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    ふじたに

    @oniku_maturi

    笹さに♂

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    ふじたに

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    猫と怪物 1の裏 笹さに♂

    猫と怪物 1の裏 本丸に顕現した時、俺の前には三人いた。紫で金ピカのやつと、布被ったやつと、もうひとり。ほっそりした体に桔梗鼠の着物を纏って、すっきりしたきれいな顔に不思議な目の色をした、泣きぼくろのある青年。その青年だけが人間で、だからその人が自分の主なんだとわかった。
     審神者だ近侍だと挨拶されて、布だけ残された。布は「粗相があったら済まない、俺が写しなばかりに」と断って、だだっ広い本丸を案内してくれた。厠、厨、厩、畑、鍛錬場、浴場、掃除用具置き場。庭の奥の木苺がなるところ。主が猫と仲良くするところ。主には近づきすぎないように、触らないように。主自身に関する質問はだめ。
     他にも名前の書いてある食べ物には手を出さないとか、冷蔵庫には使っていいもののスペースがあるとか、夜食はなにがオススメだ、とか。
     あんなことを言われたから、主は厳しいやつなんだと思っていたが、見かけるとそっと近寄ってきてオレに大事ないかと聞く柔和な声は、とてもそうは思えなかった。
     長話はせずにすっと静かに立ち去る。これが主の間合いなんだな、と思って真似してみる。近づきすぎないで、話しかけて、すぐに去る。不意に触ると体を固くするが、すぐに離せば咎めない。
     猫を見てみたくて、主がそこに行くのを待って近寄ってみた。猫は警戒心が強くて、あまり近寄れなかったけど、逃げはしなかった。多分主がいるからだろう。
     それからしばらくその距離感で暮らした。
     出陣できるようになったら忙しくなって、主の姿を見かけなくなった。内番のときに現れるらしいとか、演練に付き添ってくれることがあるとか聞いたけど、そんなこともなかった。
     内番はあんまりだった。馬には逃げられて、相方の男士に免除申請の仕方を教わった。畑仕事と言われて皮肉を言ったら、「主はそういうの本気にするから、やめたほうがいい」と言われた。手合わせは、まあ普通に楽しい。
     掃除は多い。日常の掃除に加えて、あやかしのものがつけた汚れがある。そういうのは石切丸がお祓いした布で拭く。
     洗濯は、身内で固まっているものは当番制のようだが、自分は一人なので適当にする。週に一、二回。
     厨番はひたすらに野菜の皮むきをして刻む。
     昼御飯のときに猫を見に行ったけれど、主はいなくて、猫はオレを見るとどこかへ駆けていってしまった。
     寝ずの番が回ってきて、初日だからと山伏国広がいっしょに回ってくれた。怪異は切り伏せろ、会話はするな、と忠告をもらって、広い本丸の周りを歩く。気配から多いのはわかっていたが、現実にはもっと多い。藪の中に、縁の下に、どす黒い瘴気の渦ができている。こちらに向かってくるものは容赦なく切り捨てた。けれど、真っ二つにすると分かれてどこかへ飛んでいってしまう。片方は近くの渦に飲み込まれるのを見た。山伏を見ると、そちらでは無事消えている。
    「消せるのは、拙僧とにっかり青江、石切丸、数珠丸だけだ。今のところ。消せなくとも散らせばしばらく向かってこなくなる」
     確かに通ってきた道には姿がない。諦めて、切り開きながら進む。これはなかなか気力も体力もいる仕事だった。
     遠くに猫の姿が見える。猫は怪異とじゃれているように見えた。だが、少し近づくと、そうではないことがわかった。猫は怪異を食べているのだ。
    「こいつらは、なにがしたいの?」
    「さて、な。もともとあやかしものがいる物件だと聞いたが、その後も新たに湧き続けて、初期刀の蜂須賀にももう見分けがつかないらしい。整合性のある動きは見られないし、場所なのか、人なのか。蜂須賀が言うには主を出しっぱなしにしておくと、主を狙うらしい。夜は結界に入っていただくことにして、落ち着いたそうだ。今のところはただ湧いているだけだな」
    「さっき名前が出た人たちで全部消せないの?」
    「試みたことはあるのだが、消えるのは一時的で、また湧いてしまった。一時的にでも完全に消すと、全員しばらく使い物にならなくなる。それでは今度はいざという時の対処ができんということで、今はこうして毎日少しずつ散らしているだけだな」
     先程の場所を見ると、猫はもういなくなっていた。
     山伏とつかず離れず、どす黒い影を散らしてまわり、もう一人の寝ずの番であった太郎太刀と、他の異常がないことを確認しているうちに日が昇ってきた。
     その日、昼過ぎに起きると、蜂須賀虎徹から主の側仕えになってみる気があるかどうか、打診された。一も二もなく引き受けた。涼やかな顔に、不思議な色の瞳。左目の下の泣きぼくろ。かなり近くでしかわからないけれど、香とは違う、かすかな匂い。急に近づくと細い体を強張らせて、脆い透明な盾で必死に身を守る弱い生き物みたいなのに、ゆっくり穏やかに話す声。もっと近くで感じてみたかった。
     それからは、蜂須賀に必要と言われた練度まで上げるべく努力した。蜂須賀の方でも、優先的に練度が上がるような出陣などを、融通してくれているようだった。
     近侍にしてもらえたのは、冬になってからだった。
     丁寧に挨拶されて、でも名前は教えてもらえなかった。そういうものらしい。初期刀なら知っているのだろうか。
