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    CQUEEN57235332

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    切島くん夢

    #hrak夢

    8.告白頭の中の未来フィルム.8
    「話し……………………会ってみます…………」
    「すごい嫌そうな顔ね」
     とミッドナイト。今の関係が心地良い。壊したくない。そんな感情がぐるぐると渦巻いた。しかしミッドナイトの言う通りなら──決着を早めに付けなければならない。憂無はそわそわとする。ミッドナイトに言われ今日の所は帰った。はあ、と溜息を吐く。
    「やだなぁ……」
     下を向く。
    「何が嫌なんだ?」
     不意に声を掛けられる。ギョ、と憂無は目を見開いた。
    「き、き、切島!?」
    「……今日は飯田と一緒じゃねーんだな」
    「え、まあ、うん…………」
     切島相手だと途端にたどたどしくなる憂無に彼は気にせず話し掛けて来た。今日の授業の事だとか、ご飯の話とか、好きな物の話だとか。憂無はこっそりと、話す切島の横顔を見る。スッと通った鼻筋に幼さの残る顔付き。鋭くも愛嬌のある目付き。瞼の傷。ツンツンに立てられた赤い髪。そしてサメのように鋭い歯。憂無は彼の一つ一つに夢中になっていた。
     ──嗚呼、好きってこういう事なんだ。
     憂無は思った。

