流れる者と留まる者海灯祭が、もうすぐ終わる。
花火も打ち上げ終わり、璃月の民は各々この日の終わりを大切な人と過ごしている。
空は天衡山にいた。いつも彼の傍らにいるはずのパイモンはつい先ほど香菱に呼ばれ、今日あまり売れなかったスライム料理の消化を手伝っている。
空は一人で、遠くに飛んでいく多くの霄灯を眺めていた。
(空はどこだ?)
魈は空を探していた。
もうすぐ海灯祭が終わる。例年通りなら祭になど参加せず、妖魔退治に勤しんでいただろう。
しかし今年は違った。異郷の旅人、空が、魈を海灯祭に誘った。
空達と共に食卓を囲み、花火が見える時間になると空は魈の手を引き、
「早く早く!いいとこがあるんだ!」
と天衡山まで連れていった。魈は今年、空とパイモンと、花火をゆっくりと眺めた。
(たまにはこんな日も悪くない…)
魈はとめどなく打ち上がる花火を片目に、自然と口角が持ち上がった。
それから空と別れ、少しの間妖魔退治に出ていた。最近は空が、ついでだから、と言って討伐を手伝っているため、今夜はいつもより比較的魔物の数が少なかった。
(あいつのおかげだな。)
そう思った後、魈は今日、空の世話になりっぱなしだということに気付いた。
(礼は言っておいたほうがいいだろう。)
そう思い立ち、魈は空を探しているのだが璃月港のどこを探しても見あたらなかった。
(璃月港にはいないのか…?)
魈がそんなことを考えていると、万民堂から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「う…美味しいけど…オイラもう限界だぞ…」
「えーっ!どうしよう、早めに食べないと腐っちゃうかも~!」
「いや、冬だし大丈夫だと思うけど…」
「わかんない、スライム使ってるからなあ。」
「もったいないぞぉ…でももう満腹…」
「何をしている?」
魈は風のように万民堂に入店した。
「わあっ、魈!」
「ひゃあっ、降魔大聖!」
パイモンと香菱は同時に叫ぶ。魈は少し眉をひそめたが、パイモンに向き質問する。
「お前、空がどこにいるか知らないか?」
「えっ、空か?璃月港にいないのか?」
「ああ。」
「う~ん…それならオイラもわかんないぞ…」
そうか、と魈が考え込んでいると
「あっ」
と、突然香菱が声をあげる。魈は香菱の方を向き、
「何か知っているのか?」
と尋ねる。
「あのね、パイモンを貸し出してくれた後に確か…天衡山の方に歩いていったのを見たよ!」
「そうか。情報提供感謝する。」
そう言うと魈は現れた時と同じように、風のごとく去っていった。
「空に何か用事でもあるのかな?」
パイモンは自身の満腹になったお腹をさすりながら、さっきまで魈がいた場所を見つめ言う。
「さあ…でもかなり急いでたよね。」
香菱はそう言いながら残った料理をパイモンの目の前に出した。
「少し時間が空いたからまた食べられるよね!パイモン!」
「ええ……オイラもう無理…。あ、でも一口だけ…」
二人は魈が訪ねてきたことも忘れ、またスライム料理を食べ始めた。
(天衡山?なぜまたあそこに…)
魈は天衡山に向かって走りながら考える。海灯祭の終わりは大切な人と璃月港ですごすのが一般的だと聞く。パイモンを万民堂に貸し出しているといえど、わざわざ空がどこかへ行く理由は無いだろう。花火を見るわけでもないのに、よりによって天衡山のような人気のない町外れに。
そんなことを考えているとすぐに天衡山に着いた。魈は空を探し視線を巡らせる。空は容易に見つけることが可能な場所、天衡山の山頂に居た。魈は早速空のところまで駆けていく。
…しかし。声をかけようとした魈の口が止まった。
空の、金色に輝く瞳が揺れている。端から雫を溢し、頬を濡らしている。
(…泣いているのか?)
