未知の季節が運ぶ風「これもピンボケ、こっちもダメ」
いくつかの写真をテーブルへ広げ、チサトは落胆した声をあげた。
彼女が撮影を試みたのは例の隕石――場所が悪かったのか、撮影の準備をする暇がなかったからか、機材の問題なのか、本人の技術が足りないのか、あるいはその全てが原因なのか。どれもこれもぼんやりとした暗闇が残るだけで、肝心の流れ星は撮れていない。
「カメラがあるのはありがたいけど、やっぱり勝手が違うわね」
エクスペルへ降り立って数ヶ月。彼女は逞しく、忙しなく新生活を謳歌している。
リンガでは学者や技術者とコネを作り、ラクールでは出版業界とコネを作り、ギルドにも顔を出した。その傍らには常にディアスの姿があった。
青い長髪の大男と赤いショートヘアの女性という対照的な出で立ちは、本人たちにその気がなくともよく目立つ。
ぶっきらぼうで近寄りがたい雰囲気を放つディアスに対し、チサトはどこまでも明るく、時折知性を感じさせる物言いで接する。怯えも遠慮も嫌悪もなく、ふたりはただ対等だった。
「やっぱり直接見に行くしかないかしら。ねえディアス?」
背後の寝台で横になっている相棒へ声を掛ける。町中に用事がない時、ディアスは寝ていることが多い。
今日の彼は身体とベッドのサイズが絶妙に合わなくて、背中を丸めなければ足がはみ出してしまうらしい。でかい男がもぞもぞと寝返りを打つ姿が妙に微笑ましくて、チサトは笑いを堪えている。
「興味ない」
「そう?残念。いい加減クロス大陸へ渡ってもいい時期だと思うけどなぁ。もうすぐ春だし」
「季節は関係ないだろう」
「あるわよ。春は出会いと別れの季節なんだから」
立ち上がったチサトが窓を開ける。ふわりと舞い込んだ風が前髪を揺らした。異郷の空気は淀みなくどこまでも澄んでいて、密かに甘い香りがする。生まれ故郷の田舎を思い出し、あやうく感傷しかけた瞬間――くしゅん。くしゃみが聞こえた。
「あら、寒かった?ごめんなさい」
慌てて振り返ると、ディアスは身体を起こしていた。顔をしかめている。眠い時や空腹時によくする表情だった。
「違うが、閉めてくれ」
花粉症なんだ、と忌々しげに呟く剣豪。
意外すぎる弱点の発覚に、チサトは声を上げて笑った。