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    namidabara

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    上手くいけば出るかもしれない尾月二冊目!
    セフレから恋人になった二人の疑似初夜本です。性癖全部詰めちゃお~という薄い本です。
    幸せなら態度で示そうよ之助×大切なことは全部言葉にする島のお二人でお送りいたします。

    #尾月
    tailMoon

    尾月原稿②尾形百之助に恋人が出来たのは、二週間前の土曜日のことである。

    恋人。あの尾形に、恋人。性根が腐っていると言われ、人の心が無いと言われ、人を人とも思わぬ冷血野郎と言われたあの尾形に、恋人である。まさか他人を愛おしいと思えるだけの心があったなんて、と驚いているのは尾形自身も同じであった。
    その恋人——月島基は、別の会社に勤める立派な企業戦士である。社畜とも言う。職場も業種も違う二人が何故知り合ったかというと、理由は簡単。『そういう人間向け』の出会いの場として用意された会場で偶然会ったからである。要するに、一夜だけの関係。名前も性格も過去もどうでも良い、肉欲だけを相手に求めた爛れた始まりだった。
    その後お互いそこそこ気に入り、連絡先を交換して何度も同じ夜を過ごし、何の因果か取引先として対面することになるのだが、そこは割愛とする。

    さて、紆余曲折あったものの、二人の心の距離は随分と近づいた。いつの間にかお互いのスマホからマッチングアプリは消えていたし、週末に会うのは決定事項になっていたし、逢瀬はラブホからどちらかの家になっていた。最早セフレという関係性で完結できないほどには、二人の心は結び付けられていた。絡め合うその視線に、触れてくる熱っぽい指先に、掠れた声で名前を呼ぶその声に、確かに愛という不確かなものが宿っていた。

    お互いそれなりの歳の、それなりに恋愛経験のある大人だ。ある程度は『コイツ俺のことが好きだな』と気づいていた。そして、『俺はコイツのことが好きなんだな』とも。
    だがやはりお互いそれなりの歳の大人だったので、踏み出すその一歩目もまた重かったのだ。好きです。その文字列は、色々と経験してきた尾形にとって言うのが一番難しい四文字であった。

    尾形は一般的に恋人と呼ばれる関係性を築いたことがあまりなかった。ベッドに誘うのは欲を発散させるためで、それ以上でもそれ以下でもない。幸いこの見目だから処理に困ることは無かった。だが面白いくらい簡単に釣れる半面、一夜を共にした相手は大概がその先を尾形に求めてきた。次はいつ会える、そんな言葉が煩わしくて仕方がなかったのに、今じゃ自分が月島に言う側だ。人生何が起こるか分からない、と自嘲しながら、月島も昔の自分と同じようにその言葉を煩わしく思っているのだろうか、と思った。

    拒絶されるのは恐ろしい。心の中に芽生え始めてきたこの感情に、名前を付けて口に出してしまったら。月島はどんな顔をするだろうか。いつか職場から来た電話に出たときの、面倒くさいとでかでかと書いてあるような顔をするだろうか。尾形は臆病だった。だから、明確な拒絶をされるくらいなら、このあやふやな関係のまま肯定も否定もされない立場で居続けてもいいとさえ思っていた。


    しかし、そんな懸念をいとも簡単に飛び越えてきたのは月島の方だった。

    『お前と一緒に生きたいと思うんだが、どうだ』
    一通り絡み合った後、深夜のどうでもいいテレビを見ながらカップラーメンを啜る月島は、明日の約束を取り付けるような軽い口調でそう言った。セックス後の深夜にラーメンかよ、と顔を顰めてアイスを食べていた尾形は、咥えていた木のスプーンを取り落としそうになった。一緒に生きたい、それすなわち。

