ある日の二人『ジャ○アントコーン買って帰れる?レシートももらって来て欲しい』
ハンジからメールが来たのは退勤して少し経った頃だった。特に断る理由もないリヴァイは最寄り駅で降りてからコンビニに寄り、指定通りのアイスとビールを二本買った。なぜだかレシートも欲しいようなのでいつもは断りがちなレシートを受け取る。
コンビニから家までは徒歩約六分。なんてことない距離だが、アイスが溶けないか不安になるには充分だった。リヴァイは急ぎ足で家を目指した。
帰宅するとまだハンジの姿はなかった。研究熱心なハンジは定時を過ぎても気になることをとことん調べたり、自主的に勉強会を開いたりしている。帰宅が遅れるのはいつものことだ。しかしこのご時世残業やらなにやらの取り締まりが厳しくなっている。恐らくあと一時間もすれば帰ってくるだろう。
リヴァイはシャワーを浴びてから夕食作りに取り掛かった。ここ数日で気温が急上昇し、本格的な夏になってきた。まだ暑さに慣れてない身体は疲労が蓄積し食欲も低下している。しかし身体のことを考えると食べないわけにはいかない。せめてするっと食べられるものにしようと、リヴァイは素麺の袋を開けた。湯を沸かしている間にオクラとキュウリ、トマト、ミョウガ、小ネギを適当な大きさに切っておく。こうして具沢山にすることでただの素麺でも野菜が一気に摂れる。あとはたんぱく質が摂れれば完璧だ。
リヴァイはキッチンにある引き出しの中を物色し、買い置きしてあったツナ缶を見つけた。蓋を開け、油を切って野菜の中に入れる。そこにごま油と麺つゆを入れて軽く混ぜ合わせる。そうこうしている間に湯が沸いた。二人分の素麺をサッと茹で、冷たい水にさらしておく。あとはこの素麺と先程の具材を合わせれば完成だ。
そろそろ帰ってくる頃だろうとリヴァイが時計を見たタイミングでガチャっという鍵の回る音がした。
「たーだーいーまー」
片手に通勤カバン、もう片手にビニール袋を持ったハンジが帰ってきた。額にはじわりと汗が滲み、外の暑さを物語っている。
ハンジは通勤カバンをソファへ放り投げた。もう一方の手に残されたビニール袋を持ったままキッチンへと入る。夕食を見るなり、ハンジの疲れた表情はパッと笑顔に変わった。
「あ!素麺じゃん!やった!」
いそいそと買ってきたアイスを冷凍庫にしまおうとするハンジをちらっと見るとその手元に目を奪われた。見覚えのある物を持っている。
「おい、それジャ○アントコーンか……?」
「うん?そうだよ、あ!リヴァイも買ってくれた?」
「買ったが……」
「あっ本当だ!!ありがとう!!」
冷凍庫のアイスを見つけたハンジが嬉しそうな声を上げる。
「お前も買ったのか?」
「うん」
どういうことだ、という顔をしているリヴァイにハンジは答えた。
「今キャンペーンやっててレシートで抽選なんだ!!絶対B賞を当てたいからね!!」
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先にご飯が食べたい、とハンジが言うのでリヴァイは夕食の準備をした。といってもさっきほぼ作り終えていたので素麺と具材を合わせるだけだ。見た目も涼しげになるよう、半透明の器を選び盛り付ける。カラフルな野菜も相まって食欲をそそる。
ハンジが完成した素麺を運んでいる間にリヴァイは冷蔵庫を開けた。ビールを二本取り出し、ハンジに向ける。
「飲むか?」
「うわ、最高……!」
プシュッという小気味よい音は週末が始まったことを実感させる。
「乾杯ー」
二人はグラスに移さず缶のままビールを飲んだ。結局これが一番なのだ。週末に飲むキンキンに冷えたビールは何物にも変え難い。特に今日は暑かったから格別だ。
「はぁー!やっぱり夏はこれだよねー!」
ビールをテーブルに置いたハンジはさっそく素麺に手をつけた。具材と麺を混ぜ、ちゅるちゅると啜る。
「うん!美味しいー!普通の素麺も美味しいけどそれだけだと飽きちゃうんだよね。これいいなぁー毎日食べられそうだよ」
目尻を下げて素麺を食べるハンジを見ながら、リヴァイも箸を進めた。今日は一品料理にしてしまったが、ハンジはどんな料理も美味しそうに食べる。カップラーメンでさえ舌鼓を打っているので味覚が鋭いわけではないのだろうが、こんなに喜んでくれると作りがいがあって助かる。