空は、頭上に広がる藍色を眺めていた。先程まで淡い光を放つ霄灯が無数に浮かんでいたが、今それらはどこにも見当たらず、ひたすら果てのない闇が広がっている。しかし空だけが淡く輝いている…そんな気がする。不思議な元素力のせいだろうか、そんなことを一瞬考えたが、魈は首をふる。空が泣いている、その事実がある中その様なことを悠長に考察する暇はない。
「空、何故またここにいる?」
魈に気付いた空は、はっとして目元を拭う。
「…泣いていたのだろう?」
魈が聞くと空は、なんだばれてたのか、と呟く。
「どうしてここにいるって分かったの?」
「香菱から聞いた。」
「そう…香菱から…」
魈は空の隣に腰掛ける。空は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに魈を受け入れた。
「泣いてるの見られたの、恥ずかしいな…」
空は少し頬を赤く染め、魈から目をそらす。
「お前、何故泣いていたのだ?」
魈は率直に意見を投げつける。と同時に、今度は魈が驚いた。
―空が…今まで見たことの無いような、とても悲しい顔をしていたから。―
「空…?」
魈の心が締め付けられる、そんな感覚がした。ぎゅうっと握られ、呼吸が苦しくなる感覚だ。
「ごめん魈。俺、俺は…」
空の瞳にまた涙が満ちていく。今度はその涙は何にも干渉されず、無防備に空の頬を伝った。
「っ、どうした空…すまない、我の質問が悪かったのか、」
「い、や…」
空は今にも崩れそうに見えた。哀しみの色に染まっている。
「何故そう悲しむのだ…。今日お前はあんなにも、」
そこで魈は言葉を切った。
あんなにも…?
もしかすると空は、今日一日無理をしていたのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
「っ…」
魈は言葉を紡げなくなってしまった。
「ごめんね、魈、魈のせいじゃ、ないんだ。」
空は魈に視線を向ける。
「なんで泣いてるか、だったか、」
「空、無理して話す必要はない。我の戯言として流してもよい。」
「大丈夫だよ、落ち着いたし…」
そんなことを言いながらも、空の頬には涙の刻印が残っていた。
「俺、今日すごく楽しかったんだ。璃月の友達にたくさん会えて、1番嬉しかったのはさ、魈と一緒に食事して花火見て、いつもは忙しい魈が今日はずっと俺の隣にいたことだよ。」
それなら何故、魈はそう言いかけその言葉を飲み込んだ。今それは愚問だ、そう感じたからだ。
「でも俺、思ったんだ。」
空は一つ深呼吸をする。どことなく、呼吸が震えているような気がした。
「祭りが終わって、皆自分達の家に帰った。大切な人と一緒に。…感じたんだ。なんていうのかな、めんどくさい奴だって自分でも思ってるんだけど、」
「俺はやっぱり部外者だ」
「どれだけ仲を深めても、俺は『異郷の旅人』だ。」
「パイモンは俺と旅を続けてくれる、けど、」
空はそこで話し終えた。いや、そんな風に感じた。最後に空は、
「自分がわかんない…」
そう呟いてはいなかったか。仙人の耳には十分聞こえていた。
「お前の言いたいことは大方理解できた。」
魈はそう言うと、少し躊躇いがちに空の頬に手を添える。
「お前は確かに『異郷の旅人』だ。だがそれがどう関係する。我は一度もその様なことを感じたことは無い。恐らくテイワットの誰もがそうだ。」
魈の手に力がこもる。
「いいか、よく聞け。お前が異郷から来ようとテイワット生まれだろうとどこの出身だろうと、我はお前のことを大切に思っている。なぜ空を探していたかだって、お前に礼を言うためだ。お前のおかげで、我は璃月の民と交流することができたのだ。」
我の感じる疎外感を取り払ってくれたのはお前だ。
「弱音を吐くな。お前はお前らしく在れ。疎外感など感じさせるものか。我がいる。我を呼べ。」
ほとんど懇願に近いそれは、空の胸の中にすとんと落ちた。
「魈…」
「海灯祭はこれからと言っても過言ではない。お前が望むならいくらでも相手をする。」
それに、と魈は続ける。
「パイモンはまだ料理を食べていたぞ。」
「あ、まだスライム料理あるんだ。パイモンに任せてよかった…」
「その様なおぞましい物だったのか…」
「ははっ」
魈の声が柔らかくなる。
「…お前はお前が思うより強い。」
「?、何か言った?」
「いや、」
魈はそう言い空の涙の跡を舐めとる。空はくすぐったい、とは言ったが拒絶はしなかった。
(いずれ別れる我達なのだ。正直、我は耐えられる自信がない。我の方が狂うかもな。)
それでもその時がくるまで寂しい思いはさせまい。
――――我の想い人に…。