10.夏休みと寮生活頭の中の未来フィルム.10
夏休みが始まると、ミッドナイトとのトレーニングにもよりランクアップする。必殺技を考えたり、憂無はトレーニングの合間に鋭児郎や上鳴と連絡を取っていた。そして林間合宿当日。憂無は天哉を見送り、自分は夏休みの課題に励んでいた。流石に忙しいのか、一年ヒーロー科の林間合宿中はミッドナイトによるトレーニングは無く、自主練に励む日が続いた。
§ § §
ガス、蒼い炎、敵(ヴィラン)達が森の中を蹂躙する。狙いは──爆豪。
§ § §
ばちりと目を覚ます。憂無は天哉へと電話を掛けた。プルルルル……と音が鳴るだけで出ない。仕方ないのでメッセージアプリのチャットにメッセージを残す。
『気を付けてね』
上鳴にも同じものを送った。鋭児郎には爆豪への注意も足してメッセージを送った。余り詳しい事は書けない。故にこれだけ。憂無は歯痒さに身を焦がした。そして──その夜。テレビでは爆豪勝己誘拐の旨が報道された。
「──────!」
やっぱり。やっぱり!!
天哉からの連絡で彼が無事なのが確定した。
「天哉……」
大丈夫なの? と電話で聞いた。天哉は暗い顔で黙っている。
「天哉……」
憂無も何も言えなかった。緑谷の病室へ行くと言うので憂無は電話を一度切る。
……見ておくべきかな、『予知夢』。憂無はす、と目を閉じる。
§ § §
街。そこでNo.1ヒーロー、オールマイトは終わった。敵(ヴィラン)を倒して。彼は痩せ細った身体で立ち、指をさしてこう言う。
「次は、君だ」
§ § §
爆豪と天哉達の事は分からない、だが──憂無は信じて待つしか出来ない。どこに居るかも分からないからだ。
テレビでオールマイトが戦う姿が中継される。勝て、勝て、勝ってくれ。そう思い憂無は天哉の父母とテレビを見ていた。そして。寝ずに起きていた。天哉を出迎える為に。憂無はずっと扉の外で待っていた。そして人影が見える。
「天哉!!」
天哉だ。憂無は両手を腰に当て、言った。
「ばか」
「……すまない、憂無」
憂無はそのまま天哉に抱き付き泣いた。実の兄でなくとも──血は繋がってなくとも、家族なのだから。憂無は涙を拭うと笑って言う。
「おかえり!!」
「ああ、ただいま!」
§ § §
家庭訪問。憂無はそろりと様子を伺った。どうも、雄英は全寮制になるらしい。憂無は溜息を吐く。
「全寮制かァ……」
扉の外でぼうっとする。ガチャ、とドアが開きオールマイトと相澤と鉢合わせした。
「あ、あの……」
「前宮か。今回は気を揉ませたな」
すまない、と相澤が謝る。オールマイトも言う。
「あ、いえっ! そんな……頭を上げてください相澤先生!」
あたふたと慌てる憂無にオールマイトはぽんと相澤の肩を叩いた。
「前宮少女も相澤くんも、落ち着いて」
「…………はい」
憂無も頷いた。
§ § §
そして、八月中旬。一クラス一棟割り振られたハイツ。一回は共同スペースで、部屋は二階からで一フロア男女各四部屋の五階建てだ。一人一部屋のエアコン、トイレ、冷蔵庫、クローゼット付きである。憂無は荷物を解いて部屋を作った。
「……うん! 終わり」
家と寸分違わぬ部屋が出来た。壁はメモ書きだらけで、他は整っている。憂無は切島にメッセージアプリでメッセージを送った。
『切島、今暇?』
『おう、大丈夫だぜ! どこで会う?』
『どこでも』
『じゃあ待ってな、迎えに行くから』
憂無はハイツの外に出て鋭児郎を待つ。暫くして、鋭児郎がやって来た。
「あ……」
「よ、憂無」
憂無はたどたどしく頷き、言う。
「天哉から聞いたよ。爆豪奪還作戦に行ったんだって」
「あ……あァ」
鋭児郎は途端に気不味そうな表情をした。憂無は言う。
「お、怒ってないよ。ただ……」
心配はしたけど。
そう言うと鋭児郎は照れ臭そうにごめん、と言った。
「悪ィ」
そう言うと鋭児郎は憂無をがばりと抱き締める。ぎゅっと。
「え、鋭児郎!?」
憂無は狼狽て鋭児郎を見る。鋭児郎は笑って言う。
「あちー!」
憂無は鋭児郎の肩に手を掛けるとぐい、と接近する。そして、頬にキスをした。これが今の憂無に出来る精一杯の恋人らしい事。ぽかんと呆けた表情になる鋭児郎から離れる。
「じゃあ、また明日!」
鋭児郎!