     執務室の仕事は、退屈そうだけれどわからないというほどでもなかった。でも主のそばにはいられなかったし、話しかけられなかった。
     猫は、以前主といたときと同じに、オレがいても逃げなかった。主とオレが動きを止めると、餌にまっしぐらに向かっていった。食べ終わると主の足下にまとわりついて、おでこから背中にかけてたくさん撫でてもらってた。オレは近づいても触ってもダメなのに、なんだかズルいな、と思った。一匹は主の膝にあがり、抱き込まれるみたいに撫でられていたが、もう一匹は主の足下に侍ったまま、ずっとオレを警戒していた。
     もっと声が聞きたくて、だいじょうぶそうなタイミングを見計らってたくさん質問する。他の刀がいないときに。凛として背筋が伸びた静かな佇まいに話しかけにくい空気はあるが、気にせず話しかける。質問すると答えてくれるけれれど、主から話を繋いでくれることはない。山姥切国広に言われたことを忘れたわけじゃないけれど、少しずつ踏み込んでみる。どこまでいいのか、どこからがダメなのか。答え方に険が含まれてきて、そろそろダメかな、というところでもう一歩踏み込んでみたら、オレは何にも知らないから仕方ないみたいな認定された。これはもしかしてあとで山姥切国広が怒られるんだろうか。でも、知らないから答えたくないことでも答えてくれるっていう意味に取れば、この近侍の間はいろんなこと聞けるかな。ため息つかれたけど。
     蜂須賀の予想通り、主はオレを撒きにかかったけど、ちゃんとついていった。主は悪さをするために、近侍を置いていこうとすることがあるらしい。どんな悪さなのかは聞けなかった。ついていった結果わかったのは、主は煙草を吸うことと、主からするかすかな匂いは煙草の匂いだったこと。あとオレも煙草が嫌いじゃないみたいってこと。
     主の先に食べてていいよ、は優しさじゃないのかもしれないと思いつつも、夕食は誘ったらいっしょに食べてくれるみたいだ。予定と違う行動を取るのは好きじゃないと思っていたので、これはうれしい。蜂須賀が睨んでいたけれど。
     主は猫にはたくさん触る。冷え冷えとした顔で会話を拒むくせに、猫を撫でている時はほんの少しやわらかな顔になる。あの顔で撫でられてみたい。夜の庭は怪異の気配がする。あまり長居させられないと思っていると、主も心得ているのか昼よりもあっさりと切り上げていた。
     脱衣所で裸を見た。色が透き通るように白くて、思ったとおり痩せている。並んで髪と体を洗って、湯船へ。考え事をしていると何回も同じところを洗ったりするので気をつけろと言われていたが、今日はだいじょうぶだった。そういえば外から帰ってきたときの手洗いは、少し長かったな。主は鈍いからのぼせても自分ではわからないし、そのまま寝て沈んでいってしまうので、適度に声掛けをしろと言われていたが、涼しい顔のままで湯船を堪能しているのでまだだいじょうぶだろうと息をつく。蜂須賀の話を聞いていると、主はサボり魔で悪さをして自分に無頓着ででも潔癖で面倒くさがりで鈍いらしい。イメージとかなり違う。そんなでも、潔癖だからなのか風呂に入るのは好きなんだな、と思って顔を見たら、さっきと同じ表情だけど顔が赤らんでいる。
     声をかけると立ち上がったが、そのまま倒れていく手首を必死で掴んだ。掴んだ瞬間、細すぎて折ってしまいそうでこわかった。
     引き寄せて、腕の中に閉じ込めてやっと安心した。主は痩せているだけじゃなくて骨格も華奢で、抱き寄せていると少し変な気持ちになる。距離を詰めすぎたときと同じに主が一歩下がったので、心配しながらも手を放した。
     主を介抱しながら、その顔が赤いのがオレのせいならいいのにと思った。
     めげずに思い切って提案したら接触を許された。滑らかな体をタオルで拭き、立たせて着物を着せる。部屋まで抱っこはさせてくれなかったが、近侍は主の髪を乾かすらしい。主に拒まれてもちゃんと乾かす、が上司の命令なので逆らえない。乾かしていくと、主の髪はすごく細くて、さらさらしてる。あと黒髪だと思ってたけど、色の薄い髪が混ざっている。
     主に話しかけても素っ気なかったけれど、少しわかってきた。主は本当に主自身の話に興味がなくて、それ以外だと真面目に答えてくれる。今日の興味がオレのことでうれしかった。
     ブラシを終えて、離れ際に指で髪を梳いたが、身を固くしたけれど怒りはしなかった。
     その部屋で、少し休んだ。ここは主が支度するための部屋って聞いたけど、なんか大きいクッションがあって、主はそこに沈んでた。
     主が回復するまで、オレは静かにしていた。
     夕餉は別々のものが出てきた。主は手で食べられるように紙包みのハンバーガー、ピクルス、ピックのついた温野菜。トレイにはお絞りも乗ってる。いつもは一人で部屋で食べていることを見せつけられて、オレは少し拗ねた。けれど、甘えた声で明日の約束を取りつけようとしたら、絶対にだめだとは言われなかった。忙しくなければ、という意味に取れたので、上機嫌になって明日また聞くことを約束した。
     主が部屋に入るとき、部屋の中がちらっと見えた。壁も床も夥しい本の量だった。
     主を扉の向こうへ送り出して、執務室に行くと蜂須賀がなにか仕事をしていた。蜂須賀に報告を、今日一日のことと、風呂場でのことを報告すると、一回目はそういうものだ、と言ってそれ以上咎められなかった。手首に痣をつけたことと、触らないと言ったのに身体を拭いたことについては、溺れなかったのだから手首は折っていなければいい、身体を拭いたのは見所がある、と評価された。果たして二人だけだった頃に風呂場でいったい何があったのだろうか。明日の約束をして、オレは自分の部屋に帰った。
     布団の中で、腕に抱いた主の濡れた華奢な身体を思い出して気持ちが昂ぶったが、簡単にすっきりしてしまいたくなくて、慰めずに目を閉じた。

