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    bhrnp

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    クロアイお花アンソロに書こうとしてたけど長くなりすぎて終わらないな……となって没ったもの いつか完成させたいね

     タワマンのワンフロア、馬鹿デカい部屋の奥地、隠されるように仕舞われている無数のデモテープの存在を、オレは知っている。それはきっとこの男が、温めていた養分であったり、与えられてきた肥料だったり、はたまた原種に近い存在だったのかと思う。
     咲かなかった、いや土の中から出てこようともしなかった頃の痕に触れる権利はきっとある。だがオレにはどうしても「シンガンクリムゾンズ」の「アイオーン」にしか興味を抱けなかったので、本人の意志で埋められた物を無闇に掘り起こすつもりはない。
     品種改良を重ねてようやく此処に立っている男を、否定してしまいたくはないのだ。

     自ら建てた温室の中で静かに音を育むそれと対するかのように、オレの心は荒野に放り出され、砂塵に塗れていく。



    「おわッ、何だコレ」
     楽屋に入るや否や、いつもと違う香りに包まれ、視界には色彩豊かな四つの塊が映り込む。
    「お。楽屋花」
    「故にレジェンド・オブ・ゴージャス仕様」
     両手には余るサイズの籠の中、それぞれのメンバーカラーを中心に幾らかの差し色を混ぜて作られたアレンジメント。ビジュアルロックの世界、それも自分達のようなインディーズバンドには珍しい文化だったので、つい驚いてしまった。
    「マジかよ。随分と粋な家畜も居るじゃねーかッ!」
     少しはデカいフェスに来ている自覚が芽生えて、急に緊張感が湧く。最高のライブで応えてやろうじゃねーか、と息巻くオレの横から、何も言わずにふらりと歩みを進めた木偶の坊の姿が見えた。
    「ンだよヘタレオン、さてはオレの薔薇の方がデッケー事に嫉妬して──」

     花籠の並ぶテーブルに着いた男は何事もないかのように、傍らに追いやられていた弁当を手に取っていた。



    「皆さんお疲れ様でしたぞ! お花、持って帰って下さいですぞ〜」
     ライブ終わり、撤収作業中。楽屋に顔を出した卵こと社長の何気ない一言に、オレ達は顔を見合わせた。
    「事務所に置かねーの?」
    「えー、折角皆さんのカラーで作って頂いてるんですぞ?」
     事務所には置き場もなければ世話する人員も居ないと遠回しに言われている気がする。が、此処に集う野郎共こそ花の世話に不適合な生物に違いない。

    「オレん家、動物いっぱい居るしなあ……」
    「拙者も時間労働と修行で家を空けてしまう事が多い故に……」
    「オレの家も狭いし棚も無ければエアコンもねーし……」

     三者三様の無理です宣言。その後、唯一乗っかって来なかった一人の男に視線が移る。
    「かと言ってなあ」
     動物が居なくて、いつも家にいて、室温管理もバッチリ。条件にお誂え向きなその男は、しかしオレ達の中で一番、生命を管理するのには向かない奴だ。
    「アイオーンくんは、どうですかな……?」
     期待を込めた妙齢の嗄れ声がお伺いを立てている。その無駄骨っぷりに、いや卵型の生命体に無駄になる程の骨があるとも思えないのだが、オレは溜息を吐いた。
    「ヘタレオンっつったら、サボテンさえ枯らしそうな野郎じゃねえか」
    「お主はさながらミニサボテンだが」
    「あ? 身長はいま関係ねえだろ、この伊達眼鏡ッ!」
    「喧嘩すんな! はあ……アイオーン、環境としてはお前ん家が一番だろ。どうだ?」
     社長に続いてロムまで、望みのうっすい打診を持ち掛けている。
    「……」
     愛用のギターを丁寧に磨いて、ケースに仕舞って、余韻にぼんやりとしている男はしばらく無言だった。これは社長の懇願も虚しい結果になりそうだ、てかなってくれ、と思っていた。コイツに任される花が可哀相だし。
    「今ならお世話係のクロウくんも付けますぞ!」
    「ってオイ、勝手にセット売りしてんじゃねえッ! コイツん家、地味に遠いんだよッ!」
     前振りも確認もなく、通販番組の高級出刃包丁のオマケのまな板のように言われ、秒でキレた。
    「いや、けどよ、ほぼほぼ通ってるんだろ?」
    「それはコイツが引き篭って事務所に来ねえからだよッ!」
     結果論が一人歩きしている現象にああハイハイと生返事をされてしまった。適当に扱われている。
    「もういいじゃねえか、事務所に置いとけよ! 気が向いたら水くらいやってやるし」
     そこそこの時間が経っても本人の意思が返らないのをいい事に、話を打ち切ろうとした──が、その刹那。

