露呈 源博雅はひとりである。朱雀門からの帰り道、自分の屋敷に帰るため徒歩で夜の闇に身を浸していた。
(うん、今宵も良い時間を過ごした。月が綺麗で、風も穏やかで。笛の音が深く響いたなあ。あの御方の笛の音も深く響いたから、楽しめたやろか。)
つい先程までの時間を思い出しては息を吐いた。幸せだったと陶酔した気持ちが乗せられた息は春色である。
神泉苑の前を通り抜け、二条大路をまっすぐ歩いている。ここら一帯は貴族たちの住まい──今で言うところの高級住宅街──が多くあれど、この時間帯のひとり歩きはあまりにも無謀である。
いつもの事であれど、心配性の家人が見たら諌めるどころか胃に穴を開けそうである。
この時代、身分の高さと治安の良さは直結しないのだ。
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