ローテーブルに投げ出したままの端末でホールハンズが次から次へとメッセージを受信していたのも、何一つとして気付きはしなかった。


     それが、所謂初夜の記憶。


    ***


     ぴちょん、と冷えた水滴が頬に落ちてきて、ハッと意識を引き戻した。
     危ない、気を緩めすぎだ。浴槽で水死体になるなんて笑い話にもならない。――その場合、第一発見者は誰になるのだろう。なぁんて。
     湯の中で脹ら脛から太腿を両掌でゆっくり揉み上げて解していく。そういえばあの夜の翌日はしばらく歩き方が不自然だったらしい。開いたことの無い角度で両足を押し広げられていたのだから当然と言えば当然か。事務所で顔を合わせたこはくに「なんやHiMERUはん、ガニ股やない?」と不思議そうに訊ねられた際には、思わずギクリと肩が跳ねてしまったものだ。HiMERUたる者そんな無様な姿など見せられない、とそれから気を張って歩くようにしていたけれど、股の間に何かが挟まっているような未知の違和感は一日中消える事がなかった。

    「……あがろ」



     洗ったばかりの柔らかいバスタオルで全身の水分を取って、適当なシャツとスエットを身に付ける。髪の毛を拭きながらリビングに戻ると、ソファの上で私用のスマホがメッセージの受信を告げて光っていた。
     この連絡先を知っている相手は片手で数えられるほど。あの子、の関係か。あるいは。
    「……」
     タップして表示された名前は、予想に違わずあの男だ。

    『デザートなにが良い?』

     脈絡のない一言だけ。けれどそれが意味するところをHiMERUはもう理解していた。画面を見つめながら明日のスケジュールを考える。正午まではフリー、午後から雑誌のコメント取りが二件。その後ラジオ番組の収録。それもユニットでのものだから、何かあればあいつにフォローさせれば良いか。幸か不幸か、写真を撮られる仕事も体を動かす仕事も入っていない。
    「元気だな、ほんと」

     一度身体を重ねてしまえば、抵抗感などゼロになった。欲に正直なのはお互い様だったということだ。
     仕事後に突然連絡してきて部屋に来る。やることといえば、ユニットのスケジュール確認、雑談、それからセックス。何回目からか、事前に手土産のスイーツを尋ねるメッセージが届くようになった。ご機嫌取りのつもりなのかもしれないそれは、イコール『行ってもいい?』の問い合わせ。
     少し考えて最寄りのコンビニで見かけた新作プリンの画像を検索して送った。こんな時間に甘いものを口にするなんて〝HiMERU〟的にはアウトなのだけれど、どうせその後激しめの運動をすることになるのだからカロリーはプラマイゼロだろう。すぐに既読マークが付いたのを確認して、端末を再度ソファに放り投げる。それからふと、ベッドサイドのチェストの中身を思い返した。
    「……残ってたっけ」
     初めてのあの夜以降、こっそりとストックされるようになった避妊具とローション。足りないようだったらついでに買ってこさせよう。コンビニの店員が若い女性だったりして、気まずい思いをすれば良いのだ。……いや、あいつは恥ずかしがったりしないだろうし、この場合逆セクハラというものになってしまうか。それは好ましくない展開だな、コンビニに辿り着く前に二十四時間営業のドラッグストアにでも行かせよう。
     確認のため足早に寝室に向かおうと踵を返したところで、冷たくなった毛束が頬を打った。ああ、早く乾かさないと。髪が痛む。
     まぁどちらにせよ後で風呂に入りなおすことになるのだと思って、小さく舌を打った。
     
     湯船の栓を抜いてしまったし、断ることもできたはずなのに。あの身体に触りたいという欲が出てしまうのはきっと――あの夜燐音が口にした一言のせいだ。

    『恋人ごっこ、してみねェ?』

     冗談にしても質が悪過ぎる。そう、今ならば切り捨てる。
     けれど、身体を揺さぶられている只中に。HiMERUの胎内を思考ごとグチャグチャにかき混ぜるようにしながらあいつは囁いた。甘やかな声を掠れさせて、その碧い瞳にHiMERUだけを映して。ああ、キレイだなと熱に浮かされた脳でそれだけを思って。気付けば、応えるようにして両腕を汗で滑る首に回してしがみ付いていた。
     お互いに人気アイドル。それ以前に健康な二十代男性。適度な性欲処理は必要で、たまたまそれができる相手が近くにいたということ。下手にどこかの誰かに手を出してまた問題児扱いに逆戻り、なんてことになるよりマシだというだけ。どうせなら〝セフレ〟より〝恋人(仮)〟の悪ノリをしてやろう。
    それだけだ。

     条件は三つ。
     ごっこ遊びの用件はプライベートのスマホへ。ホールハンズには入れないこと。
     燐音が故郷に戻る、その日までの関係とする。後腐れなく終わりにすること。
     それから、キスはしないこと。どうやら彼にとってそれは結婚に附随する大切なもののようなので。

     何だかますます安っぽい不倫関係のようで笑えてくる。実際、一度は二人して大笑いした。馬鹿みたいだ。ゲームの延長線上の遊びをしているような感覚だったのだ。



    ***


     休止を発表してからというもの、SNSを始めあらゆるメディアは想定以上の荒れ方を見せた。同時に活動休止前ラストとなるライブツアーへの取材申込や問合せの数も跳ね上がり、配信が始まったばかりの新曲はチャート一位を独占し続ける。副所長サマの高笑いは止まらないことだろう。経営戦略に大人しく利用されるつもりは無いけれど、「解散じゃなくて良かった」「いつまでだって待つ」というファンの声を耳に目にする度に求められている幸せを噛み締めることができた。望まれてこそのアイドルだから。

