舞踏 トントントントン、とヴィエラの長い脚がリズムを刻むようにステップを踏む。一定のリズムで四拍子を刻みながら、すらりとしなやかな腕を広げたり、揺らめかせたりしていた。両手で大きな弧を描いたかと思えば滑らかに手首を揺らし、緩く何かを包むように両掌を揃え、翻しながら舞っている。頬杖を突きながら無言で見入っているルガディンに時折顔を向けながら、指先に視線を移したり目を伏せたりする。周囲の踊り子達に比べて場数や経験も足りていないため拙さは多少感じられるものの、それを差し引いても目を引く姿だった。
きっかけはたまたま訪れたメリードズメイハネで伝統の舞踏が披露されていたところだった。話を聞くと観光サービスの一貫で時折行われているらしく、ヴィエラとルガディンは思わず感嘆を漏らす。近く行われる予定の祭典でのお披露目前に新人の踊り子達が人目に慣れるように、との理由で行われていた事だった。軽食と飲み物を待ちながら数曲を演者を変えつつ行われる公演を眺める。華やかな舞踏と音楽と共に届いた食事を堪能する。
「すごいな」
「ね、めっちゃ綺麗」
貴重な機会とラザハン特有の彩り鮮やかな衣装や舞いに純粋な感動と賞賛を込めて、二人が拍手をしていたところだった。
「英雄さんは、踊り子なんですよね……?」
おずおずと遠慮がちに新人の踊り子の一人が近付いてきた。数回目を瞬かせた件のヴィエラが周囲を見渡し、頷いて答える。感激したように握手を求める新人踊り子達に対応している彼女に、そうだ、と踊り子達の師範にあたる女性が手を合わせる。
「英雄さんもご一緒に如何ですか?」
踊り子達の舞踏にも負けない魅力的かつ刺激的な提案を彼女が断るはずがなかった。
メリードズメイハネ内の客の歓声の中、舞台が整えられていった。店内中央のテーブルや椅子を少し壁に寄せ、空間が広げられる。親切な事に体格の良い客は壁際に席を移り、子供や小柄な種族は優先的に中央寄りのテーブルへの移動を促された。
「わぁぉ……」
予想以上の騒動になりつつある渦中のヴィエラは、無言でそっと距離を取ろうとする隣のルガディンの服の裾を掴む。逃げるな、と軽く睨み付けてきた彼女に彼は壁際を指差した。せめて邪魔にならないところに、と言いたげな彼の表情に微かに頬を膨らませ不満を伝えつつ、周囲の人への気遣いから指を離す。既に壁際に待機していたルガディンやアウラの男性陣に茶化されながら、一番舞台が見えやすいであろう席を勧められている彼に、彼女はつい笑ってしまった。
師範や新人達に確認をとりながら一通りの舞についての説明を受けた彼女が力強く頷いた。数ヶ月練習してこんななのに、やっぱり英雄さんは違うね、と俯いた新人達の頭を優しく撫でた手を握った彼女は再度頷いて口を開く。
「できる気はしないけどがんばる!」
本番じゃないからねぇ、とのんびり微笑んだ彼女に数回目を瞬かせた新人達の肩によろしくね先輩、と彼女は手を添え舞台へと踏み出した。
そうして配置についた彼女達を確認し、音楽が流れ出す。この地域の楽器を用いた調べが流れ出し、踊り子達は節に合わせてステップを踏み始めた。一定のリズムが刻まれ、ステップと歌詞に合わせて彼女達の両腕がしなやかに動く。
「あれは波を表してるんだよ」
彼女達の舞に見入っていた彼の耳に、地元の者らしいアウラが小さく耳打ち━━アウラにこの表現が適切かは不明だが━━してきた。ゆるやかな舞踏が表すものについてその後も丁寧に解説を添えてくれる彼に礼を述べると微笑みかけられる。
「英雄さん達が、我々の文化を楽しんで頂いてると思うと、つい」
口を出してしまいましたとはにかんだアウラに彼は改めて礼を述べた。視界の端で終盤に差し掛かっていた曲に合わせて、踊り子達が両手を口元から緩やかに広げていた。
「あれは、愛ですね」
あれは何を表現しているのか彼が尋ねるより先にアウラが答えてくれる。愛、とその言葉を反復しながら、踊り子達の中で一層眩しく見える彼女に目を細めた。