ストリツSS「休憩用のお茶を準備したんだ。一緒にどうだい?」
「恐縮です。いただきます殿下」
君たちの仕事が見てみたいんだと、殿下が僕達の仕事についてきた。
向こうではぼくの妻ミリーとI.M.P社の創設者で僕の上司ブリッツが、意気揚々と人間を殺しまくっている。今日もふたりは清々しいほどに元気だ。
「二人ともすごいね。いつもこんなに楽しそうに人間を殺しているのかい?」
殿下は優雅に紅茶をすすりながら、二人の仕事を楽しそうに見学している。今日も人間界の片隅で、豪快な血飛沫が世界を虹色に変えていた。
「そうですね。概ねこんな感じです」
「そんなに畏まらなくてもいいんだよ。モクシー、君はブリッツの部下であり家族の一員だろ? なら──」
言葉は続かず、思案するように彼は自身の細い指を口に当てた。
さて、彼はボスであるブリッツの恋人である。
本来なら貴族である彼は決して僕達のようなインプと交わる存在ではない。しかしながら紆余曲折あって、こうやって仕事場までついてくるほど友好な関係を築くことができている。
「殿下──お気持ちは嬉しいんですが、ボスに聞かれたらぼくが殺されちゃいますよ! あの人めちゃくちゃ嫉妬深いんで」
「……そうなのかい? ふぅん、まだまだ知らないことがありそうだ」
殿下は持っていたカップを下げ、寂しそうに笑う。
いまでこそ二人は付き合っているが、ちょっと前までは見てるこっちが辛くなる両片思いを繰り広げていた。遠くを見つめる横顔はまだその時の傷が癒えてないことを伝えてくる。
僕は立ち上がって両手を広げた。
「大丈夫、これからいっぱい知っていけばいいじゃないですか! 時間はいくらでもあるんですし」
殿下を慰めるつもりでいったのではない。心からの本心だった。だってボスは最悪最低の上司だけど、憎めないしなんだかんだ僕にとっても大切な人だから。
「モクシー。君はとても優しいんだね……ありがとう」
殿下の赤く光る四つ目が優しく弧を描く。
「よかったら……、僕も君達の仲間に入れて欲しい。ブリッツの大切な人達を僕も大事にしたいんだ」
殿下はそう言って僕に手を差し出した。
「殿下……」
僕はじんわりと胸が熱くなった。
貴族でもいろんな種類の悪魔がいる。多くの貴族は僕達インプをゴミのように見る存在がほとんど。殿下のように考えてくれる貴族を僕はみたことがない。殿下はもともと心根が優しいのだろう。
「光栄です。喜んで」
差し出された手を握ろうとしたその時だった。僕の後頭部に冷たい金属がくっつき、かちりと音を立てた。背後に感じる殺気。
「おいモクシー、人の彼氏に手ェ出すとはいい度胸してんじゃねぇか。その度胸にめんじてお前の■■に■■■ぶち込んで、■■■! ■■■■■! ■■■■!」
ボスが早口言葉より早い舌を回して、放送禁止用語を喚きまくった。
僕は両手を上げ、慌てて身の潔白を訴える。
「手なんて絶対に出しませんよ! 僕は既婚者だし、ミリー一筋なんです。友好関係を築くための握手じゃないですか。どんだけ嫉妬深いんですかあんたは」
「はぁ〜? 何口答えしてんだてめぇ! ■■■■■して、■■■■■、■■■■■ぞ!」
僕の後頭部に銃を突きつけ喚き散らすボス。ボスのあからさまな嫉妬に感動しているのか、殿下の目がハートマークに変わっていた。ピーピーと鳥のように煩いボスと、実際に梟の悪魔である殿下はお似合いのカップルなのかもしれない。
「ブリッツィそんなに怒らないでやってくれないか? 僕が握手を求めたんだから」
ボスは殿下の言葉に反応して、不機嫌そうな顔を隠さないまましぶしぶと銃を下ろした。
「チッ、命拾いしたなモクシー。ストラスに感謝しろよ」
「……」
ジト目でボスを睨んでも僕の顔が見えてないのか、そういえばと勝手に話を始める。自分の銃をカーボーイのようにくるりと回してポーズを決めた。
「ふっ、任務完了だぜ。今日は10人も殺してやった。褒めろ」
「わ〜、素晴らしい仕事ぶりだねブリッツィ!」
パチパチと手を叩き感動する殿下につられて僕も一応「すごいですね」と力なく褒めた。しかしボスは僕達から褒められて嬉しかったのか、そうだろ! と目を輝かせる。いつもなら僕の肩に手を回して、顔をくっつけながら「武勇伝を聞かせてやる!」なんてあることないこと好き勝手話始めるのに今日はその腕は僕の肩に乗らなかった。いや正確には乗る直前まで近寄っていたのだけど、やんわりと殿下が阻止していた。
「なんだよストラス」
「ん? いや僕も聞きたいなと思って。君の武勇伝♥︎」
殿下がそういうと、ボスは照れ隠しなのか指で鼻を擦りながら、面倒くさそうに「しかたねぇな」と呟く。しかし声とは裏腹に彼の顔はキラッキラと輝き話したくてしょうがないと書いてある。もう僕なんか目に入らないのか、殿下の手を取ってミュージカル口調で仕事内容を語り始めた。こっちがドン引きするほどノリノリで。殿下はボスが後ろを向いた瞬間に、小声で僕に「すまないね」と謝った。
やれやれ、嫉妬深いのは殿下も同じらしい。
似たもの同士、いちゃつくなら向こうでやってくれ、なんて悪態は心の中にだけしまって僕はふたりをほっぽって遠くで仕事中のミリーの元へと向かった。