体力と自分の歩み方 *
実は絵を描く体力が少なくなってきてるんじゃないかという気がしていて、少しずつ漫画描きから文字書きになっていく道も結構考えていたりする。私の感覚として(※本当にひたすら私個人の感覚)、絵を描くのに要る体力が文章の場合は少なくても大丈夫というのがあって(どこでも、隙間時間でも書けることとか)。でも文章の場合、体力以外のこと、精神力だったり思考力なのかな、が絵や漫画よりも使う力として多く必要な感覚もあって、それらと体力もまた多少は連動してるだろうから、体力が少ない状態でどこまで文章も書き続けられるのだろうとも思っている。
どんな形であれ物語を作り続けていたいと思う。巧拙よりも得意不得意よりも、もしかしたら好きとか以上にやっぱりそれが自分にとって一番の呼吸なので。
それはそれとして、体力が少ないことなんだけど、原因は特定出来ていない。①ただの気のせい。②何年もあることにとらわれてしまっているから疲れてしまっている。③本当に体力が少なくなってきてる。のどれかなのだと思うんだけど、一番感覚的に違和感がないのは②かな。もしそうなら回復すれば体力は戻るはずなので、そうなれたらいいな。
ある時期から絵を描くことに対して無理をしなくなったし、自分の心の為にあえて、下手でもいいと思いながら描くようになって。それでまた新たに楽しく描けるようになったし自分の絵が大好きになってそれは本当によかったのだけれど、どこかのタイミングではハングリー精神も取り戻したいのかもしれない。上手くなりたい、凄いものが描きたい、というような気持ち。体力の少なさによって、この気持ちを持つことは出来てもこの気持ちの通りに描けない状態になっている。でもそれを悔しいと思うのは、今の自分自身に向き合っていない時な気がするから、やっぱり何にしても今の自分をちゃんと考えてやること、それできっと②も解決出来ると思う。
やっぱり、②で少し本来の自分から違う歩み方になっているんだと思う。ハングリー精神も心から楽しんで持って描いていけるのが本来という気がする。それでもこうなっているのはもうなっているから向き合うしかなくて。これは純粋に悔しいことだけれどそういう時もある。これを経た先にこれを経たことによって得るものがなくてもいい。
まぁでも今私の中にある物語や出会った好きなものや人達は、割りと本当にこれがなければ出会えなかったかもしれないから、後で良かったと言えるようにはなれるのかもしれない。
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描く体力が少なくなって…、とは言っても今描いているもの、これまで皆さんが観てくださった描いてきたものは本当に心から楽しんで描いてきています。今もずっと本当に楽しいのです。
ただ、大きな作品を描くのが大変になってきてるかも?というのとハングリー精神を持ちながら描くのが難しいな(本当はその気持ちも持ちたい)、体力が少なくなってきていてそうなってる感じだな…ということとその中での歩み方についてを考え事していた文でした。