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    吉岡鞠

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    吉岡鞠

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    GT軸ですが超要素モリモリ、ただしマゼンタ総帥は出ません。
    天トラがギスギスしてますけど、将来的には両想いになります。フィーリングで好き勝手に書いているので、許せる方だけお願いします……
    今回はえっちなシーンありません、キッスはしてる。

    エレクトリック・ビターフィグ② 悟天は二ヶ月もの間、まるで忠犬の如くトランクスからの『待て』を守り続けた。重大なプロジェクトだというのだから、そりゃあ忙しいに決まっている。分かってはいるがしかし、二ヶ月間一切の連絡が来ないことに不安を覚える。
     ただただ面倒で連絡をよこさないだけかもしれない。最後に見たばつの悪そうな顔を思い出すと、思い違いなんかじゃない気がしてくる。そんな疑心が日に日に募り、悟天は到頭行動に出た。
     寝床に腰掛けながら、長年使っているイエローの携帯端末で見知った番号に発信する。
    「……あ、ブルマさん? お久しぶりです、悟天です」
     相手はトランクスの母であるブルマだった。『待て』も出来ないダメな奴だと思われるのは心外だと思い、ブルマを経由してワンクッション挟んでいるのだが、この時点で既に『待て』が出来ないダメな奴だった。
    『あらあら……悟天くん? お久しぶりじゃない、どうしたの?』
     電話の外からカチャカチャ音がしている。おそらく作業中なのだろう。考えてもみれば、トランクスが忙しいのなら開発チームの指揮をとっているブルマが忙しくないわけがない。
    「あ、えっと……お忙しいところ、すみません……トランクスくんってどうしてますか?」
    『え? トランクス? さぁ……どうしてんのかしら……あたしも最近会えてないのよね……あの子もだいぶ忙しいみたいだから』
    「そ、そうですか……」
    『あの子に何か用でもあるの? 電話繋がらない?』
    「あ……いや、その……」
     簡単な問いにも答えられず、悟天は口ごもった。
     ────用なんてない。ただ会いたいだけ、なんて────とてもじゃないけど言えない……。
     一身で社会に貢献している二人を前にして、ふらふらと遊び歩いている自分が話しかけるなど以ての外ではないか。
     圧倒的なアウェイ感に押し黙っていると、ブルマが連絡用端末を逆の手に持ち変える音が聞こえる。
    『ん? なによ、喧嘩でもしちゃった?』
    「喧嘩は、してないんですけど……」
     自室をぐるぐる意味もなく周る。トランクスの母親相手だからこそ、曖昧な返答しかできない。しかしこのまま「やっぱ、なんでもないです」と言って電話を切れるほど大人にもなれなかった。悟天はこめかみに汗を滲ませて事情だけでも話すことを決意する。
    「実は二ヶ月くらい前、トランクスくんが会食を欠席した日にバッタリ会って」
    『あ〜〜……あの日は家にもホテルにも帰らないで悟天くんと一緒にいたのね」
    「ええ、まぁ……それで、なんだか思い詰めてるように見えたので……大丈夫かなって」
     これは会いたい口実でもなんでもなく、純粋な心配事だった。気疲れからだろう窶れが強く感じられたあの朝のトランクスは、正直放っておけなかった。……そんな相手に手を出したのもまた事実なのだが。
     今更ながら己の軽はずみな行動に後悔の念を抱く。
    『そうね……今が一番忙しい時期だからつらいのかも……悟天くんはあの子のこと心配してくれるんだ』
    「そりゃあ……」
    『やっぱり幼馴染ね〜〜、結局トランクスも悟天くんほど仲の良い友達はできなかったみたいだし……悟天くんになら任せられるか』
    「え……」
     風向きが変わる。悟天はうろうろ歩き回っていた足をピタリと止めた。
    『あの子、最近は仕事以外じゃ家に全然帰ってなくて。他社との共同プロジェクトの兼ね合いで、今はホテル暮らしなのよ。私からフロントに連絡するから、ちょっと様子を見てきてよ。あと、なんかあったら仕事なんかほったらかして帰ってきても良いわよって伝えといて』