憂無はそう言って寮へと走った。顔を真っ赤にして憂無はずるずると部屋の中でへたり込む。
あー、やっちゃった!! やっちゃった!!
憂無はクッションを抱き締めベッドでごろごろした。そしてはたと手帳に書き留める。赤革手帳には明日の憂無が見て悶絶するような事が書き留められてある。例えばほっぺにキスとか。憂無は今でも顔を真っ赤にしているし。溜息を吐いて手帳を閉じた。
……もう、寝よう。
憂無は着替えるとそのまま眠った。
『……ありがとな、憂無。ちょっと照れたけど嬉しかったぜ!』
朝起きて諸々しているとメッセージが入っていた。憂無は顔を赤くして手帳で読んだ事を思い起こす。
ああ! 恥ずかしい!! 勢いであんな事やるんじゃなかった………………!!
そう思いつつもクラスへと向かう。クラスにはもう何人かクラスメイトがいた。憂無はおはよう、と言う。そうするとクラスメイトから、おはようと返された。彼女は通学鞄から教材を取り出すと机の中へとしまう。朝はとても晴れており、写生日和だな、と思う。憂無はスケッチブックを開いて外の風景を描く。カリカリと鉛筆を走らせた。鳥を描いている。そうしていると予鈴が鳴り、憂無は席へと着いた。朝のHR(ホームルーム)が終わると授業があり、それを受ける。板書を取ったり、授業で指された時に答えたり。昼はどうしようか、と憂無が思うと遠くから声が聞こえた。
「おーい!!」
「あ、鋭児郎……」
顔をポッと赤くする。憂無は鋭児郎から少し目を逸らすと彼はん? と目を合わせてくる。憂無はうわっと吃驚した。彼女は顔をますます赤くする。鋭児郎もつられて赤くなった。憂無はどうしたのか、と小さく鋭児郎に問う。
「あー……メシ、一緒にどうかと思ってよ……」
いいか?
と鋭児郎は言った。憂無はこれまた小さく言う。
「…………うん、いいよ」
「じゃ、席取っとくな!」
鋭児郎は笑う。憂無は鋭児郎の手を取った。鋭児郎は少し驚くと、目を細め笑う。にこにこと笑顔でここな! と言って席に座った。そして鋭児郎と一緒に列へと並んだ。瀬呂が言う。
「おっ、お二人さん熱いね〜」
上鳴はじとっと二人を見ている。まるで友人を取られて不満げ……のような。
「よせって瀬呂!」
鋭児郎は照れつつそう応対する。憂無は照れて俯いてしまった。
「泣かせんなよ〜? 切島」
「わ、わかってるって」
上鳴の言葉にギクリとする鋭児郎。憂無は恥ずかしさの余り先に昼食を取りに行ってしまった。
いただきます!
二人は向かい合って昼食を摂る。憂無は日替わり定食B、鋭児郎は肉が沢山入っている丼ものだった。憂無はランチを食べ終えると鋭児郎と仲良く話す。
「そういや鋭児郎は午後からヒーロー基礎学だっけ」
「おう! 普通科は何すんだ?」
「普通の勉強だよ」
「そっか」
憂無は微笑んで彼を見送ると自分のクラスへと戻った。C組では中学の時よりは浮いていないのでクラスメイトとも普通に話す。憂無は後ろの席の心操に聞く。
「次の授業、なんだっけ」
「社会。確か『個性』とかヒーロー関係の法律を重点的にやるはず」
「そっか、ありがとう」
憂無は席に座ると教科書を出す。そしてノートの隅っこに小さくイラストを描いた。青革手帳にも板書の内容をまとめたものを書いていく。
そして放課後。憂無はA組の寮に来ていた。ガチャリとドアを開けて入る。共用スペースで待っていると女子勢から声を掛けられた。
「あー! 前宮ちゃんだ!」
と葉隠。芦戸はニマニマしつつ近寄る。
「ね、ね、前宮〜。切島とはどうなの??」
「え、ど、どうって………………」
「わ。赤くなった」
と麗日。蛙吹が言う。
「青春ね。憂無ちゃん」
「どうしたんですの? 切島さんと何かありまして?」
と不思議そうにする八百万に耳郎が言う。
「付き合ってんだって。前宮と切島」
そう聞くと八百万は。
「まあ、まあ! 素敵ですわ!!」
と目をキラキラさせて言った。女子達は必殺技について話をしている。と、ピコンと携帯が鳴った。
「あ」
「お! 切島からのお呼び出し〜??」
と芦戸が揶揄うように言った。憂無は顔を真っ赤にさせて言う。
「へへ、まあ、ね……」
芦戸はキョトンとした後、言う。
「あーあー! 前宮からもっと恋愛の話聞いてたらよかったー!!」
「無理に話させるのは良くないと思うわ、芦戸ちゃん」
