ジュン茨寝ても覚めても仕事仕事仕事。年度末の決算を控えているこの季節はどこの会社もてんてこ舞いだ。
自分の抱える子会社も、副所長を務めているコズプロも引き継ぎやらなんやらで連日事務作業に追われている。
それと並行してアイドルとしての仕事も軌道に乗り着々と増えている。
そのため今年度の春は休む間もなく連日事務所に泊まり込みパソコンや書類と睨めっこする羽目になってしまった。
事務所に篭り切って早3日。ようやっと仕事が片付いた。
時刻は深夜1時を越しており、自分以外の社員が申し訳なさそうに最後の業務を自分に任せて帰宅してから既に数時間が経過していた。
あとは戸締りをしてマンションに帰るだけ。
「…かえるだけ…なんですけどねぇ」
仕事が全て片付いて気が抜けたのか疲労がどっと押し寄せてきて、全くデスクから動けない。
この時間ではジュンも眠りについているだろうから迎えも頼むことはできない。
「どうしましょうか…」
マグカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干してどうやって帰宅するかを考える。
迷いながらうとうとしているとバタバタと無駄に大きな足音が廊下の方から聞こえてきた。
やたらとうるさい足音の主はわかりきっているため警戒もなにもせずうたた寝を続ける。
「茨〜?」
「じゅん…ちょうどよかったです…」
「え?なに?具合悪いとか!?オレおぶって帰りましょうか?」
珍しく脱力し切った俺を見てあわあわと焦るジュンを見てくすくすと笑っていると困ったような安心しているような笑顔を浮かべながら椅子ごと俺を抱きしめてきた。
数日ぶりのジュンは最後にこうして触れ合った時からなにも変わらないあたたかさを持っていてとても落ち着く。
首筋に顔を埋めて呼吸をすれば、ジュンの匂いで頭も心もいっぱいになって笑みが溢れる。
くすくすと首元で笑う俺の頭をわしゃわしゃと撫でながらジュンはお小言を言い始めた。
「心配してたんすよぉ〜?ずっと忙しそうで邪魔もできないし…」
「んふふ、すみませんね、」
「今回もちゃんと限界迎える前にオレんとこに帰ってくてくれたので不問とします。でも!オレを心配させた罰として死ぬほど甘やかしますよぉ〜」
「そんなの処罰というより褒美じゃないですか」
「細かいことはいーんすよ!ほら茨、背中乗って下さい」
自分の前にしゃがむジュンにはにかみながら遠慮なく飛び乗る。ジュンからは飛び乗るなと文句を言われたが無視して自分の荷物を任せる。
ESを出てすっかり街灯以外の光のなくなった暗い道を、ジュンとたわいのない雑談をしながら帰路を歩く。
街灯に照らされている桜が風によってざわめく音をBGMに互いの最近あったことを共有していく。
ジュンの背中は鍛えてるだけあってあったかくて安心感があり、優しいジュンの話し声も相待って瞼が落ちてくる。
「茨、眠いなら寝ちゃっていいっすよぉ。マンション着いたら起こすんで」
「んん…すみませんがおねがいします」
「はは、はぁい。…おやすみなさい」
最後に聞いたのはジュンのそんな甘い声だった。
「いばらぁ〜」
「いばらさぁ〜ん」
肩を優しく叩く感覚と俺を呼ぶジュンの声で意識が浮上する。
どうやらもうマンションに着いたらしく、玄関に座るジュンの脚の間に俺は靴を脱がされた状態で座っていた。
「あ、起きました?」
「おきました、ありがとおございます」
「へへ、いいっすよ別に」
眠気で正常に頭が働かないままジュンの方へ体の向きを変え、そのまま抱きつく。
ジュンは首まで真っ赤にしながら俺の背中に手を回してくる。
「おかえり、いばら」
「ふふ、ただいまジュン」
「ご飯食べます?胃に優しいの用意してますよぉ」
「たべる。」
「抱えて連れてってあげましょうかぁ〜?特別サービスです」
「つれてけ」
「ふふ、はいはい」