    「あは、任せてください!」
     行動した甲斐あって、トランクスの居場所を突き止めることができたし、会う口実もできた。悟天は電話を切るなり、寝床に飛び込んでダバダバと喜びのダンスを踊った。
     結局じっとなんてしていられなくて、すぐさまトランクスの帰る場所に向かうべく準備をする。
     橙の空が広がる時間、悟天は自宅を飛び出した。西の都もなかなか広く、カプセルコーポレーションから離れた場所にそのホテルはあった。
     フロントに顔を出すと、あっさりと鍵を渡され、「社長がお戻りになられるまでもう少しかかりますので、お部屋でお待ちください」とそのまま最上階に案内された。
     通された部屋は、いつかのラブホテルの何倍もの広さだった。ベッドメイキング済みで清掃も行き届いているものの、トランクスの私物がサイドテーブルやソファーにたくさん散らかっていて、まるで忙しない彼の抜け殻のようだった。
     あたりをキョロキョロと見回して、ふと目についた冷蔵庫を好奇心で開けてみると、トランクスが幼い頃によく飲んでいた缶ジュースが何本か入っている。
     酒なんて飲んで大人みたいだったのに、やっぱり本質は昔から何も変わっていない。遠く離れてしまったようで、ずっとそばにいた。悟天は胸に迫るような思いになって冷蔵庫を閉めた。
     肩にかけた鞄を下ろし、ソファに座ろうと思ったが立ち止まる。そう、私物がたくさん置かれていて座れないのだ。窓辺にも一人用のテーブルと椅子があるが、そこにまで私物がどっさり置いてある。床に座るのもなんだかな、と悟天は仕方なくベッドに腰掛けた。
     ふと正面を見ると大きな液晶画面がある。悟天は暇つぶしにとテレビの電源を入れた。夕方のワイドショーがやっている。
     あとどれくらいでトランクスくんは帰ってくるんだろうと思い耽ってチャンネルを変えると、それは突然で、悟天は「い〜っ⁉︎」と間抜けな悲鳴をあげた。
     テレビにトランクスが映っている。
     思わずベッドから飛び降りて画面に顔を近づけた。何かの発表会見だ。
     ちょうど司会者が「お忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます」と挨拶を始めたのを見るに、開始して間もない。トランクスは相変わらず窶れた様子で画面中央に立っていて、その横にはおそらく他社の社長であろう面々が並んでいる。
     左上にはLIVEのテロップがあり、その反対側に『速報 超高性能型アンドロイド導入プロジェクト発表会見』と見出しが書かれていた。
     アンドロイドってなんだろう。悟天は画面に釘付けになったまま後退して、ベッドにドカリと座り直した。
     司会者が始まりの挨拶を済ませ、会見メンバーに概要の説明を促す。トランクスが一歩前に出ると、咳払いをした。頼もしい面持ちはこの前の子供みたいな表情とは程遠い。
    『我々はこの二年間、微力ながら復興活動に携わってきました。今では、以前と変わらないまでに復旧を遂げた地域もありますが、それでもまだまだ課題は山積みです』
     悟天はこの時思い出した。
     一星龍との戦いを終え、壊滅した世界。人々はドラゴンボールに頼らず、自ら復興のために立ち上がった。今いるこの西の都はどこよりも早く復興を終えて元通りになったが、南や東は復興途中。自分がふらふらしている間、トランクスは率先して復興支援を行なっていたのだ。
     重大なプロジェクトというのは、復興に関するものだったんだ。
     ───やっぱり、トランクスくんはすごいんだな。ハンコを押すだけの社長になるしかない、なんて言っていたけれど、決してそんなことはない。世間からの信頼も厚くて、優しくて、かっこいい憧れの人。
     画面から目を逸らして感心していると、テレビ内がざわつく。
    『そこで、超高性能型アンドロイドの大量導入を発表します』
     宣言の後、画面端から中央に向かって一人の男性が歩行してくる。トランクスは手のひらを表にして男性を指した。
