置き去った男 2俺達は号泣して騒ぐハルトとハッサクさんをなんとか宥めて、落ち着いた頃にオモダカさんが咳払いをした。
「それで、カキツバタさん」
「あ、このまま話す感じ?いいけど」
落ち着いた、とは言うがハルトはぎゅうぎゅうカキツバタにしがみついている。しかしどの道暫くはこのままだろうと我らがトップは開口した。
「後々チリやアオキが国際警察と共に聴取に伺いますが」
「おーおーデカく出たねぃ。そんな大事になってんのか。まあ音信不通行方不明で七年だもんなあ」
「大事、どころか」
「カキツバタさん、えと、言いづらいけどもうとっくに死亡届け出されてて」
「へえーオイラ死んだのか。ウケる」
「「「かっる」」」
「死んだっていうか死んだことになってただけですよ!!ツバっさん生きてるでしょ!!生きて!!!」
「生きてる生きてる見ての通り生きてるよー」
ボタンが『カキツバタは亡くなったことになってる』と告げても本人はへらへらしてた。どういうメンタルしてんだコイツ。怖い。
余りの軽薄さにハルトは再び泣き出してしまった。「もっと自分のこと大事にして!!」と。全く以ってその通りだべ。
「とにかく、正式な聴取もありますが。その前に私達になにがあったのか話していただけないでしょうか」
「んー」
「ぼんやり聞いたけどよ、過去か未来に行ってたんだろ?オレ達そこが引っ掛かってて」
「……エリアゼロから飛び出したんですよね?それ、つまり」
カキツバタは左手でハルトの背を撫でながら、逃げ道を探すようにあちこちに視線をやって。
「カキツバタ」
俺が「正直に答えて欲しい」と追い打ちを掛ければ、観念したように笑った。
「うん、まあお察しの通りよ。……戻って来る時に、エリアゼロのタイムマシンを通った」
……多分。
何故"多分"が付くのかは気になったが、その前にもう一つの違和感を指摘する。
「『戻って来る時に』ってことは、行きは違ったのか?」
「察しが良いねぃ。そのとーり。そもそもが別の時間軸に行っちまった理由は、正直オイラもよく分かってなくて。普通に学園の寮で寝てたと思ったら、気付けば過去の世界よ。理不尽過ぎて笑えるよねぃ!」
「「「笑えない」」」
「マジでそれ止めろ。こっちは真面目に話してんだぞ」
和ませようとしてんのかなんなのか知らないが、笑い飛ばそうとするそれを本気で叱った。にも関わらず、いつものテンションで「はい塩ー!」と爆笑してる。
ムカつく。腹立つ。あの頃と同じウザいノリで居ることじゃなくて。
痛い筈なのに、苦しい筈なのに、俺達が大人になってもその傷を見せようとしてくれないのが、腹立つ。
カキツバタだって無敵じゃない。年相応の脆さを持つ子供なんだ。あの頃は違ったけど、今は!俺達より!年下なんだ!散々泣いといてなんだけど俺達の方が大人だ!
急に過去の世界なんかに飛ばされて、ボロボロになって、やっとの思いで帰って来てみたら七年経ってて自分は死んだことになっていた。自分は変わらないまま俺達も世界も変わってた。そんなの、どんだけ強くても大人でも、辛くないわけがないだろ!