     § § §

     切島は帰り道に一人歩く憂無を見つけ、声を掛ける。前に避けられていたので一瞬躊躇ったが切島は腹を括る。
    「やだなぁ……」
     そう呟く憂無に声を掛ける。
    「何が嫌なんだ?」
    「き、き、切島!?」
     今日は飯田の一緒ではないのか、と聞くと要領の得ない答えが返って来た。だがそれは良い。切島的には逃げられなかった時点で僥倖だった。憂無がたどたどしく話す時、切島はこっそりと憂無を見る。柔らかそうな頬、長い睫毛、光る黒曜石のような瞳。艶々とした黒い髪と、跳ねている自分より深く赤い後ろ毛。一つ一つ、可愛らしいと思う自分がいた。知らず知らずの内、今まで気持ちにブレーキを掛けていて。斜陽が差す中切島は憂無をじっ、と憂無を見る。流石に気が付いたのか憂無は切島を見る。
    「き………………りしま……?」
     切島には夕陽の所為か、憂無の顔が赤くなっているように見えた。
    「前宮……。俺、お前の事が」
     好きだ。
     憂無の目が揺れる。瞬きをすると涙が溢れた。
    「前宮!?」
     切島は憂無の肩に優しく触れる。
    「……どうした」
     憂無は体をくの字に曲げて両手で顔を覆う。切島は憂無を支える。
    「どうした? 前宮」
     憂無はぐずぐずと泣き出し、かぶりを横に振る。切島は優しく問う。
    「………………俺が嫌いか?」
    「そんなんじゃない!!」
     いきなり大声を出した憂無に切島は目を丸くする。涙でグチャグチャな表情の憂無を切島はハンカチを出してゆっくりと拭った。
    「……ゆっくりで良いからよ、教えてくれよ、な?」
     ひっくひっくとしゃっくりを上げながら憂無は泣く。ボロボロの顔で切島を見ると、彼は優しく笑っていた。その表情に、余計泣けてきてしまう。憂無は──ただ、ひたすらに泣き続けた。枯れた頃、憂無は切島から声を掛けられる。
    「……落ち着いたか?」
     憂無はこくりと頷いた。ガラガラになった声を絞り出す。
    「き、切島は」
    「おう」
    「……なんで私がすきなの」
     なんで。
    「なんでって……そりゃあ……」
     切島は困ったように頭を掻く。顔が心なしか赤い。切島は言葉を紡ぐ。
    「そりゃ、おめーが」
     そこで憂無の瞳と目が合い、一旦言葉に詰まり。切島は言い直す。
    「……おめーが、雛鳥助けてた時。俺は見てた。……そっから、そっからだ。俺がおめーを意識するようになったのは……」
    「……そっか」
     憂無は相槌を打った。切島は言う。
    「んで、それより前からずっとおめーが気になってた。………………おめーだろ? 入試で俺を救けてくれたのは」
    「え…………」
     憂無は顔を伏せる。
    「前宮?」
     切島が憂無の肩に触れる。
    「……ごめんね」
     憂無はか細く呟いた。
    「なんで謝るんだよ」
     憂無が顔を上げる。そして再びぽろぽろと涙を零した。
    「やっぱり…………君とは付き合えない」
     その顔は、すごく悲しそうに。辛そうで。やっぱり俺は涙を拭ってやりたいと思った。
    「……どうしてだ?」
     切島は努めて優しく問うた。憂無はぐずぐずと泣きながら言う。
    「だって……だって! わた、私! 『覚えていられない』からっ!!」
     記憶が砂で出来た楼閣のように消えていく。或いは、データが消去されるかのように。憂無は叫ぶように言う。
    「君の事だって、覚えてられないから……私、私は……ずっと、ずっと……」
     記憶を失い続けている。朝、起きたらもう昨日の記憶は無くて。あるのは『予知夢』の記憶。だから壁中に貼ったメモで自分の事だって把握する。赤革手帳で細かい事を補充していく。それが──それが『前宮憂無の記憶』だった。切島はうん、うん、と頷く。
    「私っ、切島の事だってっ、忘れちゃう! 忘れちゃうの…………」
     憂無は続ける。
    「だから…………思い出を幾ら紡いでも、私は忘れてしまう…………意味が、無いんだよ。私といても」
    「意味が無ぇなんてことは無ぇ!!」
     突如大きな声を出した切島に憂無は目を見開く。ぽろ、と涙がまた溢れた。切島は声を落として言う。
    「…………おめーが覚えてらんねぇなら俺がその分忘れねー。だから」
     だから、俺の手取ってくれねーか?
     憂無は目を再び見開く。ぼろぼろと枯れたはずの涙が溢れて止まない。切島は手を、差し伸べていた。憂無は──。
     手を、取った。震える手で、彼のカサついた手をしっかりと握り締めた。切島は嬉しそうに空いた方の手で憂無を抱き締める。再び込み上げるものがあったのか、憂無はまた声を上げて泣いた。切島もつられて涙を零していた。未だにぽろぽろと溢れる涙を切島は親指の腹で拭う。切島は聞く。
    「…………良いんだよな? 前宮も、俺の事、好きって事で良いんだよな?」
     憂無は顔を赤くしてこくんと頷いた。紅を差したようで。可憐に見えた。切島は憂無の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせるとニッと笑った。
    「切島…………」
    「もう一回、言うぜ」
     俺と──付き合ってくれねーか? 前宮。
     憂無は目を伏せ、言う。
    「よ、よ、喜んで………………」
     切島はいたく喜んで飛び跳ねる。
    「っしゃあ!!」
     憂無は問う。
    「……その、私なんかと付き合うなんて、その、そんなに嬉しいの…………?」
    「たりめーだろ!? 後、自分『なんか』なんて言うな!! 俺はおめーの事が好きなんだからよ」
     そう言って切島は吹き抜ける風のように笑った。
    「………………うん」
     べそを散々かいていた憂無は頷いた。切島は言う。
    「なあ……手、繋いでも良いか?」
    「えっ、あっ、えっ」
     憂無は慌てる。付き合った、とはいえさっきすぐ、だ。心の準備がまだ出来ていない。憂無はそう告げると切島は言う。
    「……うん。じゃあよ、俺がおめーの事、ちょっとずつ触っていくからそれで慣れてくんねーか……?」
     いつまで経っても手がつなげねーのは寂しいしよ……。
     憂無は顔を真っ赤にして承諾した。切島は言う。
    「触られて嫌なトコとか言ってくれよな! 俺もおめーの嫌がる事はしたくねーしよ!」
     憂無は再びこくこくと頷いた。切島は笑って言う。
    「ならまた、今度な!! 駅まで一緒に帰ろうぜ!」
    「うんっ……!」
     ぶらぶらと揺れる切島の手に憂無は思い切って彼の小指を掴む。顔から火が出そうになっていた。切島歯嬉しそうに笑ってそのままにする。憂無は切島の顔を直視出来ないでいた。駅まで歩いているとあっという間だ。憂無は名残り惜しそうに、切島の指を離す。
    「じゃあ、またな」
    「うん、また」
     そう言って手を振り合って別れた。
     ガタン、ゴトン、と電車が揺れる。憂無は切島の小指を握った掌をまじまじと見た。
     触っ……ちゃった……。
     憂無はキュッと目を閉じると彼に触れられた喜びを噛み締める。やがて自宅の最寄り駅へと着く。自宅へ戻ると、天哉の母が出迎えた。
    「あら、おかえりなさい。どうしたの? 目」
    「……目?」
     腫れてるわよ、と言われ憂無は自室に荷物を置くと慌てて洗面所へと向かった。その途中で天哉と会ってしまう。
    「憂無! おかえり……ってどうしたのだその目は!? 誰かにやられたのか!?」
    「違う! 違う!」
     憂無は問い詰めてくる天哉を押し除け、洗面所の扉を閉めた。そうして憂無は鏡で顔を見る。元々美人ではないが泣いた所為で目が赤く腫れ、見られたものではない。憂無は溜息を吐くと顔を冷水で洗った。そうすると少しマシになった気がする。憂無は夕食を皆と摂ると全員分の皿を洗った。そして今日会ったことを自室で赤革手帳に書く。告白された事、一度断ってしまった事。でも、それでも、自分の事が好きだと言ってくれた事。憂無は書きながら顔から火が出そうだった。憂無が忘れてしまうなら──その分、覚えている、と言われた時は彼女の喜びは筆舌に尽くし難い事だったろう。
     一緒に、いたら幸せになれるのだろうか? なってもいいのだろうか? 
     ──どうせ忘れるのに?
     そこまで考えて憂無は切島の言葉を思い出す。
     …………おめーが覚えてらんねぇなら俺がその分忘れねー。
     その言葉を信じるしかない。憂無は手帳に全てを書き切ると風呂に入る用意をする。寝巻きを出しているとピコン、と携帯から音が鳴る。憂無は通知欄を見ると携帯を手から滑り落としそうになった。
    「き、切島からだ…………!!」
     憂無は携帯以外の持っている物を全て落とす。あわあわと慌てていると指がメッセージアプリへと当たり、トーク欄が開かれた。
    『前宮、ちゃんと帰れたか?』
    『また連絡くれな!』
     憂無は恐る恐る携帯のキーボードに触れ、返信を打つ。最後に震える手で送信ボタンを押した。
    『ちゃんと、帰れたよ』
    『ありがとう。また連絡、するね』
     既読がすぐ付いて、切島から暑苦しそうなスタンプが送られて来る。それすらも愛おしい。憂無からもスタンプを送ってその場のメッセージ会話は切り上げた。画面を撫ぜると憂無は携帯を机に置いて落ちた衣服やバスタオルを拾い上げて風呂へと入る。体を先に洗うとチャプン、と湯船に浸かる。そうすると気持ち良く、ふうと声が漏れた。憂無は切島の手を掴んだ手で自分のもう一つの手を握る。
     …………手を繋いだら、こんな感じなのかなあ……。
     憂無は思う。そこまで考え、頭をぶんぶんと振った。彼女は冷水を頭から被ると頭を洗い、また湯船に浸かると風呂から出る。寝巻きに着替え、髪を乾かすと憂無は自室のベッドへと沈み込んだ。フカフカなベッドはとても気持ち良く、そのまま眠ってしまいそうである。憂無は一応、ともう一度携帯を見た。特に連絡等の通知は来ていない。憂無は携帯を充電するとそのまま眠った。