    『ご覧ください、こちらがそのアンドロイド機体です。見ての通り、この機体は限りなく人間に近い姿をしたロボットです。しかし、パワーは通常の人間の数百倍にも及びます。高性能AIを搭載しているので自分で考え、自分で動くことが可能です。また、精密なプログラムも正確に遂行可能とします。少量の水をエネルギー源とし、長時間稼働することが可能なので、滞りなく復興作業を行えます。彼らは必ず我々の助けとなるでしょう』
     人間にしか見えないこの男性は、アンドロイドというロボットらしい。
     悟天はむむっと、顎に手を添える。
     ───人間の数百倍のパワー、自分で考え自分で動ける、水だけで長時間稼働可能。
     なんだか覚えがあった。
    『弊社が以前から取り組んでいた、対アンドロイド用完全制御システムの開発も併せて成功したため、プロジェクトを遂行します。このロボットが人を傷つけることは決してありません。我ら人類を輝かしい未来へと導いてくれる、大切なパートナーとなります』
     悟天の脳内でぴん、と何かが弾ける。アンドロイドって、要するに人造人間だ。
     納得しながら会見内容を整理していると、画面内でパチパチと拍手が喝采し、司会者がまとめあげて会見は終了となった。
     画面からトランクスが消える。悟天はテレビを消して「ひゃ〜〜」と感嘆の声をあげ、ベッドに大の字で倒れた。
     ああ──本当にすごい。トランクスくんはドラゴンボールがないこの世界を、本当に自分たちの力だけで復興しようと努力しているんだ。
     そりゃあ、こんなことになっていれば二ヶ月間連絡がないのも頷ける。本当にボクって……。
     色恋に現を抜かす平和ボケした己の情けなさで胸を埋め尽くされて、逃避するように眠気が襲ってきた。部屋を橙色に染める暖かい空の光。
     情けないボクだけど、トランクスくんの力になりたい。どんなことでもいいから。
     悟天はうとうとしたのちに、泥に沈むように眠りに落ちた。
     

     会見が無事終わった瞬間、トランクスは猛烈な疲労感に襲われた。ここ数週間分の疲れがどっと出たのだろう。緊張を顔に出さないのに必死で表情筋が痛い。
     しかしまだやるべきことがあった。提携先とこれからの段取りをみっちりとミーティングして、ようやく解放された。
     支社からホテルまでの距離を車で移動するが、その間も意識を保つのが困難で、意地を張る間もなくそのまま気絶した。
     程なくしてホテルに到着し、肩を優しく揺すられて目が覚めた。
     うっすらと頭痛を感じながらフロントに顔を出すと、複数のフロントマンが深々と頭を下げて「おかえりなさいませ」といつものように迎え入れてくれる。
     荷物を預けながらネクタイを解くと、総支配人がそそくさと横に立つ。
    「社長、お客様がお見えです」
    「え?」
    「会長からのお申し付けで……社長の知人だそうで」
    「……誰だ?」
    「お名前は孫悟天様とお伺いしておりますが」
     馴染みのある名が耳を突き抜けると、手に持っていたネクタイを地面に落とす。
    「あ、ああ……分かった……ありがとう……」
     トランクスは憤然とした気持ちと、嬉しい気持ちとで心の中がぐちゃぐちゃになった。
     確かに、仕事に追われて精神的に滅入っているのでアイツの呑気な顔を見られたら、その疲れが一気に吹き飛ぶかもしれない。けれど、落ち着いたら連絡をすると言ったのにも関わらず、このクソ忙しい時に押しかけてくるマイペースさにはどうしても怒りを覚える。
     エレベーターに乗り、最上階に近づけば近づくほど悟天の気を強く感じられた。
     到着するなり、トランクスはいつも泊まっている部屋を乱暴に開ける。
     暗い部屋に一つの影。それは美しい満月に見守られながらスースーと寝息を立てていた。人が寝るベッドで、よくも気持ち良さそうに……。
     トランクスは大股で親友に近づく。
    「おい、悟天……」
     声をかけても返事はない。
     さて、どうしたものか。叩き起こしてやりたいところだが、こんなにも気持ち良さそうに眠られると気が削がれる。
     仕方なくベッドの縁に腰掛け、月明かりに照らされた悟天をじっと見つめる。昔と変わらない、あどけない寝顔。
     なんでか、さっきまであった怒りがスッと消えて突然泣きたくなってきた。