「そういや、平気なのかな? 前宮ちゃんはあの部屋……」
男子棟四階の二番目のドアをノックする。中からちょっと待ってなー! と言う声がした。憂無が大人しく待っているとガチャリとドアが開く。
「お待たせ!」
笑顔の鋭児郎に触発されて笑顔になる憂無。そして──彼の部屋を見る。大漁旗や、サンドバッグ、漢らしい標語の書かれた張り紙。
「鋭児郎らしい……!!」
憂無は感激していた。口を片手で押さえてぷるぷると震えている。まるで女性に免疫が無い男子のような反応であった。鋭児郎は憂無の腕を掴み言う。
「どうした? 気分でも悪いか?」
「いっ、いやっ! そんな事ないよ!!」
慌てて言った憂無に鋭児郎はホッとする。
「それならよかったぜ!」
憂無は鋭児郎のベッドの端にちょこんと座り、彼は椅子へと座っていた。
「もう一個椅子持ってくりゃよかったな……」
と鋭児郎。憂無は頭を横にブンブンと振って言う。
「い、いや! 大丈夫! なんならボク立ってるし!!」
「いや流石に彼女を立たせたまんまにさせるんきゃいかねーだろ!?」
暫く二人は並行線の話をしていたが結局憂無は鋭児郎のベッドに座る事になった。勉強の話や、ヒーロー科の話を聞いた。
「必殺技とか学校ぽくてかつヒーローっぽい授業とかな! あったぜ!!」
「いいなあ……」
鋭児郎はニッと笑って言う。
「憂無もヒーロー科志望だったんだろ? ならなれるぜ! ヒーローに!」
「…………うん!」
「でも憂無の『個性』ならやっぱり司令塔の役割だよなあ」
憂無はどんなヒーローになりてえんだ?
「ボクはね……『最高の相棒(サイドキック)』になりたいんだ……」
だからね、どんな役割でもこなせちゃうヒーローになりたいんだ!
笑顔で答えた。鋭児郎は言う。
「なら俺も負けてらんねーな! 一緒に頑張ろーな!!」
拳を突き出す鋭児郎に憂無も拳をコツンと優しく当てた。憂無は言う。
「私がヒーローになれたら一番最初に相棒(サイドキック)としてつくなら鋭児郎か天哉が良いなあ」
「そっか」
鋭児郎は嬉しそうなのと少し寂しそうに言った。身内より優先してくれ、とは言えない複雑な心境である。最も、漢らしくないので口が裂けても言えないが。憂無は無邪気に言う。
「その時は公平にあみだくじで決めるから!」
「おう! ありがとよ!!」
そうして話していると時間が経つのも早いもので。
「もう時間だよな……送ってくぜ、俺」
「いいの? でも敷地内だし大丈夫……」
鋭児郎は少し考えて言う。
「いや! やっぱ送ってく! 何があるかわかんねーし」
そういう事なら、と憂無は承諾した。寮から出ると鋭児郎が憂無の手を掴む。
「ひゃ……!」
びくりと驚く憂無に鋭児郎は謝る。
「あっ、悪ィ。嫌だったか……?」
咄嗟に手を離した鋭児郎に今度は逆に憂無が鋭児郎の手を掴んだ。顔は真っ赤だし耳まで赤い。鋭児郎はそれを受け入れ、黙って歩き出す。手は繋がれ、いつしかそれは絡み合う。顔は真っ赤だが憂無は嬉しそうで。鋭児郎もその顔を見る度に嬉しく思うのだった。
「じゃあ、またね」
C組寮前にて憂無が言った。鋭児郎もここまで来れば安心、と去って行く。共用スペースにはもう人っ子一人いなくて憂無はエレベーターに向かおうとした。その時。
「あれ、前宮さん」
声を掛けられた。
「心操?」
給湯スペースには電気が点いており、心操がいた。心操が言う。
「喉渇いたから水飲みたくて……買うの、忘れたから」
「そっか」
憂無はホッとして言った。
「じゃあ、私、部屋戻るから……」
「うん。……あ」
そういや。
「前宮さんもヒーロー科志望なんだよな」
「え? そうだよ」
「じゃあさ……前宮さんも必殺技、考えた?」
「……まあね。夏休みに一応の形にはしたよ」
と胸を張る。そっか、と返って来たきり沈黙が場を支配した。
「ボクもって事は心操も必殺技考えたんだ」
「……うん」
「そっかー。まあ、お互い頑張ろ!」
と憂無は言ってエレベーターに乗り込んだ。憂無の部屋は二階である。部屋に戻ると赤革手帳に今日の仔細を書き出す。憂無はそれを書き終えると手帳を閉じ、寝巻きへと着替えた。そして外を見る。星空がキラキラと輝いていて、天の川も見えた。憂無は携帯のメッセージアプリに鋭児郎宛てのメッセージを送る。そしてカーテンを閉めると電気を、消し眠りについた。