ジュン茨 「お、いちごありますよ茨!」
4月に入り新年度に切り替わる変化の多い季節にいつでもジュンはこの文言をスーパーで口にする。
それはEdenを結成して間もない頃も、自分とジュンの関係性が変化を遂げた頃も、今もずっと変わっていない。
このセリフと少し不安そうにこちらといちごを交互に見るジュンを眺めると、春の訪れを感じて少し頬が緩む。
自分も平和ボケしてきたようだ。最近は銃なんかを手に取るよりもジュンの手を取って歩いていたいと感じてしまう。これでは教官殿にも失笑されるだろうか。
「あのお…茨ぁ…?」
「ん?ああすみません、考え事してました。」
「い、いちごってぇ…」
「いいですよ。…せっかくですしジャムでも一緒に作りますか?」
このまま家に帰れば2人とも2日間ほどはオフであることを思い出し聞いてみると、ぶんぶんと揺れる尻尾の幻覚が見えてきそうなほどの笑顔になるジュン。
これは相手をするのが面倒そうだ。
「いばらぁ〜!!作ります作ります!!せっかくならスコーンとかも作ってジャムと一緒に食べましょお!!」
自分の持つカゴをさらりと右腕から奪い空いた腕に絡みついて距離を詰めてくる。
「暑苦しい!人前でベタベタするのはやめろと言ってるでしょう…!」
「えへへ、つい嬉しくなっちまって…」
お前は犬か、と間髪入れずに言うとうう、とちぢこまり出す。忙しい男だ。
そんなジュンを放っておいていちごを数パックじゅんの持つカゴに入れ、早足でスコーンの材料を探しに行く。
「あっ!?ちょっと待って下さいよいばらぁ〜!」
後ろから聞こえるでっかい足音に笑いながら少し歩く速度を落とした。
スーパーを出ると入る前はかろうじて顔を出していた太陽もすっかり引っ込んでしまい、代わりに月が世界を照らしていた。
持っていたより重量のあるエコバックを2人で半分ずつ持ちながらすっかり日の暮れた街を歩く。
「というかこの持ち方意味あるんですか?」
「正直ないっすね」
半分持って、と左側の持ち手を握らされてからずっと疑問に思っていたのに意味はなかったらしい。
「でもなんかこういうのって恋人っぽくないすか?」
「は?」
「いや、なんか一緒に荷物持ちながら重いねーとか言い合いながら帰ったりさー」
「言わんとすることはまあ…わかります」
「でしょぉ!?オレこういう普通のこと、沢山茨としたいなって思うんすよ」
「ふつうのこと」
自分とジュンの生い立ちは普通とは似ても似つかない。だからこそ一緒に普通のこと…そこら辺の人からしたら失笑されるくらいささやかなこともやってみたいのだろう。昔だったら一蹴していたであろうその願いも、何故だか一緒に叶えたくなってしまう。
「そ、ふつうの事。」
「それもいいかもしれませんね。…でも生憎、自分は普通を知らないので沢山教えて下さいね」
「オレもあんまし自信ないんすけどぉ〜?」
「でしょうね。」
2人でくすくすと笑いながらまだ少し冷たい風を感じる。
「あ!他の人に聞くのはどおすか!?」
「まあ…ありなんじゃないですか?」
「やった!じゃあ茨、沢山オレと普通のこと、一緒にして下さいね!」
「自分なんかでいいなら」
「あんたがいいんです」
そうやってまっすぐこちらを見ながら今の自分がほしい言葉をくれるジュンのおかげで気分はどんどん上向きになっていく。
「では手始めに大量に買ったいちごをジャムにしますか!ジュン、早いとこ帰りましょう?」
「はい!…って茨?」
ジュンの手からエコバックを奪い取り左手で持ち、右隣にいるジュンと距離を詰める。
混乱し慌てふためくジュンの頬にわざとらしくリップ音を立てて口付けをした。
「えっ!?なん、いば…!!」
「なんのことかわかりませんねぇ!!ほらジュン!早く帰りますよー!!」
じんわりと熱を帯び始める頬を隠すように歩く速度を早めた。