そして食事が終わる頃、リヴァイは気になっていたことを聞いた。
「B賞ってなんだ?」
「あ、あれね!Bはソニーとビーンのぬいぐるみが貰えるんだ。ほらこれ」
ハンジはスマホを操作して画像を見せた。ソニーとビーンがアイスを持ちポーズを取っており、その上にはキャンペーン中と書かれている。リヴァイは先程のハンジの熱意が腑に落ちた。ソニーとビーンはハンジが愛してやまないキャラクターだ。グッズ収集にも余念が無い。
「なるほど……A賞じゃなくていいのか?」
「Aはアイスの詰め合わせなんだよ。当たったら嬉しいけど、本命はB賞!」
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食器の片付けはハンジに任せ、リヴァイは洗い物を済ませた。リビングに戻るとソファで寛ぐハンジが手招きをする。リヴァイは呼ばれるがままに隣へ腰掛けた。
「これ、スマホで抽選なんだ。このサイト開いて」
「どれだ」
「これだよ。そうそれ、それでレシートを撮って」
「……撮った」
「そしたらここを押して、あ!抽選!」
ハンジに言われるがまま進めると、ルーレットが表示された。ぐるぐると回るルーレットがゆっくりと止まる。 同時に自分のスマホを操作していたハンジは画面を見るなり落胆の声を上げた。
「あー!C!壁紙だ!そっちは?」
リヴァイがハンジに画面を見せる。画面にはC賞という文字と巨人がアイスを持っている画像が表示されていた。
「ああー!」
ハンジはガクッと項垂れた。リヴァイはなんだか申し訳ない気持ちになったが、ハンジは急にガバッと顔を上げた。
「今のを待ち受けにしよう!運気が上がる気がする!ほらリヴァイも!」
こうしてリヴァイの待受画面は好きでもないキャラクターに変更された。ハンジと意図せずお揃いにされてしまい、なんだか少し気恥しいがハンジは何も考えてないだろう。
「これでよし!また買わなきゃいけないから食べようか」
ハンジはそう言ってキッチンへ向かい冷凍庫を開けた。一瞬本当に落ち込んでるのかと思ったが、この様子を見るとそうでもないらしい。そう簡単に当たるはずがないことも含めて楽しんでいるようだ。
「あ!よく見たらチョコミント味じゃないか!」
冷凍庫を物色していたハンジが嬉しそうに言った。あんなメールを寄越したくらい食べたいのかと思ったリヴァイは、ハンジが好きそうな味を選んでいた。欲しがっていた理由は違ったらしいが、喜んでいるようなので良しとする。
「好きだろそれ」
「うん!じゃあリヴァイはこっちだね」
そう言ってハンジは抹茶味のアイスを冷凍庫から取り出した。どうやらお互いがお互いの好きな味を買ってきたらしい。くすぐったいような感覚を覚えながらリヴァイはアイスを受け取った。
「ビールとアイス……」
「罪深いね……」
ソファで並んでアイスを食べる。一口齧るとその冷たさに思わず目を細めた。ひんやりとした甘さが口の中に広がり、その甘さをビールで流し込んだ。甘いものとビールという普段ならしないような組み合わせだが、この罪悪感が高揚感のようなものに変換されたのか、悪い気はしなかった。
「きっと明日も暑いね」
「天気予報で30℃って言ってたな」
「うわぁ……」
「日が暮れたらアイス買いに行くか。まだいるんだろ?」
「うん。当たるまで買うよ!」
「ほどほどにしてくれ……」
リヴァイは最後のコーンを口へ入れた。毎日食べられるほど美味しいが、本当に毎日となると話が別だ。
「夕方はコンビニ行くってことで……それまで何する?」
ハンジはニヤッと笑いリヴァイの目をじっと見つめた。本当によくコロコロと表情が変わるやつだ。クーラーと素麺とアイスとビールで身体はすっかり冷やされただろうに、ハンジの目は熱を帯びていた。その熱はリヴァイに伝染し、リヴァイの身体をも熱くさせる。吸い寄せられるように二人の顔が近づく。唇が触れ合う寸前、リヴァイはハンジがまだアイスを持っていることに気がついた。
こいつ、わざとやってるな。そう気がついたが、一度ついた火を消すことは出来ない。苛立ちも隠さず、リヴァイが言った。
「早く食え」
ハンジは目を細めて再びニヤッと笑った。
「はーい」
end