4.雄英体育祭と影頭の中の未来フィルム.4
臨時休校が明けた頃、USJ(ウソの災害や事故)ルームで一年A組が襲われた噂は瞬く間に校内へと広がった。臨時休校中、憂無は天哉に慌てて様子を聞く。
「天哉! 大丈夫だったの……?!」
「ああ、先生方……オールマイトが来てくれたお陰さ!」
天哉は安心させるように笑って言った。憂無はとりあえず安堵し、頷く。
「天哉…………その、き…………」
「ん? なんだい?」
「切島、くんは……?」
「ああ、彼も無事さ! 上鳴くんは一時、敵(ヴィラン)に捕まったらしいが……先生方のお陰で難を逃れたよ」
「そ、そっか」
憂無はホッとして手帳に書き込む。そうして手帳をパタリと閉じた。憂無はそれから『予知夢』で見た未来を使って人救けに勤しんでいた。そして──。
雄英体育祭!?
担任から言われたのは雄英体育祭の事についてであった。概要を説明し、話をこう結ぶ。
体育祭のリザルトによってはヒーロー科編入も検討する。と。
放課後、いつものようにA組へと来ていた憂無は天哉や上鳴らと話していた。切島の事は気になり過ぎて話せない。すると人混みがにわかに現れ出した。憂無は天哉や上鳴と共に目を丸くしていると、爆豪が外へと出ようとする。
「意味ねえからどけ、モブ共」
そう、爆豪が言った後に落ち着いた声が響く。
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんな、なのかい?」
こういうの見ちゃうとちょっと幻滅しちゃうなあ。
心操だった。
「心操!?」
憂無は思わず声を掛ける。構わず心操は続ける。
「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、けっこういるんだ。知ってた?」
敵情視察? 少なくとも普通科(おれ)は調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ──宣戦布告しに来たつもり。
「後さ、前宮さん」
「え」
「自己紹介の時言ってたよな。俺──あんたにも負ける気、無いから」
だから、そのつもりで。
心操からの宣戦布告にA組はざわついた。ざわつきに色々な感情を乗せつつ、憂無は天哉達と下校した。
──それから二週間。憂無は憂無なりにトレーニングに勤しんだ。走り込み、腕立て伏せ、スクワット。ヒーローになりたいなら、これくらいでへこたれてちゃあ駄目だ。憂無はそう思いトレーニングに精を出す。天哉と共に走り込みもしたが、流石に天哉に追いつく事は出来なかった。憂無はスポーツドリンクを飲み、むうと唸る。天哉は言う。
「憂無も普通と比べれば大分速い方だぞ?」
「でも、天哉に負けるんだよな〜〜〜!!」
「俺の『個性』が『個性』だからな。ほら、もうひと頑張り、行くぞ!」
「うん!」
§ § §
体育祭前日の夜。憂無は体育祭の夢を見た。第一種目は障害物競争。第一関門は0P(ポイント)敵(ヴィラン)がひしめいていた。第二関門は『ザ・フォール』。綱渡りで落ちなければいい、そういうものだ。そして最終関門。一面地雷原である。どんどん爆発していくそれはよく見れば埋められている場所がわかるというシロモノ。そして予選通過人数は四十二人──。
§ § §
そこで目が覚めた。憂無はニヤリと不敵に笑うとメモと手帳に目を通し、歯を磨き顔を洗って制服を着た。今日は体育祭メインといえ制服の出番もあるのだ。朝食を食べると憂無は天哉と共に登校する。通学鞄には履き慣れた運動靴と雄英指定のジャージが入っている。勿論、手帳やスケッチブックも。憂無は天哉と他愛もない話をしつつ電車に乗り、最寄駅からは雄英まで歩いた。
「んじゃ、ボクこっちだから」
「ああ、今日は正々堂々スポーツマンシップに則ってお互い頑張ろう!」
憂無は手を振るとC組へと入る。今日は早めに来ている生徒もいるようで、ちらほらと席が埋まっていた。そして更衣室でジャージに着替えると、控え室で座る。憂無は、とりあえず四十二位を目指そうという心算だった。心操の方を見ると、心操は手を組んで黙っている。憂無は息を吐くとキリリと顔を引き締めた。
グラウンドにはヒーロー科一年A・Bに続き普通科C・D・E組、サポート科と続いて入場していった。普通科の面子はあまりやる気なさげだが、憂無はやる気に燃えていた。パッと見、普段と変わらないが目の中には燃ゆる闘志が漲っている。選手宣誓はヒーロー科の入試一位だった爆豪勝己。爆豪はポケットに手を突っ込んだまま朝礼台を登る。そして。
「宣誓(せんせー)」
俺が一位になる。
飛び交うブーイングの嵐に爆豪はものともせず言う。
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
親指をを逆さにし、首を掻っ切るサインをした。主審ミッドナイトが言う。
「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ! 毎年多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!」
さて運命の第一種目!! 今年は……。
「コレ!!」
ミッドナイトが画面を差し示す一瞬前に憂無はボソリと呟く。
「障害物競走」
「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約四km!」
我が校は自由さが売りだと言ってミッドナイトは位置につきまくりなさい……と言った。
「スターーーーート!!」
憂無はスタートゲートが詰まるのを見越して後ろの方で待機していた。そして轟が地面を凍らせるのも見えていた。憂無は飛び跳ねるように、スケートのように凍った大地を踏みしめる。プレゼント・マイクの実況が聞こえてくるが憂無は気にせず走る。
……確か、四十二位の生徒は……!