     悟天に会うと、どうしても安心してしまう。どれだけ自分らしくないことをした後でも、ちゃんと帰って来られたという実感が湧いて胸がいっぱいになる。
     無意識で悟天の頬を愛しむように撫でてしまうと、バッドで頭を殴られたような衝撃が走った。
     ああ。一体何をしているんだ、オレは。
     正気にかえり、歯痒さでじっとしていられなくなる。トランクスはスーツを乱雑に脱いでは、ソファの背もたれに引っ掛けた。
     オレもお前みたいにとっとと寝たいよ。そう心の中でぼやいてシャワールームに向かう。
     緊張で嫌な汗をたくさん掻いた。それらをさっぱりと洗い流したら、気持ちがまた幾分か楽になる。
     寝巻きとして着用しているチャコールのTシャツとスウェットパンツは開放感があってお気に入りだった。仕事を終えてから漸く自分の時間を体感する。
     シャワーと歯磨きを済ませ、髪を雑に拭ってからフェイスタオルを首に下げる。ベッドに戻れば、悟天はまだ気持ちよさそうに眠っている。
     安らぎを与えてくれた寝顔は、シャワーを浴び終えた後だと腹立たしいものに変わっていた。これがあるべき感情だろう。トランクスは部屋の明かりをつけ、悟天の眠るベッドを蹴った。
    「おい」
     ズズッと大きな音を立ててベッドの定位置がズレる。呆れが色濃く滲んだ声で呼びかけると、それは目をパチパチと瞬かせる。
    「んへ……」
     間抜け面のお目覚めだった。無表情で見下せば、悟天は飛び起きた。
    「あはは……お、おかえり……」
     眉をハの字にして、誤魔化すように笑うので睨んでやる。
    「警察呼ぶぞ」
    「え⁉︎ なんでさ、許可は取ってるよ? ブルマさんに聞いてみなよ」
     そうだった、これは会長───すなわち、母さん公認の侵入者だった。
    「母さんはオレのプライバシーをなんだと思ってるんだ……」
     怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきた。トランクスは溜息をついて一旦ベッドから離れる。
     ガシガシと髪を拭きながら冷蔵庫を開けて缶ジュースを手に取り、プルタブを捻ってプシュッと小気味良い音を鳴らした。喉元を上下して水分補給をする。
     悟天の視線をじりじりと感じるが、無視していると。
    「あ……お疲れ様! 会見見たよ! 重大なプロジェクトって復興に関するものだったんだね」
     労いの言葉が沁みる。
    「ああ……もうクタクタだよ」
    「あれって、つまり人造人間だよね?」
     だが、孫悟天という男は純粋無垢で、デリカシーに欠ける男なのだ。トランクスは眉間に皺を寄せた。
    「クタクタなのにまだ仕事の話させるのか」
    「あ、ごめん……」
     しゅんとした声に言いすぎたかと向き直ると、悟天は目をギュッと瞑って胸を押さえていた。言葉が形となって突き刺さったのだろうか。トランクスは壁に寄りかかって、缶に口をつけたままその様をしばらく眺める。そして、やれやれと続けた。
    「そうだよ、要するに人造人間だ。以前から構想はあったものの、過去に悪の軍団が行使していた技術に限りなく近いってことで危険視されていた。でも最近、完全な制御システムが出来上がったから……これならあと一年もすれば世界は元に戻るかもしれない」
     悟天「うんうん」と話を聞きながら、トランクスが蹴ったことで大きくズレたベッドを軽々と定位置に戻して、その上であぐらをかいた。
    「トランクスくんはやっぱりすごいや!」
     煌々とした笑顔で言われると、トランクスは気まずくなって目線はそのままに顔だけを逸らした。
    「なにがすごいんだよ……オレは何もしてない、開発には携わってないんだからな」
     ただ段取りを決めているだけ。自分は無力だ。心の端から劣等感が滲み出す。
    「でも、プロジェクトの指揮を取ってるんだよね?」
    「まぁ、そうだけど……」
     自分には何の力もない。なのに、コイツはそれを知らない。知らないで、キラキラした敬服の目を向けてくる。
     この目を見ていると、どうしてもやる気と自信が湧いてしまう。つい、大きなことを口にしてしまう。特に子供の頃はそれが顕著だった。