    「あなたにとってメンバーとは?……ってぇ、この前も同じようなの書いたっすよねぇ」
     長机に広げられた何枚ものアイドル誌用のアンケート。事務所の小会議室で、ニキが真っ白な紙の上に突っ伏していた。
    「ちゃうでニキはん。この前のは、メンバーそれぞれにひと言!や」
    「同じでしょ」
    「皆、メンバーの不仲が活動休止の原因ではないと信じる根拠をひとつでも多く欲しいのですよ。きっと」
     燐音の家の都合、だと発表してある。けれど裏を推測したがるマスコミはいるもので。確かに不仲や方向性の違いというのはよくあるパターンだけれど、本当にそうではないというアピールはファンにしてみれば幾つだって欲しいだろう。
     直接の理由はリーダーの結婚問題です。などと馬鹿正直に答えた日には、別の意味で大炎上間違い無しだろうけれど。
     少し考えながら回答欄を埋めていく。ファンが喜んでくれるであろうコメントを書き込みながら……ある枠のところでペン先が止まってしまった。
    (あなたにとっての天城燐音は、か……)
     HiMERUにとっての燐音。最初は「ただのユニットメンバー」だった。
     それから。リーダー、共犯者、もしかしたら相棒、ライバル、パートナー。――セックスフレンド……これは秘密。
     これだけ立ち位置を増やしていった相手は彼くらいだろう。いつの間にか〝HiMERU〟を深く深く侵食していった。いつか離れていくくせに。

    「恋人、って書いてくンねーのォ?」

     不意に頭上から落とされた間延びした声に、グッと指先に力が籠ってしまった。ペン先が滑って、空欄に短い線を引く。
    「――そうですね、つい漢字を間違えて『変人』となら書くかもしれませんね」
     HiMERUの乾いた返答に、キャハハと笑いながら燐音が隣のパイプ椅子にどかりと座った。お偉方からの呼び出しは済んだらしい。
     正面に座る二人から死角になるデスク下でさらりと一度腰を撫でられて、こめかみが引き攣った。もしかして昨晩の無茶を労わっているつもりか。
    「メルメルもおもしれーこと言うようになったよなァ」
    「おや、HiMERUはいつだって本気ですよ」
     顔も合わせず遣り取りされる二人の軽口に、こはくの呆れ交じりのため息が落ちる。
    「変人、であながち間違っとらんやろ」
    「そっすねー。僕らみんな大概変わり者っすよきっと」
     そう何となく納得し難いことをあっさり口にしながら。はいこれ、燐音くんの分。と手付かずのアンケート用紙を差し出したニキが、んぃ?と首を傾げた。
    「燐音くん、HiMERUくんと同じニオイがする」
     まったく、相変わらず鼻が良い。こんな時にまで気付かなくていいのに。いや、そもそも勝手に人の家のバスルームを使って帰る男が悪いのか。
    「ンなことねーっしょ。ニキきゅんとうとう鼻まで悪くなったァ?花粉症?」
     料理人には致命傷だな、などとニキの鼻をつまんで意地悪く笑う。それを、今やユニット一のしっかり者と言っても過言ではなくなったこはくが諫める。

     そんないつもと変わらぬ光景をどこか一枚のガラス越しに見ているような感覚に陥りながら、HiMERUは手元の問いを読み返した。


     ――俺にとって。燐音は。



















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    izumik22

    SPUR MEつづき。ここから後半です。
    前回の話から少し時間が経ち、燐音不在、クレビの他3人は個人活動をしています。
    要くんが元気です。(会話パートはありませんが、存在してます)
    大きな出来事の無い日常。ここからしばらく燐音くん出てきません🙇‍♀️💦
    ~〝恋人ごっこ〟する燐ひめ ⑦ 仕事に追われる毎日の中で、時間はすり抜けるように過ぎていった。冬を越えて、春を越えて、夏を越えて。それを二周。気付けばあと数か月であれから丸二年、HiMERUは二十五歳になっていた。あくまでも公式プロフィール上である。

    ***

     ガラガラと引き摺るキャリーケースは日本を飛び立った時に比べると随分重くなった。主に仲間たちや大切な家族へのお土産が増えたからだ。菓子箱は嵩張る。
    「蒸し暑い……っ」
     遠慮を知らない太陽はもうとっくに沈んだというのに、夜になってもなお汗ばむこの国の気候は好きになれない。十五時間に及ぶフライトを終えて帰国したHiMERUは、空港ロビーを足早に抜けながら小さく舌打ちをした。

     連日最高気温を更新し続けていた真夏の日本を抜け出したのは一か月と少し前のこと。フィレンツェに活動拠点を置く瀬名泉の指名を受けて、ブランドのイメージモデルとしてヨーロッパでのショーに幾つか参加していた。相変わらずプロ意識の高すぎる瀬名はなんだかんだと口うるさく言いながらも仕事相手としてHiMERUを気に入っているらしく、同じステージに立つ機会も少なくない。HiMERUが個人活動を始めてからは特に。
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