レモン 同僚である潜水艦のひとりと廊下で行き交い、ちょうど良かったと歩きつつ仕事の打ち合わせを済ませていく。一通り終わったところで神妙な顔をしつつ目の前の彼が口を開いた。
「ね、ちよだちゃん。今日なにか付けてる?」
「さっき下ろした新しいハンドクリームかな……。もしかして付けすぎちゃってる?」
説明書きに沿って量を調整したものの、改まって問われると不安になる。手の甲を鼻に寄せ開封時と同じように再度すん、と嗅いだ。マスク越しに鼻腔をくすぐるのはさわやかなレモンの匂い。兄や実家を行き来する先輩たちがよく手土産に持ち寄る懐かしく思い出深いものだ。箱には広島県にある農場の名前が記されていた。人工的でない控えめな匂いとはいえ、普段は無香料を使っているだけにこれは休日限定かなと逡巡する。わたしの少し表情が曇ってしまったようで慌てた様子で訂正が入る。
「あっ、悪い意味じゃないよ。俺も好きだし。いつもと違ったからちょっと気になってつい」
ごめんね? と茶目っ気を滲ませる。こちらこそ、と応えつつほっと息をついた。
「今日のは、ちはやが贈ってくれて。整備で穴を空けたお礼だって」
「へぇ……こっちにいると接点が少ないから知らなかったけど。律儀な性格してるんだ」
「ほんとうに。気を遣う反動か小言も多いけど」
ぶっきらぼうなようでいて実のところ細やかな所作を思い起こす。そしてそれを指摘されると照れてそっぽを向くところも。軽い文句を交えつつ人となりをぽつぽつと話していく。
「いいこと聞いた。ありがと」
じゃあ俺はこっちだから、と階段で別れる。ひとりになってから同年代の相手に対して、子供っぽさを披露してしまった気がして今更ながら恥ずかしくなってくる。ひとしきり悶えてからぱちん、と頬を張り顔を上げた。
微かに感じる優しい匂いとともに。これからも前へと進んで行く