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    60_chu

    @60_chu

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    60_chu

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    11/23の賢マナで出す予定のものです。前にアップした「The day before dispersal」を含めて一冊にして出します。前回のブラッドリー、ネロの視点に続き、石になった魔法使い達から語っていく話です。あと、架空の植物が出てくるので前回の話を読んでからの方がわかりやすいかも。

    #ブラネロ
    branello

    The day before dispersal 3 俺たちは一つの群れだった。それも天敵に食われないように群れて大きく見せるようなちっぽけな魚ではなく、一匹一匹が獰猛で屈強で狡猾な狼の群れだった。俺たちは生きるために集ったのではなかった。一人の魔法使いに畏怖し屈服し心酔したから、孤独という北の魔法使いの矜持を捨てて一つの群れになった。何百年と生きてきて自分より若い魔法使いに従うことになるとは想像もしなかったが、そんなことさえ些末に思えるほど我らがボスは頭目としての才気に満ち溢れていた。俺たちはボスが向く方向に頭を揃え、ボスが合図すればいくらだって箒を飛ばせた。服従という麻酔の中で俺たちは痛みを忘れながら走り続けていた。
     その麻酔が切れたのはあいつが来てからだった。
     そいつは歳が二十に届くか届かないかぐらいの若い魔法使いだった。盗賊団のどいつかと遣り合っていたところをボスが気に入って拾ったらしい。青痣をつけたままぶすくれた顔はまだ少年の面影が残っている。そいつを俺の前に引き摺ってきたのはネロだった。
    「いろいろ教えてやってくれよ」
    「お前が俺に命令できるようになるとはな」
     ネロは俺より後に仲間になりいつの間にかボスの右腕になっていた。かわいい優秀な弟分みたいなものだ。
    「あんたに殴られたお陰で出世したんだ」
    「言うようになりやがって」
     肩を小突いて笑いあうとネロはボスの元に戻っていった。取り残された魔法使いは瞳の奥に不安を覗かせながら、それでも精一杯の不機嫌さを保とうと長い前髪の向こうからこちらを睨みつけていた。そうやって虚勢を張って自分を守ろうとしているのだ。
    「自己紹介の前にいいこと教えてやるよ」
     俺はそいつの肩を掴んで耳元に口を寄せた。
    「お前をここに連れてきたあのおっかない魔法使いは昔はよくボスに泣かされてた。そのたびに今のお前みたいな面してたよ」
    「本当か?」
    「本当さ。でも、俺に聞いたってのは秘密にしておけ。さ、その痣を治してやるからこっちへ来いよ。お前名前は」
     そいつは中央の国で流行っているらしい当世風の名前を口にした。蚊の鳴くような声で言うものだから何度も聞き直す羽目になった。
    「なんだ、自分の名前が気にいらないのか」
    「……まあな。いい名前なのかもしれないが俺には合わない気がしてるんだ。俺の母さんが中央の国に憧れてて、俺の名前もそのせいさ。でも、俺は中央の国には興味がない。北で生きるのが性に合ってる。だから家を出たんだ」
     北ではよくある話だった。人と魔法使いは一緒には暮らせない。
    「だろうな。じゃあ、俺が新しい名前をつけてやるよ」
    「本当か? なんだか本物の仲間になったみたいだ」
     前髪の奥で瞳を輝かせて嬉しがっている様子は微笑ましかった。あの時のこぼれるような笑みはいつでも思い出せた。
     魔法使いは長い生涯の中でいくつもの名前に出会う。その幾百幾千の名前の中で忘れたくないと思えたのは俺が名付けた名前だけだった。そのことに俺は体から魔力が抜けていくのを感じながら改めて気づいたのだった。ああ、愛しいバック。もう二度と――