    「……我が聖域に招かれようとも、短く儚く、朽ちるものには変わりない。その短き魂の安寧に、黒き棺が必要と宣うのならば」
    「えっ」

     まあ相変わらずこの男と来たら、誰彼構わず仰々しい言葉遣いで何言ってんだか全然わかんねーよって感じなのだが。今のは何となく、オレでも理解が出来てしまった。
     構わないという意味、だろう。
     そもそもコイツはいい歳して好き嫌いの激しいきらいがあり、厭な事は断固拒否する奴なので、すぐに答えが繰り出されなかった時点で了承の意図はあったのかも知れない。

    「今なら漏れなく付いてくるお世話係162cm堕天使デリバリーサービスはどうしますかな?」
    「好きにしろ」
    「せめてハッキリ断れ! オマエそんなんじゃ絶対に送り付け詐欺とか引っ掛かるぞッ!」
    「そういう問題か?」
    「故に過保護。身長が心許ないなと拙者は思うが」
    「聞こえてんだよッ! 表出ろ!」
     大人達の勝手な言い分に一通り吼えたが、オマケの件も含めて、決定は覆らなかった。


     何だかんだと騒いだ割に、オレの日課に大した変化は起きなかった。コイツの部屋に押し掛けて家主を叩き起こして喧嘩して、曲を作って口論、飯を喰ったら言い争い。そこに一日一回水をやるという流れが加わったに過ぎない。反抗する事に意味があるのだ……多分。
     日当たりが良い方が良いのか、新鮮な空気が常に入れ替わる場所が良いのか。花籠を抱えて右往左往して、結局はリビングと防音室の機材の隣に置いたそれを世話しているのはオレだけで、本当にこの男に生命を任せるのは駄目だと心底感じたり。
    「オレが来れない日には水やりくらいしとけよ」
     切り花が挿さった緑色のスポンジ? オアシスとか呼ばれてるソレが乾いているのを指で確認して、苦言を呈する。コップに汲んだ水を吸収し色が濃くなる様を眺めながら返答を待つが、アンプを繋いでいないギターの音が煩雑に返った。無視かよ。

     この男は恐らく、一人でも生きていけるだろう。水をやらなくても肥料を与えなくても、最低限の生活力と出所不明な手厚い保護によって、生命を奪われる事はない。それなら音楽は栄養に当たるんだろうか。
     奥の部屋を占拠する無数の音は、男の手から伸びた芽と蔓と蕾。咲かせる気概のない、欲が無くとも欲深き欠片達。


     案の定、花は大した日を置かずに枯れてしまった。

     これでも小まめに水をあげていたし、少し元気がなくなってきたら、ネットの情報を頼りに茎を切って水の吸い上げを良くしたりもしたし。それでも段々と、最初は薔薇の花弁が変色して、萎んで、小さな花の集まりがチリチリになって。最後はガーベラが色褪せて駄目になった。
     切り花の寿命なんて、たかが知れている。
     実家の家畜が出荷されたり屠殺されるという話を聞いた時よりかは深く、寿命で亡くなっていくよりかは淡白に、何か複雑な思いが心に残っていた。
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