怒鳴ってやりたい気持ちを抑えて、俺はハルトを引き剥がしてからカキツバタの両肩を掴む。
「無理に笑うなよ。お前の悪い癖だ。そんなに俺達が頼りねえか?」
「そーゆーんじゃないんだけどねぃ。頼りにしてますぜ、元チャンピオン!」
「だからそれ止めろってば。そもそも俺もう、」
ブルーベリー学園の生徒ですら。
その言葉は出なかった。言ってしまうのは、時間に置き去りにされたこの男には酷な気がして。
「…………とにかく過去の世界に行ってたのよ。地方名は確か『ヒスイ』」
話は無理矢理戻されて、カキツバタは何処に居たのかを口にした。
直ぐ様ボタンがパソコンを取り出して検索する。が、調べるまでもなく、俺達は知っていた。
「ヒスイって確か、シンオウ地方の昔の地名だっけ?」
「おー、ペパーが知ってんのは意外」
「なんだとボタン!!」
「まあまあ」
「でも一応調べて……あ、出たわ。うん、歴史の授業で習った通り。約百年前のシンオウ地方のこと」
オモダカさんがベッドの傍の籠に入っていたカキツバタの荷物や衣類を手に取る。
そのポーチから、現代では普及していない手作りのモンスターボールが転がり出た。
「ハッサク」
「よく見せてくださいですよ。……ふむ、確かにこの形式のモンスターボールはかなり昔の物ですね。そもそも手作りの物は現代では一部の職人でしか誂えません。間違いなさそうです」
「なによ旦那ぁ、オイラのこと疑ってんの?」
「えっ!?いえそうではなく!!証明の為に!!」
「ウソウソ冗談よ。信じ難いのも無理ないしねぃ。……証拠として必要なら持ってっていいぜ。それまだ空だし、なんならキズぐすりとか服とかもどーぞー」
「…………では、拝借します。必ず後でお返ししますので」
百年前のシンオウ地方、か。そんなとこに居たならそりゃ見つかるワケが無い。カキツバタは悪くないが、必死こいてあちこち探し回った自分達の努力が嘲笑われた気分だった。
「カキツバタさんの感覚では、どれくらいの期間ヒスイに?」
「うーん、つってもずっと同じ場所に居たんじゃなくてよ。学園から離れてからは体感半年、ヒスイに居たのは大体四ヶ月くらい。残りの二ヶ月は、現代に戻って来る為に、まああちこち。なんか知らねえけど未来っぽい場所にも行ったかなあ。いやあ色々凄かったぜぃ!死ぬかと思った!」
「それジョークにならないからマジで止めろし」
半年……カキツバタの中では半年しか経過してないのか。
いや、本人からしたら半年"も"なんだろうけど。
『え?七年?あれま、こっちではそんなに経ってたんだ』
ゼロゲートでのあの台詞。涼しい顔をしてたが、どれだけの衝撃だっただろう。
というかよく俺のこと分かったよな。たった半年でこんなデカくなるわけねーのに。髪と目の色で判断した、みたいな言い方だったが。とんでもねえ観察眼と自信だ。
いや、俺の姿を見たからこそ、直ぐに自分と俺達のズレを悟ったのだろうか?
……混乱が増してきた。変に憶測を立てるのは止すことにする。
「その怪我はどちらで?傷跡も多いと伺いましたが」
「あー、うーん、あの頃ってポケモンと人間そんなに仲良くなくてさあ。気性荒いヤツも多くて襲われるなんて日常茶飯事で。どうにかこうにか頑張ってたら、気付いたら、な」
あまりポケモンを悪く言いたくないのか、カキツバタは目を合わせずに語る。
ポケモンに襲われて、そんなボロ雑巾みたいに。人によってはトラウマものだ。カキツバタは辛くないのかな。……ポケモンが嫌いにはなってないみたいだけど。
「つっても腕の骨とかは全然ただの事故よ」
「事故?」
「ん。エリアゼロの、ゼロラボっつーんだっけ?帰り道辿って色々やった結果あそこで目が覚めてさ。でも、なんかあのタイムマシンやたら高え位置に出入り口あったからよ。意識無かったからアレだが、多分叩きつけられて、ポッキリ」
「「「うわあ…………」」」
タイムマシンを直で見たハルト達は想像出来たらしい。真っ青になっていた。
「タイムマシンの存在は何処で?お話ししていなかった筈ですが」
「なんとなーく。テラパゴスやパラドックスポケモンの存在聞いて、『あるんじゃねーかな』程度の認識でしたわ。まさかあんなゴツくて立派なモンとは」
「まあイメージするようなやつではないよね」
「そもそもタイムマシンよりテラパゴスを当てにしてたんでぃ。実際過去の世界でアイツに出会って、そっからなんか色んな時間軸フラフラしちまったのよ」
成る程、と納得しつつも不思議だった。
そんな風に時を自由に移動出来たなら、自分が消えてから七年後のこの世界に来る必要さあったのかな?もっと失踪して直ぐの頃に行けばカキツバタも俺達もよかったのでは?と。
「……アンタらがなに考えてっか察した上で言うけどよ。オイラじゃちょーっと力不足だったんだ」
「「「!!」」」
「時間移動してたって言っても、好きな場所好きな時間に行けたことは一度も無かった。ホント、賭けでしかなかったんだ。オイラからしたらたった七年後で済んで万々歳っつーか?いやぁアンタらの墓見た時はスゲー気分、…………あ」
墓。俺達の墓。たった七年。
その瞬間に、自分達の前提全てが間違っていたこと、そしてカキツバタは本当に全てを話す気は無かったことに気付いた。
「っ!ちょ、スグリ、苦し……」
俺は思わずまたカキツバタを抱き締めていた。
ただ傷付いただけじゃなかった。時間に置いて行かれただけじゃなかった。気が狂ってもおかしくない、そんな経験の果てに俺達の前に現れたんだ、コイツは。
なんで、どうして、カキツバタがこんな目に遭わなきゃいけなかったのか。分かりたくも無いけれど。
もう手を放してはいけない。それだけは分かった。もし間違えたりしたら、コイツはまた、
「頑張ったな。……独りで頑張らせて、ごめん。本当にごめんな」
俺達にはお互いが居た。仲間も友達も家族も居た。でも、カキツバタは?
