好きな人の好きなものは気になるだろう? 肥前忠広は南海太郎朝尊が好きだ。
だからといってどうこうしたいわけではないが、あわよくば何か起きてもいいと思っているものの自分の意思だけでどうこうできるものではないので、このままの関係でも良いと思っていた。恋仲になったところで今と何かが変わるわけではないと思っていたからだ。
思っていたのだが。
「ひぜんくん」
舌の回っていない南海に名前を呼ばれる。
それだけで周囲の騒がしい声が遠くなる。
「……なんだよ」
「ふふ、ひぜんくん」
先ほどから何度も名前を呼ばれ、返事をするとまた名前を呼ばれる。その繰り返しだったので一度返事をしないでいたら、眉尻を下げた顔で見つめられた。肥前はぐぅと喉の奥が鳴るのを感じながら「なんだよ……」と返した。
酒盛りをしている男士たちの中で、肥前と南海に気を向けるものはいなかった。各々あちこちで楽しく飲んでいる。先ほどまで肥前の隣に座っていた同田貫も、長谷部に呼ばれて移動した。
その空席に南海が座ったと思ったらこれだったのだ。
南海は機嫌良さそうに笑いながら肥前の手を取る。
「先生、何で酒なんて飲んだんだよ」
「酒? のんでないよ」
ふふふ、と笑う南海は確かに酔っ払っている。少量でも酒に酔う南海は、宴会の際は次郎の隣に座らないよう気をつけていた。次郎が延々と飲み続ける酒の匂いで酔ったことがあるからだ。
しかし今日は歌仙の隣に座っていたし、酒も飲んでいないと言う。嘘はついていないと思うのだが、じゃあどうして……と肥前が訝しんでいると、南海は肥前の指と自身の指を絡ませながら笑い声をあげた。
「梅酒のね、うめが、あるじゃないか」
「あ? ああ、梅……」
絡む指先から目が離せない。
南海は肥前の指をなぞりながら話を続ける。
「うめしゅは飲めなくても、梅なら食べれるんじゃないかと、おもったんだよ」
ぎゅう、と南海の指が丸くなる。肥前も合わせて手を丸くした。南海に目を戻す。目尻を下げた南海と目が合って、肥前は喉を鳴らした。
別に先生と目が合うのは珍しくない。普段だって目を合わせて会話をしている。ただ、こんなにも優しい目を向ける南海を知らない。こんなにも優しく触れられることに慣れていない。
居心地の悪さと、気持ちの良さが混ざり合って、肥前は南海の手を握り返す。
「梅酒に浸かってたんだから、ダメだろ」
「ふふふ、ひぜんくんが、どんなものを飲んでるか、きになったんだけどねぇ」
「なん……だよ、それぇ」
笑う南海が肥前の手を持ち上げて自分の頬に当てる。冷たいね、と口元を緩ませる南海を見て、肥前は生唾を吞み込んだ。