ゆめ「この間、夢を見たんだ」
胸元に頭を押し付けながら萩原がぽつりと口にした。俺とは違って指通りのいい髪を手櫛で梳かし続きを促せば、回されている腕に力が少し込められた。
「覚えてるか? 二年前の、十一月七日…」
「あぁ、忘れらんねえよ」
「そっか。…その日の夢でさ。夢のなかの俺、吹き飛ばされちまうんだよね」
いやに凪いだ声でそう言うものだから、こいつがどこか遠くへ行ってしまうような気がして、つい、強く抱き締め返した。鼻腔をくすぐるシャンプーの匂いや腕に閉じ込めたぬくもりにざわめいた心を落ち着かせていると、苦しかったのか、背中を軽く叩かれる。仕方なく腕を緩めてやれば代わりに足が絡められた。
「…防護服、着てなかったのか」
「要求呑んでタイマー止まったときに脱いだっきり。まあ、着ててもちょっとアレはアウトだった気もするけどな」
あの日を境にこいつのわずかに緩んでいた気は引き締まった。
当時俺らは即戦力で、いつしか萩原は止まっているとはいえ解体前の爆弾に対しての認識が少し甘くなっていた。ミスをするような奴ではないと周りも認めるほどの実力があるものだから先輩たちもあまり口を出さず、俺が言おうともあの当時はどこ吹く風で、そのままあの時を迎えてしまったのが夢のなかの萩原なのだろう。あり得た未来だったと語るこいつは一体どんな顔をしているのだろうか。
あの日住人が避難中、ひとりの住人の手助けもあり、萩原のところにいた隊員――なんでもあの現場が初めてで、緊張しすぎて腹を下していたそうだ――が持ち直したらしい。そんな姿を見せられて何も思わないこいつではない。結果として防護服を着直すロスはあったが、そんなものアクセルを踏みなおしたこいつにとっては些細なもの。タイマーは夢のなかと同じく息を吹き返してしまったものの解体の方が早く済み、無事に幕を下ろした。加えて夢ではもうひとつ現実と違っていたことがあったらしい。こいつに、俺が電話をかけていたという。
「途中で夢だって気付いたから俺が吹っ飛ぶのはまあ耐えられたんだけど、周りの隊員の安否とか、特にお前のこととかはちょっとな。仇をとってくれ、なーんて言っちまったあとで最期まで聞かせちまったんだ。あの後のお前が心配だよ」
たぶん、俺だったら仇討ちに命を燃やしてしまうだろうな。おそらく萩原もそれを予想しているのだろう。だがその夢の話を聞いて最近のいやに甘えたな姿に納得がいった。ヤってる最中もいつにも増して求めてきやがるとは思っていたが、なるほど、そういうことならば話ははやい。一度思いきり抱き寄せてその生まれた隙に押し倒せば、情けない表情をした萩原とぱちりと視線が交わる。
「まつだ…?」
「なあ萩、お前は俺をひとりにはしねえだろ?」
するりと頬を撫で、くすぐったそうに声をもらす萩原に再び「なあ」と返事を促す。指先で耳輪から耳たぶにかけてなぞると薄く口が開かれた。
「し、ないよ…っ、するもんか」
「だよな。ならいいじゃねえか。あり得たかもしれねえつったって、そいつはもう過去のことだろ? 萩はもう俺から離れらんねぇんだから。…夢のなかのお前の後悔まで背負うこたねえ、目の前にいる俺と幸せになることだけ考えてろよ」
「っ~~!―…ああ、もう。敵わねえな陣平ちゃんには。なんなの、おまえ。ずりぃよ。さっきまであんだけ可愛く蕩けてたのに」
「どっちも好きなくせによく言うぜ」
伝えてないだけでお前も大概ずるいぞなんて、シャワーを浴びようとも未だに色濃く残る痕を眺めて笑いをこぼす。挿れようとも受け入れようとも色気を撒き散らすこいつにずぶずぶにハマっているのは俺の方だ。恋人になってからまだ半年ではあるものの、精神的にも肉体的にも最早抜けられないところまできているのだ。元々好みの顔で、気の置けない親友で、身体の相性までばっちりとくればそれもまあ必然だろう。誰が手放してやるものか。
そのまま喰らいたい気分ではあったものの、明日は久しぶりに萩原とドライブする予定だ。機動隊で互いに体力があるとはいえ、これ以上は流石に止まれなくなってしまい気付けば朝…なんてことになりかねない。最後に一度唇を奪い横へと寝転がれば、葛藤は筒抜けなようで〝いいこ〟とでも言わんばかりに頭を撫でられた。
向き合って、抱き合って。ああ、夢が現実にならなくて本当によかった――伝わる心音にそう心のなかで独り言つ。ぽつりぽつりと幾度と言葉を交わし明日へ思いを馳せながら、穏やかな声を子守唄にそっと瞼を閉じた。