お昼寝歩きながら腕につけた時計に目線をやると、いつもより短針が3、4つほど前の数字を指している。今日は昨日までの分刻みのスケジュールが嘘かと思えるほどの早いご帰宅だ。
それもこれもオレの上司であり同い年の友人であり恋人である副所長サマの手腕なのだろう。そんな彼は今日は在宅でお抱えの会社の仕事を処理する日…実質オフと言っていた。
久しぶりの恋人と2人きりで過ごせる時間、浮かれない訳もなく調子に乗ってコンビニでプリンやらなんやらを買って帰路についている始末だ。
スキップでもしそうなくらい弾む心を押さえつけて自宅のドアを開く。
少し乱雑なまま置かれている茨の靴を見ると、同じ家に住むことの良さを感じる。
オレのスニーカーをその隣に置いて、手を洗ってからリビングへ足を踏み入れる。
少しの違和感。茨がいるにしては異様なまでに静かだ。
大抵仕事をしている時は沢山のお偉いさんとリモートで会議してたり、電話しながら器用にキーボードをだかだかとでっけぇ音を鳴らして叩いてたりするのに、今日は一切の音がない。
リビングのソファの前のローテーブルを見てみると、飲みかけのコーヒーと開きっぱなしの茨愛用のノートパソコンが置いてあった。
ソファに持ち主は座っていないのかと視線をそっちに向けると、オレのジャージをブランケット代わりに口を少し開けて寝こける茨がいた。
眼鏡をつけっぱなしと言うことは息抜きに横になったらそのまま寝落ちたパターン。
同棲して少し経ってから茨の寝落ちも珍しくなくなり、今ではパターン分析すらできてしまう。
そんな変化を自覚するたびに優越感や心を開いてくれた嬉しさで頭の中が支配される。
しかしにやけたまま立ち尽くしていては茨が風邪を引いてしまう。とりあえず起こすか運ぶかをしねぇと。
「茨さぁ〜ん、」
トントン、と肩を叩きながら声をかける
「ん〜…、」
全く効果なし。触っても起きないほどとは珍しく熟睡している。
やっぱり体力のあるオレでも目を回すほどの疲労感があったここ数日。3足の草鞋を履いている茨の多忙さなんて想像がつかないほどだ。常に走り回っている姿を見かけていたし、寝ている彼の目元にはうっすらと隈が見える。メイクで隠しているっぽいから、メイクを落としたらもっと酷いんだろう。
身を粉にしてオレらのために動いてくれる愛しい人を労うようにそっと頭を撫でると唸りながら手に擦り寄ってきて愛おしい。
指通りのいい葡萄酒色の髪を撫でながら茨のあどけない寝顔を眺める。
そうしていると茨が寒そうに身じろいだ。
「ん“…あ、?じゅん…?」
「あ、起きた。おはよおございますいばら」
なんでオレが居るのかわからない、と言った顔で目を擦りながらむくりと起き上がってくる。
寝起きでもシャキシャキしてる茨が珍しくぽわぽわしている。相当疲れているなぁとなんとなく考えながら茨の頭をそっと撫でる。
「ん…しごと、今日おわりはやいっけ…」
「そおですよぉ〜。疲労困憊のあんたを甘やかすために急いで帰ってきたんすよ」
「ふふ、おれは幸せ者ですね」
上機嫌そうにオレのジャージを着ながらくふくふ笑う茨あ愛おしくて飛びつくようにして背中に腕を回す。
流石に勢いを殺しきれなかったのかソファに2人して傾れ込む。
窓から差し込む太陽光が反射してきらきらと輝く茨の髪がひどく美しく繊細な物に見えて、掬い上げてキスを落とす。
「…な、…キザですなぁジュン。」
「あんたにかっこいいって思ってもらえるならキザにでも何でもなりますよぉ」
「うわ、そういうのはベッドの上だけで勘弁して下さい。ケツが痒くなる」
「えぇ…?ベッドの上ならいいんすか?」
「…チッ」
照れ隠しにぼかぼかと胸を叩いてくる茨。付き合いたての頃は力加減を調節してくれていたから痛みを感じることはほぼなかったが、段々と遠慮がなくなってきて今では普通に痛いくらいの打撃をもらうこともある。
今日はオレが茨の背中に腕を回してがっちりホールドしていて、茨の腕の可動域が狭いからかほとんど痛くはない。
痛みに気を取られないからか目線の正面にある茨のほんのり色づいた耳と頬がよく見えて、口元が緩んでいく。
「…ちょっと、だらしない顔しないでください」
「えへへ…。」
そのまま今日あったことを喋りながらダラダラしてると眠気がじわじわと襲ってくる。
「いばらぁ」
「なんですか、ジュン」
「このまま寝室行ってお昼寝しちまいません?」
「自分、ジュンに飯作って差し上げようとしてたんですけど?」
「う…それも魅力的なんすけどぉ…一緒にお買い物行って一緒に作るのとかは…どうすか…?いばらさん…」
今日は2人でゆったりしたくてぇ、と付け足すと茨は大きな目がこぼれ落ちまいそうなくらい目を見開いた。
「…いばらさん…?」
「今日は鍋にしましょう。2人でEdenのライブ映像でも見ながら。」
「いば、!?」
ありがとうございます、と言おうとしたオレの口は茨によって塞がれて、くぐもった吐息に変化した。
ほんの一瞬、小鳥の戯れのようなキスだった。
だけど、オレも茨も顔どころか首まで真っ赤に染めてもじもじしている。
気がつけば2人で顔を見合わせて笑っていた。
「ふは、生娘かよ、ははっ」
「んもぉ〜、そういうあんたもでしょ〜?へへ、くは、」
ひとしきり笑った後に2人で手を繋いであたたかい日差しの差し込むリビングを後にした。
今から過ごす、ふたりいっしょの休日に胸を躍らせながら。