     トランクスは現実を見据えて、付き纏う過去の幻影を振り解いた。缶ジュースを片手に、悟天の横に腰掛けて足を組む。
    「じゃあ、これは知ってるか? オレはネットじゃ顔だけの無能社長って叩かれまくりなんだぜ。色んな記事で母さんやおじいちゃんと比較されてボロクソだ、女にチヤホヤされるだけが取り柄ってな、はははは! 」
     最初こそショックだったが今では受け入れて自分の中で笑い話になっているもの。それを当たり前のように話すと、朗らかな笑顔が一変して無になる。悟天は何が面白いのかまったく分からないといった表情を浮かべている。
    「誰がそんなこと言うの?」
     空気が凍てついたのを感じ取ると、トランクスは笑うのをやめて表情を強張らせた。缶ジュースをサイドテーブルに置いて、悟天の機嫌を伺う。
    「な、なんで悟天が怒るんだよ……」
    「大事な人を悪く言われたら、頭に来るよ」
     唖然として目を見開く。
     ああ、もう。
     何でコイツは、いっつもこうなんだ。自分で自分を大切にできない時、よりにもよってこういうことを言ってくる。オレの代わりにオレを大切にしてくれる。嬉しいのに、しんどい。
     胸の中でほろ苦く広がる感情を上手くまとめられず、視線を落とした。ただ浮かんだ言葉だけを口にする。
    「……お前って、そういうところはガキの頃から変わんないな。自分が悪口言われてもヘラヘラしてるくせに」
     まともに悟天の顔を見ることができない。勝手に気恥ずかしい気持ちになっていると、拳一個分開いていた距離をゼロにされる。
    「トランクスくんも、ボクの前だと昔と全然変わんないよね。会見の時の真剣な顔が嘘みたい」
     肩と肩が触れると、トランクスは軽い肘鉄を悟天に喰らわせる。
    「うるさい」
    「へへ……」
     久しぶりの空気感だった。
     仕事中もコイツがずっとそばにいてくれたらいいのに。そんなことを考えては『もう一回付き合おうよ』と言われた日を思い出して怖くなる。
     その矢先。
    「トランクスくんはすごい頑張ってるよ」
     ぎゅっと悟天に抱きしめられ、心拍数が爆発的に上がる。暖かくて、優しい体温。呆気に取られ、みるみると頬が染まる。何かが迫ってくるような感覚。
    「やめろよ……」
     この体温を感じると、何かが霞んで、過ぎる。明確に思い出せないくせに、妙に引っかかる。その得体の知れないものから逃れるように悟天の胸を押し除けた。
     髪をかきあげてからサイドテーブルに置いた缶ジュースを一気に飲み干して、口元を手の甲で拭う。
    「お前もう帰れよ、オレは寝る」
     照れ隠しでもするように手荒く部屋の照明を消し、ベッドに潜り込んでは悟天に背中を向けた。
    「えっ! 泊まる気で来たんだけど」
     まぁ、そうだろうとは思った。
     トランクスは仰向けになって、抗議の言葉を口にしようとしたが、もう何も浮かばない。せめてと横目で睨んでみるが、それは眠気のせいかいまいち威圧感が発揮されない。
    「あーあ……もう追い出す気力もない……」
     悟天はそれを了承と受け取ったのか、暗がりでもよく分かる眩しい笑顔を向けてくる。
     もういいや。
     トランクスは悟天の方に寝返りを打った。
    「八時になったら起こしてくれ、変なことしたらぶん殴るからな」
    「うん」
     都合のいいように扱っているような罪悪感がある。けど、押しかけてきたのはコイツだし、これくらい許されるだろう。
     目を閉じても、焦げ付くような視線を感じる。それは心地が良くて、できればずっと感じていたかった。
     侘しい夜を一人で眠る虚しさが紛れていく。
     やっぱり、どんなことがあってもコイツはオレにとっての太陽なんだ。
     疲労で溶けゆく体。夢に落ちていくような浮遊感の中で、譫言のようにこぼれた。
     明日なんて来なくてもいいのに。
     






     世界を震撼させた共同開発プロジェクト、かなり惜しい計画だ。
     超高性能型アンドロイド導入計画などと大層に謳ってはいるが、要は人造人間を用いた都市復興活動。我らが築き上げた技術を流用し、正義のおままごとに使おうと言うのだ、見過ごすわけにはいかない。