     長い夜だった。夜とは言っても、十日も続く白夜のせいで太陽は薄青い空に浮かんだままだった。俺たちは北の国の北端のとある貴族の城に押し入る予定だった。いつものように闇に隠れては動けないが、様々な理由が重なって警備が手薄だという情報があったからだった。大きな月と小さな太陽が並んで輝く様は不気味だ。不吉な予感がしてそしてそれは見事に的中した。
     端的に結論だけ述べるとこうだ。俺たちの目論見は全て外れた。襲撃から数刻後には白い闇の中を潰走していた。盗賊団に恨みを持つ人間と魔法使いが結託して嘘の情報を流したのだった。孤独に生きる魔法使いが盗賊の群れを襲うために人間と手を組むことになるとは皮肉なことだ。
     塒である洞窟に帰れた者もいれば帰れなかった者もいた。石になった者もいたし捕らえられた者もいるだろう。我らがボスはかつては仲間だったマナ石を口に含むと暫し瞑目した。ボス自体も命に別状はないだろうが大きな怪我を負っていた。
     ボスは帰り着いたやつらを一目で見下ろせるよう一箇所に集めた。立ち上がろうとした刹那、体がふらつくがすぐに姿勢を正していつもの不遜な態度に戻った。横にいたネロはその様子を表情を変えることなく見守るだけだった。手を貸せば、ボスの威厳と自尊心を傷つけることになる。それを理解した上でネロは一歩も動かなかったのだった。ボスがいかにしてこの屈辱を晴らすかと檄を飛ばす間もネロは黙って見つめているだけだった。
     バックと名付けた少年は、幾年もの年月を共にするうちに頑健な肉体の青年に育っていた。今回の襲撃でも大した怪我をすることもなく無事に帰りおおせている。ボスがスカウトしただけあって魔法の素質はあったようだ。
    「今回はヒヤヒヤした。あんたが石になったらと思うと、俺……」
     口を噤んでバックは俺をじっと見つめた。変わらず長い前髪の向こうで、白夜の太陽のような檸檬色の瞳が揺れているのがわかった。
    「無事だったんだからよかったじゃねえか。な?」
     肩を組んでそれから軽く抱擁してやる。仲間内でやるような乱暴なやつだ。それでも、バックは愛撫されたかのように頬を染めて微かに頷いた。同じ時間を過ごす内に俺たちは親子であり兄弟であり仲間であり恋人になっていた。俺の中にある全ての情と名付けられるものがこいつの為にあった。そしてそれはバックも同じだった。
    「ボスの様子を見てくるよ。お前は先に寝てな」
     こくりと頷くバックを残して塒の奥に向かう。俺は俺の心からボスがかけた麻酔が切れていくのをはっきりと感じていた。石になることも厭わないような高揚はもうなかった。ボスの為に命を張ることは最早できない。
     赤く燃える篝火のもとにはボスだけでなくネロの姿もあった。敷物の上に座って二人は寛いだ様子で何事かを話し合っていたが、その内にネロの方が切羽詰まった口ぶりで言い募っていた。無茶はするな。石になったらどうする。そんな言葉が漏れ聞こえてくる。しばらく言い争ったあと俯いて黙ってしまったネロに、ボスは凄んだり宥めたりしていたが結局言葉を引き出すのは諦めたのか寝転んでそのまま眠ってしまったようだった。
     出直そうと踵を返そうとしたところで薪がぱちんと爆ぜる音がした。思わず振り返ると、ネロの体がボスに覆いかぶさっていた。反射的に出した魔道具をすぐにしまう。ネロがボスの鼻に自分の鼻を獣が挨拶でするみたいに重ねたからだった。額と額も重なり合う。ネロの鼻先からボスの痛々しい傷跡が残る鼻梁に透明な雫が落ちる。ブラッド。鼾に搔き消されそうになりながらも唇が触れそうな距離でネロが呟くのが聞こえた気がした。
     起き上がったネロの解けた薄青い髪がカーテンのように横顔を覆う。薄暮を映したような瞳が見え隠れした。
     かわいい弟分だったネロは俺の知らないところで痛みに耐えていたのだ。服従という麻酔なしに誰かを愛するやつが戦えるわけがなかった。かわいそうなネロ。よりにもよってその麻酔を与えてくれるはずの男を愛するなんて。このままではどちらかが石になるまで並走し続けるか永遠に盗賊団から離れるしかない。
     洞窟の奥から風が吹く。篝火が揺れてまた薪が爆ぜる。うるさいくらいに燃える木が鳴く中で、ネロの涙だけが静かに静かに顎から流れ落ちていった。ボスの鼾がなければそれは人間の行う葬式にも似た光景だった。
     その光景を眺めながら俺はバックを連れて逃げる決意をした。