口調も荒いまま喋り、ジュンの胸に頭をぐりぐりと押し付ける。
そんな俺を愛おしそうな目で見つめた後にひょいと持ちあげだっこして運ばれる。
ダイニングテーブルに運ばれるのかと思っていたがそこを素通りしリビングのソファに降ろされる。
「今日はこっちで食べよ」
「うん」
「おじやですけど食べれそうっすか?」
「たべれます」
「はあい。じゃ、ちょっと待ってて」
待っている間に着ていたジャケットを脱いで、ワイシャツのボタンを少し外す。ベルトも抜き取ってからソファに沈み込む。
キッチンから聞こえる環境音とジュンの鼻唄にひどく安心感を覚える。
「茨〜、ソファにあんたの部屋着置いてあるんで余裕あったら着替えちゃってください」
「ん…」
正直寝ていたいところではあるがこの格好ではいささか眠りにくい。なんとかして体を起こして服を脱ぎジュンと色違いの部屋着に腕を通す。
何とかして着替えた後、ぼーっとキッチンの方にいるジュンを眺める。
このままではまた眠ってしまいそうだと考えているとジュンが小さい鍋とお椀を持ってきた。
「茨〜、ご飯食べましょ」
「ん、」
のそのそと起き上がりジュンの脚の間に当たり前のように移動する。
ジュンも慣れたのかせこせことお椀におじやをよそっている。
「ちょっと熱いかも」
「ん」
「はい、ど〜ぞ」
レンゲに掬ったおじやをふーふしてから口元に運んでくれる。
普段なら自分で食うと突っぱねるが今日くらいはいいだろう。そのままおじやを頬張る。
数日間まともな食事を食べていなかった口に無機質でない優しい味が広がる。
「おいしいです」
「ん、ならよかったです。オレも食っていい?」
「いいですよ」
のんびりとジュンの体温を感じながらご飯を食べさせてもらってる内に眠気がどんどんと増してきた。
「い、いばらさ〜ん…?」
「ん…」
「歯磨いてスキンケアだけでもしねぇと…」
「ぁい…」
オレの言葉を聞いてよろよろと立ちあがろうとする茨の体を支えながら洗面所まで向かう。
顔を洗うのや風呂に入るのは無理にしてもメイクだけは落としてやらないといけない。
「はい、着きましたよぉ〜。歯磨いたらメイク落としますからね」
「ん」
眠そうな茨に何とかして歯を磨いてもらって、その後にオレもささっと磨く。
この時点でどっと疲れたがまだスキンケアが終わっていない。戸棚からメイクシートを取り出して顔を優しく拭ってメイクを落としていく。
「んん、…ふふ、くすぐった、」
くすくすと眉を下げて笑っているふにゃふにゃの茨に口元が緩んでいく。
そのまま目の下などをシートで拭うと色濃い隈が顕になる。
相当無理をして事務所の為に働いてくれていたのだろう。
相変わらずきゃらきゃらと笑っている茨の頭をそっと撫でる。
「?じゅん、どうかしました?」
「あー…んーっと、頑張った茨へのご褒美?みたいな感じ…っす…ね」
段々としどろもどろになっていくオレがおかしかったのか嬉しそうにしながらもまたころころと笑い声をあげている。楽しそうならいいか、とそのままメイクを落としてスキンケアを続行する。
そのうち笑い声が収まってまた船を漕ぎ出す。
電池切れだろうか。いつもの茨ではありえないことで気を抜いてくれているんだなあと感じて心が温まる。
そのまま静かにオレもスキンケアを済ませて茨を抱えて寝室へ戻る。
茨をそっと布団に下ろして眼鏡を外してやる。
眼鏡をベットサイドにあるローテーブルの上のケースに入れる。
さっき回収してきた茨とオレのスマホを充電器に挿して今日のオレのお仕事は終了。
電気を消してベットに入り茨を抱きしめる。
後頭部に回した腕でそっとワインレッドの髪をさらさらと撫でる。
オレより少し体温の低い茨があったまれるようにと隙間をなくすように密着する。
「おやすみなさい、茨」
眠っているはずの茨の耳が少し紅く染まっていて笑い声が寝室に響いた。