     帥先するのは当然、プロジェクトを発案したカプセルコーポレーションの若社長だ。彼はサイヤ人と地球人の混血で、我々にとってかなり特別な存在である。それと同時に、都合の良い存在でもあった。
     プロジェクト乗っ取りの他に、もう一つの企てがある。その準備を水面下で進める。
     全てはこの薄暗いオペレーションルームで密かに動き出す。
    「遠隔操作チェック問題無し、トレース消去完了」
     オペレーターが逐一報告すると、カタカタとパネル音がしつこいほどに響く。
     カプセルコーポレーション製のアンドロイド機体は、蓋を開けてみれば我々の誇る技術と酷似しているだけで全くの別物であることが分かった。しかし、皮肉にも回路構造は穴だらけだ。共通点も多く、実に扱いやすかった。
     大型モニターには、指示した通りに動いたアンドロイド達のデータが映し出されている。全ての人造人間に適合する信号。今しがた、何もかもが我らのものであることが証明された。
    「順調だな……会見も無事に終わったことだ、あとは運用開始を待つのみか」
     自身の横に立つ、萎縮しきった男の肩をポンポンと叩く。
    「一度の失敗も許されない。ヘマはするなよ」
     チャンスは、今しかなかった。
     復興する前の不完全なこの世界でしか、実現し得ないのだから。







    「トランクスくん、八時だよ。起きて」
     ゆさゆさと揺すられて意識が戻ってくる。さっきまで子供の頃の夢を見ていた気がする。夢とおんなじ、幼馴染の気配を間近に感じる。
    「おはよう」
     トランクスは何かを抱きしめて眠っていたようで、それはまだ腕の中にある。
    「嫌だ、まだ寝る……」
     それに顔を埋めると、ごつごつとした硬さがある。
     この違和感は───ああ、これ、悟天の腹だ。
     気づいてもなお、放すことができない。
    「トランクスくんって寝起き悪いよね」
    「疲れてんの……」
    「そっか、そうだよね」
     髪の毛を梳かれると、心地が良くてまた眠気に抗えなくなる。
     悟天の匂いだ。
     さわさわと髪を撫でられ続けると、次第にくすぐったく感じ始める。頭を左右に揺らすことで手を振り払い、ぎゅっと悟天の腹に縋り付くと突然意識が覚醒した。
     最悪の朝だ。
     トランクスは悟天を放し、むくりと起き上がった。
    「仕方ない……準備するか……」
     まるで何事もなかったかのようにやりすごそうとしている自分が心底アホらしかった。ついでに「変なことしたらぶん殴る」と言っておきながら自ら抱きついていた事実が重くのしかかって、しょうもない気持ちになってきた。
     最悪だ、本当に。
     でも、コイツが同じベッドに潜り込むのが悪い。寝るならソファで寝ればいいのに。このホテルのソファはそこらのベッドよりもふかふかで寝心地は最高だ。
     ふいとソファを見れば、己の私物で山になっており、失望で目を覆った。全部、自分が蒔いた種。
     急に嫌な予感がして、トランクスはさりげなく部屋のゴミ箱を覗いてみたが、この前のようなことは起きていなかった。
     変な汗を掻きながら、トランクスは身支度を始める。
     悟天は抱きつかれていたことに対して特に気にかけていないようで、ベッドの上でこの部屋の鍵をただ凝視していた。
     他フロアの鍵と違って、ルームキーホルダーすらついていない剥き出しの鍵。
    「ねぇ、この鍵……これって預かっててもいいかな……? あ、もしかしてお客さんも使う?」
     ネクタイを結びながら、怪しむように見遣る。
    「この階は完全にうちが所有してるから客が来る心配はないけど……お前! また待ち伏せる気か!」
     どしどしと詰め寄ると、悟天は両手で顔半分を隠した。
    「人聞きの悪い言い方しないでよ……ただトランクスくんが心配だから……ブルマさんもすごく心配してたよ」
     胸ぐらに掴みかかりそうだった勢いが突然収縮する。
    「母さんが?」
     悟天は小さく頷いた。
    「電話した時に『なんかあったら仕事なんかほったらかして帰ってきても良いわよ』って言ってたよ。お互い忙しくて顔も合わせてないんでしょ?」
     ずっと一人だと思っていたから、こんな温もりをいっぺんに感じると、つい甘えてしまいそうになる。
