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アドベンチャーシティハイスクールにて、バスケットボールのとある公式試合───
「ッハァ、ハァ⋯今、何ピリだっけ⋯?」
「3ピリ⋯ハァ、4分⋯」
「ハァ⋯あと、6分もあんのか⋯あんなのと⋯ハァ、まだ、16分も、走んなきゃなんねぇの⋯?ハァ、ハァ⋯」
鉄壁のディフェンスに畳み掛けるようなオフェンス。差は埋まらず開いていくばかり。チームの誰もが勝利を諦めていて、白旗を上げているがゲームはまだ終わらない。
⋯3ピリが終わるまであと5分。
自分たちもだが、相手は2年生と1年生のチーム⋯と、ウィンターで残った3年生ひとり。相手の2年生もひとりしかいない。ほとんど1年生で構成されたチーム。
⋯そのたったひとりずつしかいない2年と3年に、
どんな攻め方をしても守られ、ボールを奪われる。
どんな守り方をしても攻められ、点を奪われる。
こんな肉体的にも精神的にも力を削られるようなゲームは初めてだった。もう今すぐにでも、試合が終わってほしい⋯
残り3分。
これで相手がふざけまくって遊び半分にゲームをしているようなら自分たちもいくらかはマシで、少しくらいは攻める気持ちが生まれたかもしれない。
前キャプテンからこのチームをキャプテンとして任されて早2ヶ月。俺はみんなを引っ張ってまとめあげていかなくちゃいけない。
新チームになったばかりでまだまだこれからではあるけど、新チーム最初のこの試合に、俺が走るのを辞めるわけにはいかない。
顧問の先生でさえもこの試合に為す術なく匙を投げて諦めてしまうような、攻めることも守ることも”させてもらえない"そんなゲームだとしても。
入部したばかりの1年生たちに見せる最初の姿がこんなにかっこ悪くても、思わず応援を辞めてしまうようなゲームでも、俺だけは最後まで走らなければならない。
なぜなら───
相手の4番と5番が、すべてにおいて真剣だったからだ。
すごく、楽しそうにプレイするその様子は敵チームとしても羨ましく思うほど。今日対戦じゃなければ第三者としてそのチームを応援したくなるくらい、なんなら同じチームになって一緒にプレイしたくなるほど、2人はバスケットボールに燃えていた。
バスケットボールはプレイ中、声を掛け合うのが大事なスポーツではあるが、2人の間に何パターンも攻略があるようでほとんどアイコンタクトのみのプレイスタイル。敵ながら圧巻、見事だった。
自分もいつか誰かとこんなバスケットボールをしてみたい⋯そう自然と思わせるような美しいコンビネーションで純粋にかっこよかった。
ピーーーーーーーー
第3ピリオドが終わる。2分間のつかの間の休憩。息を整えて最後の第4ピリオドを迎えなければ⋯
得点は66対20。残り10分、足掻いてみれば少しは得点できるかもしれない。
ベンチに座って給水しながら向こうのチームを観察する。
ズーマ。4番。俺と同じキャプテン。ポジションはシューティングガード(SG)
身長はさほど高くないものの、それでも175cm。鍛えられた筋肉がついた場所から覗かせる、陽に焼けたらしい腕や脚がとても逞しい。
瞬発力、高いジャンプ力、スピード力に優れ、打てば入るようなシュート力を併せ持つ完璧なオールラウンダー。シュートフォームに少し癖はあるものの、その手から放たれたボールは綺麗な弧を描き次々とネットに吸い込まれていく。
フル出場してもなお足を止めることなく走り続けるその姿は、これまでどんな練習を積み重ねてきたんだろうかと思う。
ズーマは誰よりも声を出してチームを盛り上げ、ベンチで待機するメンバーを沸かせ、観客席まで熱狂させていくアドベンチャーベイチームに必要不可欠なムードメーカーだ。
余談だがコートに立つ人間以外の応援というのは、当然チームの士気を上げる力になる。残念ながら俺たち側の観客席は盛り下がっているが、応援が盛り上がれば盛り上がるほどチームの士気は上がり、絶望的な試合でもひっくり返ることがある。観客席がどっちに勝って欲しいか、その想いや熱が不思議なことにコート上に伝わるからだ。
ズーマのチームの観客席は勝ちを確信しているからなのもあるけど異様なほど盛り上がっていて、2階席から身を乗り出して今にも落ちそうなほどの応援が先程から溢れている。アウェイな場所のはずなのに気にも止めない応援が、正直羨ましい。