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    ふじたに

    PROGRESS猫と怪物 8の表 笹さに♂
    猫と怪物 8の表 笹貫に直に会って触れてみた効果はすごくて、読書も仕事も捗った。会わないと決めたのは自分だし、もう怪我なんてしてほしくないから、またしばらくは会えないほうがいい。そう頭では理解しているのに、彼がすぐそばにいた日のことを何度も思い返してしまう。
     研修のものがいないときは、基本的に蜂須賀が近侍を兼ねている。とはいえ蜂須賀は忙しいので、簡易版と言うべきだろうか。起こしてもらって、朝の支度はひとりでして、戻ると食事があるのでそれを食べ、器を厨に返してから執務室へ行く。猫のところはいっしょに行ってくれて、昼食は自室で取り、東屋へは執務室の誰かがついてきてくれる。蜂須賀に余裕があるときは内番を見に行ったり、私の仕事に余裕があるときは誰かを護衛に立てて演練へ。いっしょに猫に行って風呂に入ったら、部屋に食事を運んでくれて終わり。簡略化しても蜂須賀は残業をしている気配なので、私としてはもっとひとりでもいいと思っているのだが、本丸初期の本当に手が足りていないときに、私が不意に湧いたあやかしと遭遇してしまって以来、蜂須賀は常についていられる近侍に向いているものを見つけるのに熱心だ。
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