     吹雪が塒を覆うある夜、ボスは火の周りに俺たちを集めた。ボス含め他のやつらもまだ傷は癒えきってはおらず、億劫そうに体を引き摺るものもいた。バックと俺はいつものように火を挟んで向かい合わせになるように座った。面子が揃ったのを確認すると、ボスは立ち上がって懐から螺鈿の模様が入った黒い陶器を出した。どよめきが洞窟を走る。絶望に暮れ暗い目をしていたやつらの瞳に瞬間、光が灯る。かく言う俺も自然と両手を拳にして振り上げていた。その香入れの意味がわからないやつは盗賊団にはいない。
    「今夜は練香水を振舞ってやる。あんなことがあったんだ。この夜だけは無礼講だ!」
     歓声がこだまする。雄たけびが反響して空気をぐわんぐわん揺らした。愛してるぜボス!さすがあんただ!ボスを称賛する言葉があちこちから投げかけられた。ボスは香入れを掲げると結界を張るのがうまい数人に顎をしゃくった。すぐに四、五人が吹雪がふきすさぶ洞窟の入口へと走る。あいつらが戻ってきた頃にはこの洞窟は何人たりとも侵入できない堅牢な要塞になっているはずだ。
     ボスは胡坐をかくと、香入れの蓋を開けた。
    「お前からだ」
     ボスが呪文を唱えると最も下っ端のやつの手の中に香入れは移動していた。まだ若いそいつは緊張した面持ちでひと掬いすると、恐る恐るといった調子で練香水を耳の後ろに撫でつけた。塗り終わると深呼吸をして次のやつに香入れを移動させた。それから次々と盗賊団に長くいて腕の立つやつへと順に練香水は渡っていく。
     俺たちにとっての練香水は瀟洒で化粧くさい西の貴婦人が夜会の為につけるコロンのことではない。蜜蠟と香油で作られているのは同じだがもう一つの材料が違う。黒い香入れの中身に練りこめられているのは崩壊星の石を粉末状にしたものだ。人間にとっては煤色をしたただの練香水だろうが、魔法使いにとっては手首の内側や耳の後ろ、うなじに塗ることで気分を酩酊させる薬になる。
     ボスは何らかのハプニングで士気が下がった時や、大きな仕事を成し遂げた後に崩壊星の石の練香水を俺たちに振舞った。気分屋な魔法使いたちのモチベーションを維持させることに関してブラッドリーほど天才的なやつはいないだろう。もちろん、崩壊星の石でラリっている間に塒が襲撃されないように細心の注意を払うことも怠らなかった。
    時間が経って焚火の周りに寝転ぶ魔法使いも増えてきた。籠った空気に香油の甘い香りが濃厚に匂い立つ。炎の向こうではバックがとろんとした瞳でこちらを見つめていた。   裸になって踊るやつ、故郷の歌を歌うやつ、泣きながら魔法で火花を出し続けるやつ、何かに怒って岩壁を殴るやつ、ただ黙って眠りこけるやつ。狼の群れは赤子の集まりになり果てていた。ボスはそれを寂しそうに愉快そうに黙って眺めている。イカれた空気に呑まれそうになっていると俺の手元に香入れが現れた。螺鈿の模様が炎を反射して虹色に輝く。俺は蓋を開けて中身を指の腹につけるふりをすると、そのまま呪文を唱えて香入れを手放した。崩壊星の石による酩酊はそそられるが、我を失った自分が何を口走るかわからない。脱走したいだなんてボスに知れたらラリっていたって殺されるだろう。
     飛んでいった香入れの代わりに焚火の向こうからバックが俺の膝の上に現れた。眠たげな瞳を瞬かせて犬みたいに俺に纏いついてきた。俺も犬にするみたいに首筋を撫でてやる。何百年も遠い昔だが、ガキの頃に犬を飼っていたような記憶がある。混沌とした空間の中で自分ただ一人が正気なのだと思うとなぜだか笑えてくる。自嘲じみた笑みを零すと、意思のある瞳が射るように向けられているのを感じた。


