負ける気なんて、さらさら無い「期待した?」
からかうような口振りに、内心舌を打ちながらそっと目を開けた。
途端、視界に広がる時透さんの顔をキツく睨んでみても、頬に集まった熱は退いてくれない。どうにも格好つかなくて誤魔化すようにため息を吐いた。
「なんですか期待って」
「しらばっくれるの? こんなに真っ赤になってるのに」
ご機嫌な時透さんは俺の頬を好き勝手弄りながら、こぼれる笑みを隠しもせずに囁いた。
「されるかと思った?」
「……」
急に面を取られて、顔を寄せられて。愛おしそうに微笑まれたら、当然。
何の疑問もなく目を閉じた自分がとてつもなく恥ずかしくて、恨めしい。
「『目瞑って?』って言っただけだよ僕は」
ニコニコと楽し気な時透さんに面を返してくれる気配はない。素顔を晒したまま、いくらか高い位置にある顔を見上げる。
不機嫌な顔を見せればますます喜ばせるだけだとわかっているけれど、眉間のシワはなかなかほどけてくれなかった。
「期待しちゃったんだ?」
「…………しました」
「えっ?」
今さら噛み付いてももう勝てない。恥を忍んで白状すれば、形の良い目がまあるく開かれた。珍しい顔だな、と思いながら見つめているとじわりその頬に色がつく。
「……したんだ?」
「……まあ、はい」
「接吻されちゃうかもって?」
「だから、……はい」
何となく気まずい沈黙が流れる。時透さんは「ふぅん」と言ったきりそっぽを向いてしまった。
何か思ってた反応と違うな。嬉々としてからかってくると思ったのに。俯いた時透さんを眺めているうちに、ちょっとした悪戯心が沸いてきた。
「…………したいんですけど、駄目ですか…?」
ほとんど音にせず呟いて視線を落とした。時透さんの唇辺りをさ迷わせてから、ちらりと反応を伺う。ぎこちなく顔を上げた時透さんは、何とも言えない顔をしていた。あれ、これ、いけそうかも。
「目、閉じてください」
反撃開始だ。やられっぱなしで終われるか、大人しく目を瞑った時透さんに心の中で啖呵を切ってからその肩に手を置いた。
激しい鼓動が伝わってしまいそうなほど近くまで体を寄せる。
うっすらと朱に染まった頬に手を沿えると、時透さんの喉が不自然に鳴った。いつも涼しい顔の時透さんが見せる、余裕のない表情。少しだけ胸がすくような心地がしたけれど、生憎人の緊張を笑えるような余裕はない。自分の吐いた息も不恰好に震えていた。
ゆっくり二人の影が近づいて、それから。
「痛っ!?」
隙だらけの額に一発お見舞いしてやった。目を白黒させた時透さんは、弾かれた額を押さえながらちょっと潤んだ瞳で見上げてくる。ざまあみろだ。とびきりの笑顔で囁いてやる。
「期待しました?」
「……良い度胸だね」
「わあ、怖い」
からからと笑う俺に対して、時透さんは恨めしそうに呟く。少し赤くなってしまった額を撫でてやると、拗ねたように口を尖らせた。
「ちょっとからかっただけなのに」
「俺もちょっとからかっただけですよ」
「もう、負けず嫌いだなぁ…」
ふと思い付いた悪戯がバッチリ成功してしまって、正直楽しい。普段好き勝手されてる分、たまにはお返ししてやりますよ。緩む口元を隠さず見上げていると、ふと後頭部に手を添えられて引き寄せられる。
ぐっと近付いた一瞬の隙に。
「僕の負けでも良いんだけど」
声が届くより先に感じる熱。唇に、触れて。ひどく熱い。
「期待させた責任は、とってあげるね」
くそ、と吐こうとした悪態は音にならず、内に篭って頬の熱をあげた。
負けず嫌いは、どっちだよ。