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「友だちと一緒に、村に来ようと思ったりは、しないの?」
特に深く考えて出た言葉ではなかった。
ただ、「このまえ釣った魚のことを友だちに話したらすごく驚かれたの」とか、「『シオリの実家、映画に出てきそうな感じでいいね』って言われたんだ」とか、そういったことをしぃちゃんは嬉しそうに話していたから。
「うーん、呼んでほしい?」
だから、質問に質問で返されて、僕は言葉に詰まることになった。
呼んでほしくないとは思わない。しぃちゃんの友だちがどんな人なのか全く興味がないわけではないし、村の良さを知ってもらえたら僕も嬉しい。
でも、ここに来るまでの手間とお金や、この資料館以外に宿泊施設がないことをよくよく考えると、便利で華やかな暮らしをしているであろう人たちに、簡単に「来てほしい」とは言えなかった。しぃちゃん以外の人が泊まることなんてほとんどないから、村の人間として、館の人間として、どうしていればいいのか分からない。
それに、僕は愛想が良いわけではなく、喋るのも苦手だから、都会の人たちと対面するのはやや気が引ける。
うんうんと唸って返答できずにいる僕を見て、「いま、管理人さんの顔してるよ」と、しぃちゃんが笑った。
「友だちに村を見てほしい気持ちはあるよ。大事な故郷だから」
でもね、と言いながら、しぃちゃんが僕の肩にもたれかかった。柔らかな熱が伝わる。
「……須賀くんと二人きりの時間が減っちゃうなって」
心臓が、とくん、と鳴った気がした。
たしかに、そういえば、そうだ。しぃちゃんは長期休暇のたびに帰ってきてくれるし、僕もちょっとずつ都会に会いに行けるようになってきたけれど、それでも会える回数は少ない。二人きりでいられる時間が減るのは、とても、困る……………………というか、嫌だ。
僕もこの村のことは嫌いじゃない。いちおう雇われた管理人として、村の振興に繋がるチャンスは大事にするべきだとも思う。けれど、今だけは、僕たちが会える時間が少ない間は、彼女をひとり占めさせてくれないだろうかと、そんなことを考えながら、しぃちゃんの左手にそっと自分の手を重ねた。
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なんだかちょっと大胆なことを言ってしまったなぁと、私は内心照れつつ、胸元のペンダントを見つめた。それは須賀くんが贈ってくれたものだった。
いつか、都会の友人たちに、この故郷と、大切な人たちを紹介できたらと思う。
その「いつか」を迎えるとき、私と須賀くんの関係が今より変化していることを、期待してもいいのだろうか。二人でいられる時間がもっと当たり前になっているような、そんな関係を。
胸元で揺れるこの青い石が、重ねられた左手に光るのを想像した。まだ気が早いかもしれない。そこに至るまでにまた何か起きるかもしれない。でも、今だけは。
淡い夢が彼にばれてしまわないように、そっと胸の奥にしまった。