     § § §

     朝。メモ書きを見、手帳を見て把握する。そして昨日の出来事のページを読むと顔が真っ赤に染まった。
     嗚呼、ボク、付き合っちゃったんだ──。
     憂無はそう思い頬を両手で覆ってピョンピョン跳ねた。ギリギリまでその余韻に浸っているとコンコンコン、と扉がノックされる。
    「はい」
    「もうすぐ時間だぞ! 起きているなら早く来るんだ!」
    「はあい」
     憂無はそう言うと支度をして朝食を摂りにリビングへと向かう。リビングには天晴以外の全員が勢揃いしており、憂無はいつもの席へと座った。焼いたパンをさくりと食む。バターが染みていてとても美味しい。傍らの牛乳を手に取り、飲む。ごくごくと冷たい物が喉を滑り落ちていく感触がした。朝食を食べ終えると憂無は天哉と共に学校へと向かう。もう慣れた。電車に乗る事も、高校へのいく道を歩く事も。しかし、一つ慣れないモノがある。それは──……。
    「よ! 前宮! 飯田!」
     切島の声だ。ドキ、として憂無は遅れて切島を見る。天哉はおはよう、と言っている。
    「おはよう、飯田」
     そして。
    「おはよう、前宮」
     天哉と憂無では話す声のトーンが違い、憂無は顔を赤くした。
     もう私はある種の特別なのだ。彼にとって。
     そう思い憂無は小さくおはよう、と返す。
    「誰よりも早起きって気持ちいいよな!」
    「ああ! 気が引き締まるよ」
     切島は言う。
    「前宮も飯田と一緒に来るのな」
    「か……家族、だから……」
    「だな!」
     憂無と天哉の言葉に切島は言う。
    「そっか! 家族仲良いのはいい事だよな!!」
     ギザギザで鋭い歯を見せて笑う。それが眩しくて──憂無は目を細めた。天哉は言う。
    「そう言えばなんだが、切島くん。……いや、俺の勘違いだったら言ってくれ」
    「なんだ?」
    「なんだか、憂無との距離が近くないか?」
    「? そうか?」
    「ああ。幾ら友達でも付き合っていないのだから、適切な距離というものが──……」
    「あ、俺ら昨日か付き合ってんだ!」
     憂無が止める暇も無く切島は事を暴露した。
    「なんだと!?」
     天哉は驚いてレンズ越しの目を丸くする。
    「そうか……それは、その……野暮な事を聞いてしまったな」
     だが!
    「清い付き合いをするんだぞ! 不純異性交遊は禁止だ!!」
    「大きな声出さないで……!」
     憂無はそう乞うが、天哉は止まらない。
    「おう! わかってるぜ!! 俺ァ漢だからな!!」
    「あああ……」
     二人で会話が進むので憂無は頭を抱えてしまったのであった。
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