    「具合でも悪いのか?」
     ネロは隣に腰を下ろすと心配そうに声をかけてきた。なんの疑心もない心底俺を気遣う声音だった。
    「ああ、いや。こいつと喧嘩したんだ。練香水を使うと殴っちまいそうでな」
    「あんたがそんなこと気にするタマか? 俺なんか倍は殴られてるよ」
    「ああ、俺も焼きが回ったもんだ」
     赤ん坊みたいに唸るバックを抱えなおす。喧騒は増していくばかりで朝まで止みそうにない。あちこちで火花が弾ける。
    「お前はなんで使ってないんだ」
    「気分だよ。別に深い意味なんてねえさ」
     ネロは肩を竦めて岩壁にもたれかかった。昨日の光景を見る前なら、あるいはバックと出会う前なら俺はその言葉を真に受けただろう。だが、俺にはネロがなぜ崩壊星の石を使わないのか痛いほどに理解できた。ボスに本心を零してしまわないためだ。理性の箍を外して胸の底に隠したはずの自分が出てくるのを恐れている。ネロはいつから練香水を使っていないのだろうか。盗賊団に来た頃は一緒に酔っぱらっていたはずだ。下っ端の時は体をふらつかせながらボスに詰め寄っていたこともあった気がする。なにせ自分も酩酊状態だったから酔っていた頃の記憶は薄い膜に覆われていてうまく思い出せない。
     岩壁に走り回る影や踊る影が陽炎のように映っては消える。誰かの哄笑が響き渡る。それはすぐに怒鳴り声に上書きされて泣き声に掻き消されて陽気な歌がまたさらに重なって――
     思い思いの行動をとる仲間たちをネロはこれまでどんな気持ちで見つめていたのだろう。
    「ネロ」
     ボスが覚束ない足取りでこちらに歩いてくる。屈んで岩壁に手をついて焦点の合っていない瞳でネロを睨みつけた。ネロは動じることなくボスを睨み返す。
    「見ろ」
     ボスはコートやシャツを脱ぎ散かすと傷だらけの上半身を揺れる炎の前に晒した。ネロを窺うと苦笑しながらボスに座るよう促していた。
    「こいつが酔ってるところを見るのは初めてだ。俺がまだ盗賊じゃなかった時も含めてな。脱ぎ癖があるなんざ盗賊団のボスともあろうもんが形無しだな」
    「……ああ、練香水が効いてくるといつもこうでさ」
     慣れた態度からしてネロが練香水を使わなくなったのはここ数年の話ではないのだろう。呂律の回らないボスにネロは逐一相槌を打ってやっている。直接触れているわけではないとはいえ、崩壊星の石の力にあてられて俺もネロも気分は高揚しまどろみ何も考えたくなくなっていた。
     うーと低い声で唸りながらボスは足を投げ出して座るネロに覆いかぶさっていた。昨日とは逆の光景だ。ボスがネロの指を自分の欠けた耳まで誘導する。
    「百年前の晴れた日、石になったやつは三人いた」
    「それで?」
    「俺は生き残った」
    「そうだな。生き残った。それで?」
     ボスは次に胸の傷を指す。
    「これは粉雪が降る夜だった。石になったのは――」
     俺はぞっとした。ボスは自らの副官に今までに受けた傷と石になったやつの話を舌足らずな口調で逐一鮮明に語っていた。ルビーのように赤く輝く瞳は茫洋としているのになぜか逆らえない凄みがあった。ネロは話が終わるたびに小刻みに震えながらも優しい手つきで傷を撫でてやっている。喧騒が遠のいていくのを感じた。俺は腕の中で眠るバックを強く搔き抱いた。
    「これは――」
    「なあ、俺はいつまでこれを続けりゃいいんだよ。いつまで次はあんたかもしれねえって怯えながら抱きしめてやればいい?」
     白夜の日に出来た新しい傷にさしかかった時、ついにネロが押し殺した声で静かに怒った。長い指が傷を抉る。血が包帯に滲んだ。ボスはそれでもネロに構わず腕の中で呟き続ける。ネロにはもう俺たちの姿は見えていなかった。ボスの言葉は懺悔でもない。淡々と事実を述べるだけだ。それが一層、ネロの心を傷つけた。
    「おれは、ぼひだ。ぼひはしなねえ」
     確かに死んだ魔法使いの分だけ傷を蓄えて生き続けるボスは一つの墓碑だった。墓のない魔法使いにとっての拠り所とも言えるだろう。ボスは血塗れのネロの指を鼻の傷へと導いた。垂れた血が唇から顎に伝ってネロの目元を濡らす。赤い雫が涙のように一筋の線を頬に引いた。
    「じゃああんたの墓碑は?」
     その問いには答えずにボスは不敵な笑みを浮かべてどさりとネロの胸に倒れこんだ。


