ふたりのはじまり グラスへ伸ばした手が、向かいに座る彼の指に触れる。瞬きの間ほどのぬくもりに、びくり、と大きく揺れて慌てたように離れていった。
「す、すみませんっ」
「いいえ、此方こそ。危うく間違えるところでした」
隣り合って並ぶグラスを、取り違えそうになったのは本当だ。ただ、偶然の触れ合いが生み出した彼の反応は、随分と予想外のものだった。直前まであった些細な沈黙。それは、捲し立てる彼の喋りに打ち消されてしまっている。
-――本当に、見ていて飽きないな。
それでは、胸の内に秘める何かがあると言っているのと同意だ。経験値が足りないのは明らか。だが、そんな打算のない青い純粋を、テメノスは好ましく思っている。
「――で、その時にオルトが……?」
場に紛れ込んだ甘さ。追い出そうと必死だった彼が、言葉を切る。手招きをするテメノスの仕草に、気付いたのだろう。青をパチパチと瞬かせる、あどけない仕草に笑みを零し、テメノスは自分の隣をポンポンと軽く叩いた。
「テメノスさん……?」
「クリック君、こっち来ます?」
「…………。ええ‼ ど、どうしてです?」
「近くで君を見てみたいから」
テーブルを挟んだ正面。それと、隔てるもののない距離で見せる違いを確かめたかった。一瞬の内に隠した想いの切れ端を、暴けてしまうのではという期待もある。とはいえ、この店はそれほど広くはない。三十人も入れば一杯となる場所なのだ。そこの四人掛けで男二人が隣り合っていては、悪目立ちしかねなかった。
『からかわないでください‼』
だから、そんな言葉で一蹴されると思っていた。ところが予想は見事に外れたらしく、クリックは無言で席より立ち上がり、隣に移動してくる。
「し、失礼します……」
断りを入れる顔は、林檎顔負けの色である。ひしひしと伝わってくる燃える想いに、心より溢れ出してくるのはとろけるような気持ち。
熱っぽい眼差しに胸が高鳴る。それは、今はまだ上手くかたちにできそうもない感情の発露。しかし、それを飛び越えた時、自分たちはどうなっていくのか? 少しだけ緩んでしまった頬を、テメノスは手の平で覆い隠す。指を少し動かして自分でない指の先と絡めたら、大きな肩に力が入った。