「…………オイラも、独りじゃあなかったよ」
……絞り出された言葉に、一瞬安堵してしまった。
だが、やはりそれすら間違いだった。カキツバタは俺に離れるように言ってから自身のポーチを掴む。
乱暴にひっくり返されたその中から出て来たのは、腕章のような青い布と、小さな黄色の髪飾り。
「一緒に……ヒスイを出てくれたヤツが二人居た。オイラと同じで、突然あの場所に迷い込んだヤツらだった」
……一緒に居た?同じ境遇?
信じられないし、少しおかしい。だってカキツバタは、独りで俺の前に
「…………その方々は?」
「一緒に、帰って来なかったの……?」
「………………………………………」
ただニコッと微笑まれた。それ以上語る気は無いらしい。
でも、その二人は帰還が叶わなかったという事実がそこにある。
俺は憤ることしか出来なかった。
なんで、カキツバタが、こんなに身も心もズタズタにされなきゃいけなかったんだよ。誰がコイツを選んだんだ。なんの為に、なにがしたくて。なんでなんで。
「……とりあえず、あの二人の家族に会いてえんだわ。調べられる?」
「うちに任せて……って言いたいけど、さ」
「んー?」
「会ってどうすんの?会った後はどうすんの?」
「…………………………」
「……全部済ませて死ぬ気なら、うちは協力出来ない」
「えー、そんなことしそうに見えるぅ?」
「見える」
「見えます」
「見えるな」
「ごめん、見えるべ」
「ええーーっ」
ポーチの中身で散らかったベッドを片付けて、一つ息を吐いた。
「とにかく、シャガさんやアイリスさんも呼んだから。ハッサクさんが」
「ええ、呼びましたですよ」
「あとゼイユ達にも僕が連絡したから」
「げーっマジかよ。絶対うるせー……」
「五月蝿くても受け止めろ。皆お前が生きてるって信じて探してたんだ。見つけらんなかったのは悪いけど、きっと喜んで……」
兎にも角にも、カキツバタを家族と皆と会わせてメンタルケアも。
そう考えながら説教をしようとしたら、突然左手で制される。
「なに?」
「っ、ちょっ、と、ごめ、……からだ、いた、くて、」
「「「!!」」」
唐突に訴えられた不調にハッとした。
いつから我慢してたのか、一気にその顔色が悪くなる。一言断って額に手を当てると熱もあった。
「わ、私お医者様呼んでくる!」
「オレも行くぜ!」
「ハルト、氷かなんか持ってない!?熱ある!」
「こおりのいしなら!はい!」
「カキツバタくん、楽にしていいですよ!」
皆大慌てで動き出す。ネモとペパーが飛び出してハルトがこおりのいしを取り出し、俺とハッサクさんがカキツバタを支えて傷が痛まぬようそっと横にさせる。
「えと、ブランケット使う!?」
「私の上着もお貸ししましょう」
ボタンが持ち歩いていたらしいブランケットを、オモダカさんが着ていた自身の上着を被せた。
「はぁっ、はぁ、っぅ、」
カキツバタは既に気絶してしまったようで、苦しそうに呼吸をしながら身を捩る。
あちこち怪我してんだから体調が悪くなってもおかしくない。痛み止めが切れれば痛くなるのも当然だ。どう考えてもいっぺんに色々聞き出すべきじゃなかった。
「ごめんカキツバタ!だ、大丈夫だかんな!もう大丈夫だから、だから、ゆっくり休んで!」
「ハッサク、念の為シャガさん達にも連絡を。私はアオキに聴取を延ばすよう伝えます」
「分かりましたですよ!三人共、ここは任せても?」
「は、はい!」
「うちらももう子供じゃないんで、平気です」
ハッサクさんとオモダカさんが諸連絡の為に出て行き、入れ替わるように医者を連れたペパー達が戻って来る。
まるで死人のような顔色をしたカキツバタに不安になりながら症状を伝えて、そこから俺達はただ見守ることしか出来なかった。