     魔力が失われた体には体温も血もとどめておく力はなかった。寒さと痛みで指一本動かせない。魔法が使えない体がこんなに心許ないとは思わなかった。息をするたびに白い水蒸気が喉から溢れ出る。睫毛が凍っていく。視界が狭まって、どこからかバックの声がした気がした。雪を踏む音が近づいてくる。これは幻聴か?あいつらか?俺がしくじらなければバックだって石にならずに済んだかもしれないのに。
     こうなったら早く死んでしまいたかった。バックのことだけを考えたいのに、これまでの人生が脳裏に浮かんでは消える。まだ家族と住んでいたガキの頃。魔法使いとして独りで生きていこうと村を出た朝。ブラッドリーに従うことを決めた夜。そういえば飼っていた犬はどうしたっけ。ああ、そうだった。一緒に森に散歩へ行って、目を離した隙に狼に襲われて死んじまったんだった。なんて愚かなんだろう。
     雪を踏む音がどんどん近づいて、見慣れた傷のある顔が俺を見下ろしていた。その表情は崩壊星の石で酔った部下たちを見つめていた時の表情に似ていた。俺が石になったとしてもネロに語るのだろうか。俺たちの、俺とバックの墓碑になってくれるのだろうか。
    「ボス、命乞いはしない。弁明もない。殺してくれ」
     肺から空気を絞り出すようにしてやっと言葉を紡ぐ。掠れた声が通じたかはわからない。ボスは黙って銃口で俺の懐をまさぐった。俺たちが盗んだものは紫色の石がついた揃いの指輪だった。どこかの貴族が所蔵していた魔法のかかった婚約指輪だ。石自体に大した価値はないが、嵌める人物の指の太さに合わせてリングの大きさが変わるのが珍しいとして一時期人間の間でもてはやされたらしい。人間なら女だけが婚約指輪をつけるが魔法使いは気分で性別を変えるやつも多いので両方がつけることがほとんどだ。そういう慣習を気にするやつはだが。俺たちにとってそんな慣習はどうでもよかったので、国境を越えたら女に変身して旅の途中で路銀に困ったふりをして売っぱらう算段を立てていた。この指輪にしたのは打撃が少ないだろうと考えてのことだった。裏切るとしても俺たちは仲間を傷つけたくなかった。それでも今になって思う。一度ぐらい指輪を嵌めておけばよかった。
     霞んでいく視界でなんとかボスを追いかける。金属の無機質な冷たさを額に感じた。これで死ねる。
    「あんた、約束したんだな」
     ボスの動きが止まる。ここからではネロの表情は見えない。
    「あんたとあいつは約束するくらい――」
     ネロの言葉に反射的に体を起こそうとしたが上手くいかなかった。雪の上で四肢がもがいただけだった。
    「知ってて殺したのか!」
    「どうして抜けようと思ったんだ。ここにいれば一緒にいられるじゃないか」
     ネロはきっと篝火の下にいた時と同じ顔をしているはずだ。俺はお前みたいに耐えられないからだと伝えてやりたかった。俺の最期は傍から見れば惨めかもしれないが、魔力を喪ったことも二人で暮らそうとしたことも何一つ後悔はしていない。ネロ。お前はなんて可哀想な魔法使いなんだろう。愛するやつと同じ場所に立っているのに隣の男はいつも遠くを見ている。願わくば同じ火を見つめながらこいつらが語り合える日が来ますように。
    「怖かったんだ。いつ石になるかわからない中で暮らすのは。二人で中央の国の市場で屋台でもやろうと話してた。馬鹿みたいかもしれねえがあいつが傷つくのをみたくなかった。きっとあいつもそう思ってたさ」
     火の向こうにいるバックは目が合うといつもはにかんだ。その微笑みを覚えているのは俺だけだ。もう最後の魔力が体から抜け落ちようとしている。額から火が弾ける音がした。
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    60_chu

