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    mun_oyu

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    iski 文庫メーカー再掲

    #iski
    iskas

    朝帰りした41の「何もなかった」が信じられないけど好きだから許してしまうkisのSS 惨めな心地がした。

    最初に「好きだ」と告げられた時、世一のことは好きでも何でもなかった癖に、舞い上がった。後から振り返れば、それが「好き」という事だったのであろう。
     世一は優しい恋人であった。連絡はマメで、朝はコーヒーを入れてくれた。だから、コーヒーの匂いで目覚めることが癖になったのだった。

     朝、コーヒーの匂いがしなかった日。
     寝ぼけ眼を擦って、上手く目覚められないことに疑問を抱いた。そこで初めて、世一がいないことに気がついた。昨夜、世一がパーティに出掛けたことを思い出す。懇意にして貰っているスポンサーの接待との話だった。ぜひカイザー選手も、と声がかかったが、昼間、別のパーティに出席する予定があったため断った。
     肌寒い室温に肩を震わせながら、シーツをかき分ける。ガウンを羽織り直してリビングへと出た。廊下に差し掛かってちょうど、玄関の扉が開く。カチャン。静かな音だった。
    「よいち」
    「…っぁ、……ただいま」
    「おかえり。遅かったな」
     この時まで、盲目的に信じていた。手は、世一の代わりにコーヒーを入れていた。
    「飲むか?」
    「……うん、あの、カイザー」
    「なんだ」
    「……あの、……ごめん」
     正直に言うならば、最初、何に対しての謝罪だか本当に分からなかった。スポンサーの相手に疲れているだろうし、すぐにシャワーを浴びて寝るべきだと思った。コーヒーを飲んでは目が覚めてしまうかもしれないが、夜通し働いたあとは、口をリセットするのにちょうど良いだろうと信じていた。
    「なにがだ」
    「………ホテル、行ってた」
     喉がひゅっと閉まったような気がした。だけど頭は冷静で、口は「そうか」とだけ零していた。
    「でも何もしてない。それは信じて欲しい」
     酔って疲れて、寝てしまっただけなのだと、一定の距離を保って言う。
     たぶん、世一の言うことは本当なのだろう。彼は酒にあまり強くないから、すぐに顔が赤くなる。
    「……そうか」
     心臓から血が滲み出たような痛みがした。その痛みに涙が出そうになって、背を向ける。キッチンでコーヒーを注いで、二つのカップを持ち上げた。
    「一人だったのか」
    「……いや……スポンサーの人も、いた」
    「……例え何もなかったとしても、その事実がある限り、信じる根拠がない」
    「……ごめん」
     腹が立った。謝罪などせず、信じるに値する証拠を提示すれば済む話だと思った。しかし、「無い」ことを弁明するのは、悪魔の証明である。
     コーヒーを持つ手が震えて、テーブルに置く時、カチャンと音を立てた。世一が玄関ドアを開けた時よりも、大きな音だった。
    「……部屋は別だったし、酔ってずっと寝てたよ。…スポンサーの人に聞いてもいい」
    「それはありがたいな」
     嫌味だった。世一が顔を歪める。疑っていることが伝わっているのだろう。
    「……ごめん。もうこんなこと、絶対しない」
     馬鹿だなと思った。最初からしないのが当然の道理である。
     指先にウジが湧いたような痺れが襲った。やはり、世一の言うことは本当なのだろう。だが、朝帰りをしてきた、という事実は、歴然と横たわっている。
    「世一、来い」
     木目調の椅子に腰かけて手招く。世一は無言で近づいてきて、目の前に立った。コーヒーに添えていた手を下ろす。
    「俺が、好きか?」
    「…っ好きだ! 好きだよ…ごめん」
    「俺だけが好きか?」
    「カイザーしかいない」
     世一の目から涙が零れ落ちたのが見えた。何故お前が泣くのだ、と呆れた。
     世一の性格上、身の潔白は想像がついた。浮気をしでかす人間では無い。ただ、完全に信じることが出来ない。
    「俺は、信じきれない」
    「……うん。俺のせいだから仕方ない」
    「それでもいいのか? これからずっと、今日のことを疑われ続けてもいいのか?」
    「それでも、一緒にいたい」
     縋り付くいて泣く世一に、仄暗い喜びを感じた。同時に、これからの関係性を憂う。世一は許しを乞うため、もう一度信じてもらうため、尽くすことだろう。それは、恋人間に上下関係ができることを示していた。
    「世一」
     背に手を回して抱きしめた。立ったままの世一の腹に耳を寄せる。
     それでも、好きだった。
     頭上で世一がしゃくりあげる。つられるように涙が滲んで、鼻がツンとする。
    「カイザー…ごめん…ごめん…」
     世一はひたすらに謝っていた。嫌いになれないのに、愛しているのに、信じられない。
     
     惨めな心地がした。
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