前を歩く背中に 梅雨の真っ只中にも関わらず、祝いの日が雨天にならなかったのは幸いだ。本格的な夏の訪れが近いのだろう。薄く差す日差しにじっとりと湿気をはらんだ空気に汗がにじむ。観客を入れない会場に子供の姿は目立つ。それゆえ今回は式典の方をあさひに任せて自分はもがみの付き添いとして裏側からだ。
朝、騒がないことと言いつけた通り静かに様子を見守っている。いや、これは普段と違うしんとした構内に緊張しているのか。快活さは影を潜め、暑さにも関わらずぴたりとくっついている。差し出した手をぎゅっと握り返す手の小ささに改めて思う。しっかりと振る舞うこの子とて、まだ3月に進水したばかりなのだと。
「おれ、兄ちゃんになれるかな」
命名式が滞りなく終わり、幕の向こうでは粛々と進水準備が進む。そんな中ぽつりと呟かれた言葉はよく通った。間を置かず大丈夫だと返す。
「焦る必要は無い。それに、兄だからといって我慢しなくていいんだからな」
そう言いつつ繋いでいない方の手で柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でる。されるがまま身を任せている内に不安が落ち着いたのか小さく笑い声も漏れる。鳥の巣の様になってしまった頭を見、ひとしきり笑いあったところでカンッと乾いた音が響く。慌てて2人揃って顔を会場へと向けた。
無事式典が終わったのを見届け一息付いていると、今日の主役が駆けてくるのが見えた。真っ先ににいちゃ、と呼び掛ける言葉はまだたどたどしい。それに応えるもがみは少し驚き、そしてとても嬉しそうな顔で一回り小さな体躯を抱き止めている。
「進水おめでとう、のしろ。これからよろしくね」
きゃあきゃあと騒ぐ子供らを前に今年の夏は賑やかそうだと顔を綻ばせた。健やかな成長を願って。