「いた!」
憂無はその生徒と同じように走る。ロボ・インフェルノは他の者があらかた倒した時に駆け抜けた。そして第二関門、ザ・フォール。憂無は這いずるのではなく、腕だけでつたって進んでいった。最後の関門──地雷原。憂無はこここそサクサクと走り抜ける事が出来た。何しろ、知っているのだから。そして憂無はギリギリ四十二位でゴールした。ミッドナイトが言う。
「予選通過は上位四十二名!! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!!」
次から本戦……! そして十五分、騎馬戦のチーム決めの交渉タイムに入った。憂無は目を付けていたある人物に声を掛ける。
「や、心操」
「……前宮さん」
憂無は心操の近くにいるぼうっとしている二人に目を取られた。
「………………もしかして」
これが心操の『個性』?
心操は頭をぐしゃりと掻くと言う。
「ああ、そうだよ。全く、敵(ヴィラン)──犯罪者みたいな『個性』だろ?」
憂無は頭を強く横に振った。
「いやいやいや! ヒーロー向きだよ!!」
「何、それ。冗談?」
心操は歪つな笑みを見せ言った。憂無は続ける。
「いやいや、心操の『個性』だったら敵(ヴィラン)を無抵抗、無傷のまま捕まえられるじゃん!!」
それに。
「二週間前、ボクにあんな事言ったのだって……ヒーロー目指してるからだろ?」
不敵な笑みと共に憂無は言った。心操は驚愕し、我に返った様子で言う。
「………………いいよ。組んでやる……前宮さんの『個性』は?」
「ボクの『個性』はね──……」
§ § §
「まず、ボクが騎手兼司令塔になる。ボクの『個性』上それが一番いいからだ。そして騎馬の動きは心操に任せる。作戦は前半は待機、その間にボクが『個性』を使い、最も取り易いチームを示す。これでいい?」
「……ああ。この上ないね」
§ § §
前宮チーム、騎手:前宮憂無。前騎馬:庄田二連撃。後騎馬:心操人使、尾白猿夫。
プレゼント・マイクがカウントダウンをする。そしてそれが0になった時──憂無の作戦が始まる。
「まだ二分も経ってねぇが早くも混戦混戦……ん? 何だぁ? 動いてねぇチームがいるぞぉ? 動いてねぇのは何かの作戦かぁ!?」
そして開戦から五分後、憂無は目覚める。
「心操!」
「起きたか」
「うん! とりあえず終了ギリギリまで待って! それから……鉄哲チームに近付いたら心操の『個性』を使って!」
「……ああ!」
そして前宮チームは動く。終盤に鉄哲チームに心操が『個性』を掛け、ハチマキを奪った。1125P(ポイント)。そして──タイムアップ。前宮チームは三位に食い込んだ。心操は庄田と尾白に言う。
「ご苦労様」
憂無は心操に拳を突き出した。しかしそれはスルーされる。
「言ったろ。馴れ合うつもりは無いって……これから先は」
敵同士だ。
「……あぁ!」
憂無は笑って応えた。
その後昼食を食べた後『個性』を使う為、保健室のベッドを借りて眠る。
§ § §
寂れた裏路地。血黙りに沈むインゲニウム。
「名声……金……どいつもこいつもヒーロー名乗りやがって……てめぇらはヒーローなんかじゃねえ……彼だけだ……」
敵(ヴィラン)の声だけが響いていた。
§ § §
ハッと目覚める。汗だらけで心臓が早鐘のようだった。憂無は悟る。天晴兄さん(インゲニウム)が危ない──! と。憂無は布団を跳ね飛ばし起きる。そしてミッドナイトを探した。
「すみません!」
「あら……C組の前宮さんじゃない。どうしたの?」
憂無は言い辛そうに話す。
「あの……所用が出来まして……代わりに他の人を推薦したいんですが……!」
「そういうの、さぁ……」
……断られる…………!?