    『……は?』
    『お前が好きだ、尾形。俺は待てない男だ、返事は今寄越せ』
    尾形をちらりと横目で見てそう言った後、月島はずるるっと勢いよく麺を啜った。いや、プロポーズ中にラーメン啜らんでくださいよ。いつも通りに軽口を叩こうとするも、表情筋も口も上手く動かない。啜って飛び散ったニンニクとんこつラーメンの汁が、溶けかけているバニラアイスに点々と降り注いで、じわりと混ざり合っていく。ああ、全部台無しだ。

    『……こういうのって、情緒とかタイミングってもんがあると思うんですが』
    『情緒もタイミングも最悪な人生で生きてきた俺たちに? そんなん在庫無いだろ、お互いに』
    そう言われればそうである。そうではある、のだが。尾形は甘ったるい舌を動かそうとして、やっぱり上手くいかずに黙りこくる。クーラーの僅かな稼働音と、テレビから湧き上がるわざとらしい笑い声、かろんと溶けた氷が落ちる音。窓はしっかりと締め切っているから、外の真夏のむわりとした熱気なんて感じられるはずもないのに、尾形の前身は燃えるように熱かった。

    『で、どうだ』
    手を合わせてご馳走様、としっかりと言う月島を見て、こういう所が好きだなあ、とぼんやり思った。差し出されたものに素直に感謝の意を示して受け取ってくれる。与えたがりの尾形にとって、これほど好ましい人間は居ない。だから好き、というわけではないが。それでも、一緒に生きていくならこういう人がいいと思った。
    与えたがりではあるが口下手でもある尾形は、その真正面から差し出された飾り気のない愛に、うう、だのああ、だのと零した後、短く俺もです、と返す。どうにも格好がつかない返答である。カップの中で暑さに耐えきれずどんどん溶け出していくアイスが、月島の真っすぐな熱に溶かされる自分の心と重なって見えた。

    『おう。じゃあ、今日からよろしく』
    月島はやはり明日の約束を取り付けるような軽さでそう言った。あんまりにも呆気なく恋人という関係が結ばれたものだから、尾形は目を丸くしたまま固まっていた。
    アイス溶けるぞ、なんて言い残して、台所へカップラーメンの空き容器を持っていく月島は平然としていて、これは夏の暑さが見せてきた幻覚なのではないか、と思ったくらいだ。

    だが、月島の中の尾形の立場は、しっかりとセフレから恋人へと昇格されていたようで。月島の態度は目に見えてガラリと変わった。

    何かにつけて言葉で示してくるようになったのだ。おはようだとか、おやすみだとか、そういう些細な連絡も寄越すようになった。セフレだった頃メッセージを送るのはいつも尾形からで、その返事も業務内容かと突っ込みたくなるような簡素なものばかりだったから、てっきり月島はそういうやり取りに興味が無いのだと思っていた。だから、朝起きた時に必ずついているいくつかの通知を見て尾形は面食らったのだ。
    その上今日は虹が出ていたとか、お前そっくりの猫を見つけたとか、短いながらに想いの詰まったメッセージに、荒い画質でブレブレの写真が添えられるようになった。以前覗き見た月島のスマホのカメラロールには、バスの時刻表と美味かった食べ物のパッケージくらいしか詰まっていなかった。本人自体写真に興味はないと言っていたし、カメラ機能をメモ代わりくらいにしか思っていなさそうな男だ。そんな男が、自分の日常を尾形に分け与えようと、慣れない電子機器に試行錯誤しながら写真を撮って健気に送ってくるのだ。今あの男のスマホのカメラロールに、俺だけの為に撮られて、俺だけにしか見せられていない写真が幾つも存在している。それだけで尾形の身体からは力が抜けて、喚きだしたい気持ちになった。

    月島はとにかく口にしてくる。声が聞きたいとか、お前に会いたいとか、愛しているとか。そういうことを臆面もなくすっぱりと告げてくるものだから、受け取り慣れていない尾形はいつも面食らって、キャパオーバーを引き起こして固まってしまう。それからはい、とかええ、とか、とにかく短い返事を返すことくらいしか出来ないのだった。
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