    DONEブラッドリーが産まれて育つ話ですがほとんどモブが話してる架空の話なので架空の話が大丈夫な人は読んでください。
    ベイン夫人が言うことには 幌越しに風の音を聞きながら今夜も降り続ける雪のことを思った。馬橇は止まることなく故郷から遠ざかる為に走っていく。どこまでも白い景色の中で私たちは揺られ続けていた。自分でどれだけ息を吹きかけても指先は暖かくならない。私たちは互いに手を擦り合ってここより暖かいであろう目的地のことを話した。誰かが歌おうと声をあげた時、体が浮き上がる感覚がして私たちは宙に放り出された。浮いている時間は一瞬だったはずだけれど空にある大きな白い月が触れそうなほどはっきり見えた。天使みたいに私たちは空を飛んで、そして呻き声をあげたのは私だけだった。
     轟音と断末魔が落下していく。馬橇がクレバスを越えられなかったのだろう。獣みたいな唸り声が自分から出たことが信じられなかった。痛みのせいで流れた涙が、すぐに凍って瞼を閉ざしてしまう。体は動かない。肌の上で融ける雪を感じながら私は自分たちの村を守護してくれていた魔法使いに祈った。それしか祈る相手を知らなかった。私は私を馬橇に乗せた人を憎もうとしてでもできなくてまた泣いた。
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    60_chu

    DONE11/23の賢マナで出す予定のものです。前にアップした「The day before dispersal」を含めて一冊にして出します。前回のブラッドリー視点に続き、ネロ、石になった魔法使い達、賢者の視点から語っていく話です。加筆修正はたぶんめっちゃする。あと、架空の植物が出てくるので前回の話を読んでからの方がわかりやすいかも。
    The day before dispersal 2 オーロラ色の小さな欠片は飲みこむ前に口の中でひとりでに融けていった。ブラッドが撃ち落としたもう一人のマナ石はおそらく吹雪に埋もれてしまった。短い春が来るまで雪の下で眠ることになるだろう。それか誰かに掘り起こされて食われるかだ。
     ブラッドが、とどめを刺した魔法使いの荷物を確認している間に俺は白樺の樹でテントを作ることにした。ここまで吹雪が激しいなら帰ることは難しい。追跡するうちに風に流された影響もあってか位置も掴みづらい。
    「《アドノディス・オムニス》」
     幹が太くて頑丈そうな一本の白樺に狙いを定めて呪文を唱える。落ちたのが白樺の林でよかった。白樺は一晩中、魔法で雪を掃うわけにもいかないような夜に雪から身を守るためのテントになってくれる。選んだ樹の周囲に生えていた樹々が、めりめりと轟音を立ててしなりながら円錐形になるように中心の樹に絡みついていく。吹雪がやまない夜は時折この音がどこかから聞こえてくる。北の国の魔法使いは葉の代わりに雪を茂らせた白樺の中に籠ってどこにも行けない夜を遣り過ごす。
    6383

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    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523

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