そんな応援があるからこそズーマのテンションも上がっていき、彼は試合中にも関わらず笑顔を絶やさなかった。ズーマから流れる汗すらも彼をコート上で輝かせる雫に過ぎない。
最初、ジャンプボールで先制を取ったアドベンチャーベイチーム。ズーマに回されたボールの位置はハーフラインを出てすぐの場所。どんな風に抜いてくるのか楽しみであったくらいドンと構えていたが、ズーマは目の前で跳んでいた。
一気に静まり返った会場。大きく弧を描いたボールが鈍い音ともにネットに吸い込まれて3点追加されたことを知らせる。
シンとなった会場が次の瞬間に大いに沸いてゲーム開始直後とは思えない盛り上がりを見せた。
「っあ〜、いいね! これ、やってみたかったんだ!」
にかっと笑いながら喜びを噛み締めるズーマ。
余程の自信があったのだろう。じゃなきゃそんな博打みたいなことしないはず。
最初の1本を決める、ということはこのあとのチームの波をつくる重要なもの。まだ1回戦で初出場のアドベンチャーベイチームにこれでもかってくらい泊をつけるような、そんな超ロングシュートだった。これは、狙ってできるようなものでは決してない。
俺のチームの誰もがいきなりのプレイに圧倒され動揺して動けないでいるなか、ズーマがボールを放った瞬間に背を向け、リングを、ゴールされる瞬間を見ることなく、オフェンスに戻った人物がいた。
ヒュー、とささやかな口笛が聞こえる。
「ナイシュ、さすがであります」
ジャンプボールで跳んだロッキー。5番。彼は副キャプテン。ポジションはポイントガード(PG)
全体的に高くはない印象のアドベンチャーベイチームで背が高い方の彼は180cm。
今聞こえてくる休憩中のリラックスしている笑顔の彼からは想像もつかないくらい、ゲーム中の真剣な顔が恐怖さえ覚えさせるチームの司令塔。コート全体を見れる広い視野を持ちメンバーに指示を出して動かしながらパスを出してボールを回す。
こっちがなんとかもぎ取ったゴールをすべて速攻で奪い返すほどズーマと同じくスピード力に優れ、それでいてかなりの負けず嫌い。こちらに点を取らせる気がまったくないのがよく分かる。
ポーカーフェイスでストリートバスケのようなハンドリング技術。そのスキルが高く、挑発的なフェイクをし続ける演技派なロッキー。
高身長にも関わらず、司令塔を務める彼のアシスト数は正に脅威だった。メンバーが欲しがる場所に飛んでくるボールは、自らゴールへ帰っていくよう初めから計算されているロボットみたいで、頭脳明晰なロッキーならではの納得のポジションだった。
そんな彼を既に誰も防げないのに自分も点を取りにいくのでたまったもんじゃない。
アシストを主としているようで自身の得点は二の次なようだけど、高身長に加えた打点の高いフックシュートが俺たちにとってトドメだった。
こんなの、止められない。
ただ時間が過ぎていくのを待つだけだった⋯
ピーーーー
インターバルが終わった。
第4ピリオドが始まる────
***
*ロッキー視点*
第3ピリオド終了。
インターバル開始直後────
「ロッキー」
すぐそばにズーマが居るのは気付いていた。
少し前に一緒に買いに行ったバッシュがやっと馴染んでキュッと鳴るソールのスキール音が耳に心地よい。ほとんど濃い青色のゴツくて派手なバッシュがズーマによく似合ってる。見つけた時ズーマが好きそう、と直感的に思って「これどう?」と聞くと一目見て気に入り、即お買い上げしたものだった。
ズーマはこちらを見てひらりと手を上げハイタッチを待つ。
きっと抑えられなくなったんだろう。楽しすぎて。まだ試合終わってないんだけどな、と思うところはあるけど僕だって同じ気持ちなわけで彼に歩み寄った。
バシッと音が鳴る。思いっきり掌を弾かれてヒリヒリする。力強すぎでしょ、と膨れると全然反省してない笑顔が前にあり、しょうがないなぁ、と声を漏らす。ズーマときたらハイタッチに気を良くして肩にぐるんと手を回してきた。ねぇ暑いんだってば。
「4ピリどうする?」
「暑、⋯そうだね、中固めよっか」
「ゾーン?」
「⋯もありじゃない?」
「う〜⋯、ハンズアップつらい」
「ゾーン決定ね」
「やだぁー」
やだやだ、と駄々をこねているのにその横顔はどこかわくわくしていてやりたいんだろうなと思う。
これまでのプレイで中に入られてゴール下やレイアップとかの高確率で入るシュートをされてるために、20点も相手に与えてしまっている(点を取らせる気がなかったのに⋯)