「青臭っ! 好み!! 良いわよ! で、誰を推薦するの?」
「一年A組の青山くんです」
「青山くん? 彼……確か第一種目で貴女の一つ後ろだったわね?」
「はい。私はこの『個性』が無ければ今の順位だって無かった──だから! どうせなら私と競り合った彼に譲りたい、そう思います!!」
「いいわぁ〜! そういうの! 大好き!! 許可します!」
「ありがとうございます!!」
憂無はそう言うと教室に戻り財布と学生証と手帳と携帯等の最低限だけ持つと急いで走った。大食堂を横切る際、勢い余って人とぶつかってしまう。それは──彼女の仄かに想う相手である切島だった。
「き、ききききき、切島!?」
「どうしたよ、前宮。そんなに慌てて!」
すっ転んだ憂無に手を差し伸べる切島。憂無はその手を取って立ち上がる。彼女の思い詰めた表情に切島はただならぬ雰囲気を感じ取った。
「……前宮、お前──」
「ボク、行かなくちゃ」
ずっと握っていたかった。でも、今はダメ。さようならだ!!
憂無は握られた手を振り払うと一目散に出口まで走った。
「前宮!!」
切島の言葉も振り払い、憂無は走る。走る、走る。
駅まで着くと憂無は手帳を見、天晴の今日いる場所のページを捲る。
「確か…………この辺に……あった!」
保須市。憂無は電車を乗り継ぎ、保須市まで降り立った。それからはしらみ潰しに裏路地を見て回った。
「兄さん! 天晴兄さん!!」
そして。
「兄さっ……!!」
『予知夢』通り、そこに、いた。血塗れの天晴兄さん(インゲニウム)と敵(ヴィラン)が。
「……………………!!」
憂無は立ち去ろうとする敵(ヴィラン)の前に立ちはだかる。
「どけ」
「…………殺したのか……!?」
フン、と敵(ヴィラン)は鼻で笑い、言う。
「殺してはいない。広告塔になってもらう必要があるからな。贋物には」
「偽……物……?」
「さあどけ。子供の入って良い領域じゃない」
「………………敵(ヴィラン)。この事は全部! 今! リアルタイムで! 東京のヒーローや警察に! 繋がっている!!」
そう言って携帯を突き出した。携帯は刀の柄尻で叩き落とされる。憂無はギリ、と敵(ヴィラン)を睨んだ。
「そのジャージ……雄英高校の物か」
お前も、贋物か。
ゾワリ、背筋に寒いものがつたう。憂無は咄嗟に頭を下げで後ろに飛び退いた。憂無は言う。
「はっ、贋物とか、本物とか! よく分かんねーけどっ! お前は敵(ヴィラン)でボクはヒーロー志望だ! ここでみすみす逃す訳っ、ねーだろ!!」
憂無はそう言って敵(ヴィラン)──ステインへと飛び掛かった。しかしあらゆる刃物に阻まれる。その間、憂無はインゲニウム──天晴に呼び掛けていた。
「天晴兄さん! 意識ある!? 大丈夫!?」
やがて、脇腹を斬り裂かれる。
「う……あぁっ!!」
血が出る。青いジャージを瞬く間に真っ赤に染め上げた。ステインは刃に付着した血をベロリと舐め上げる。
「ッッッ──!?」
動けない。そんな、そんな──……!! 動けなきゃ敵(ヴィラン)だって足止め出来ない! 天晴兄さんだって助けられない!! 動け! 動いて!!
「お前は『本物』のようだな」
そういうと同時にパトカーのサイレンの音が鳴った。ステインは素早く音も立てずに去っていった。
「くそう……ちくしょう、ちくしょお!!」
憂無の慟哭が辺りに響いた。パトカー、ヒーロー、救急車がやって来る。憂無は救急隊員に言う。
「天晴兄さん……インゲニウムを先に!!」
まだ、動けないが憂無はそれを譲らなかった。保須市の病院に運ばれ、憂無と天晴は手術を受けた。薬によって、眠り──また、夢を見る。予知夢を。それがどう転ぶかは、まだわからない。