8.「ホットケーキ食べたい」
頭の後ろから声がした。明け方の新聞配達のバイクや隣の家のチャイムのような、鼓膜を震わせるだけで、こちらに入ってこないような声だった。
見るわけでもなくつけているテレビは、ゴールデンタイムも終わりに差し掛かっている。画面の中では、世情に精通していない私には名前も分からないタレントが、こちらに笑顔を向けたままフォークを口に運んでいた。一口食べて、咀嚼もそこそこに感嘆しつつ、コメント。カメラが引いていくことで彼女の手元が映された。そこでようやく、彼がなんと言ったのかが分かる。
「あれはパンケーキですよ」
「聞いてたんだ」
身体ごとリンクのほうに向き直ると、一人寝を想定しているベッドが軋んだ。摩擦で巻き込まれて纏わりつく毛布を、私の上に乗せられていた手が黙って直す。
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