だから中を固めてしまえば外から打つしかなくなるのでゾーンディフェンスでいいと思う。外からの成績があまり良くない相手チームだから、打たせてゴールに弾かれたボールをリバウンドしてサイドに出したら、こっちの攻撃にしてしまえばいい。ズーマに走り抜けてもらってもいいし余裕がありそうならスリーでもいいな。
正直、相手に不足はない。この点差だけど。きっと今日のバランスが良くなかったんだと思う。5番と6番いないし、うちと同じで人数もそんなに多くはないチーム。
向こうの4番は僕より少し背が低いくらいでなんならズーマと変わらない。スピードだってあるし、向こうの得点はほとんど彼だ。まだチームとしてまとまってなくて連携が取れてないんだと思う。次に対戦したらこうはいかないだろうな、と頭の中のデータを整理しておく。
給水した水が喉を潤す。勢いよく飲みすぎて口の端から零れ落ちて首をつたい、水なのか汗なのか混じってよく分からなくなってしまった。
体が熱くて今すぐに誰か僕を冷やしてほしい。1年生たちが目の前で後ろで必死に扇いでくれてるけど、もっと風が欲しいなぁ⋯
ふと、観客席を見ると応援に来てくれたいつもの仲間達がズラリと小さく固まってこちらを見ていた。
僕らの名前を呼んだり、がんばれーと手を振って応援してくれたり、インターバル中に食べ終えるつもりらしいサンドイッチを食べながらだったり。
ひらりと手を振り返してへらっと笑うと隣に座るズーマがまた肩を組んで、僕と同じように観客席に向かって手を振った。「怪我しないでね」と気遣ってくれるいつもの優しくて頼りになる声。さぁ、そろそろ終わるか⋯
ブーーーーーー
ブザーが鳴り、インターバル終了を告げる。
審判の高いピッと鳴る笛の音で両チームがコート上に出る。相手ボールからだ。
「中に入れないようにね⋯基本ハンズアップで!」
メンバーに声を掛け、基本の2-3ゾーンディフェンスを開始する。
第4ピリオド開始。
試合終了まで残り9分50秒────
***
「⋯!?嘘だろ、ゾーンディフェンス⋯っ」
「弾いたら終わり⋯」
サイドからバックへ、バックからフロントへボールを運び、オフェンスを開始──しようと思ったのだがディフェンスを見て面食らう。中に入れさせない気だ。
「くっ⋯いいか!パス&ランを繰り返せ!必ず穴が生まれる!そこを突破しろ!」
怒号にも似た指示が飛び交う。俺たちにゾーンを崩せるか⋯
パスを回し、切り込んで走る。ゾーンディフェンスにはマンツーマンディフェンスとは違い、個々の責任が曖昧になる。パス&ランを繰り返していけばオフェンス1人にディフェンス2人がついてしまう状況が起きて、オフェンスが1人フリーになるのでそこの穴をつくることが出来ればゴールに迎える。迎えるが⋯
「残念⋯もらってくね」
「あっ」
ズーマにスティールされ、あっけなく攻守交代。コートが変わる。「ズーマ!!」と先方で走り出したロッキーが声を荒らげ、パスを寄越せと指1本立てて合図を送る。
パスを受け取り、センターで走り出したロッキー。
フロントには3対1。どちらにパスするか見極められない俺のチームメイト。ロッキーがバックパスのモーションをおこない、右サイドにいる選手にパスを出すかと思われたが、ボールをそのまま右肘で突き、左サイドへ飛ばした。
(エルボーパス⋯!?)
左サイドにいた選手は見事にレイアップを決め、2点追加。フロントにいたチームメイトはなにが起こったか分かっておらず、はてなを浮かべながらエンドラインへ。
「ロッキー、凄いでしょ」
ユニフォームで汗を拭いながら、近くにいたズーマに話し掛けられた。ちらりと見えた引き締まった腹筋が努力した結果だと知らせ、まるで自慢だと言うようにロッキーを褒める。
「⋯あんなの見たことないよ」
「だよね、高校生であんなパス出来るのロッキーくらいじゃないかなぁ」
「天才だね」
「最高なんだよ、アイツ」
⋯ほんとに羨ましいよ。
心の奥底まで、信頼関係が出来上がってるんだな。
エルボーパスなんてそうそうできる人はいない。プロでも難しい技。それを高校2年生が、俺と同い年の選手ができるのか⋯そりゃ自慢にもなるよな。
「あんたら⋯何者なの」
「何者って⋯君と同じ高校生だよ」
「さっきから凄いプレイしか見てないからさ」
「それはどうも」
悔しいけどとても敵わない。またゾーンディフェンスが始まり、苦戦する仲間たちに目を配る。