     トランクスは何も言えずに立ち尽くした。
    「ずっと張り詰めたままだと、つらいよ」
     悟天がベッドから降りて、手を握ってくる。
    「昔みたいに我儘言ったり、無茶振り言ってもいいよ、ボクのできる範囲でなら絶対叶えるからさ」
     ああ、もう。
     トランクスは泣きそうになっている自分を隠して、小馬鹿にしたような笑みを貼り付けた。
    「なんだそれ……お前に頼らずとも自分でなんだって解決できるよ、オレを誰だと思ってんだ」
    「あ……確かにそうだね、あはは」
     手を振り解くことができない。
    「悟天は……優しいよな」
     ぽつりとこぼす。
    「ハイスクールに通うようになってから急に色気付いて、カッコつけるようになって、オレが社長になって苦労してる間もお前はふらふら遊び歩いて、頭の中は女の子のことばっかりで、正直ムカついてた時期もあるけど」
     本音を交えて話すと「あ、あはは……」と悟天がぎこちなく笑う。その間抜け面を穴が開くくらいまっすぐに見つめて。
    「でも、こういうところはずっと変わらない。お前のそういうところが好きで、甘えっぱなしだ……だから、昔のオレは……あんなガキだったんだろうな」
     意地を張らずに素直に伝えると、悟天の目が丸くなる。
    「そういえば、久々に会った夜も渋ってたお前に無理言って飯に付き合わせたんだっけ……あれも我儘か……我儘なんて久々に言った気がする」
     コイツ以外に我儘なんて言えない。子供の頃とは違って責任を負う立場だから、我慢してばかりだった。
     大人になったから、全て自分でなんとかしなければならないと自ら呪いをかけてきた。
     なのに、こいつと二人きりになったらこれだ。不甲斐なくなってきた。
     だが、悟天は嬉しそうにして手を握る力を強めてくる。
    「もっと言っていいんだよ!ボクでよければなんでも聞くよ!」
     本当に、ガキの頃から変わってない。いつまでもガキのまんま。
    「バカ……そんな暇ないんだって」
     名残惜しくも、悟天の手を振り解いてスーツに腕を通す。
    「分かったよ……鍵は預けとく」
     うんざりと言ったつもりでも、語尾からは喜びが滲んでてこそばゆい。だが、悟天はそれ以上に喜んで騒ぎ出す。
    「やったぁ! 会いたくなったら呼んでね、飛んでくるから! 呼ばれなくても来ちゃうかもだけど」
     「えへへ」と無邪気に笑う顔をじっとり見て頬を掻く。
    「……来たところで会える保証はないからな、ここに帰る時間なんてまちまちだし」
    「うん、それでもいいんだ」
     悟天のマイペースさに対する怒りは結局嬉しい気持ちに飲み込まれて、跡形もなくなってしまった。
     帰ったらここに悟天がいることを期待している自分が確かにいた。
     


     勝手に押し掛けたんだ、邪険に扱われて当然。そう考えていたのに、意外と事は穏やかに運んだ。
     トランクスが寝泊まりする部屋の鍵をまさか本当に手に入れられるとは思っていなかったので、悟天はふつふつと喜びで口角が上がった。
     だけど、それ以上にずっと胸に引っかかっていることがある。
    『じゃあ、これは知ってるか? オレはネットじゃ顔だけの無能社長って叩かれまくりなんだぜ』
    『色んな記事で母さんやおじいちゃんと比較されてボロクソだ』
    『女にチヤホヤされるだけが取り柄ってな、はははは! 』
     本人はまるで気にしていないような素振りで、面白おかしく言っていたけれど。
     悟天はそのことについて、ずっとモヤモヤしていた。誰かのために身を削っているトランクスがなぜ悪く言われなきゃいけないのか。一体どんな奴らが吹聴しているんだろう。どうにかしてやりたいけれど、現実問題無理だ。なのに気になって仕方がなかった。
     日毎にトランクスへの想いが強くなっているのは、自覚するまでもない。
     調べるにしても、そもそも電子機器なんて少年時代に手に入れたゲーム機と携帯端末くらいしか持っていない。コンピュータ類は兄が家を出るときに全て持って行ったので、うちにはない。
     さて、どうしたものかと考える。
     兄ちゃん家に行けばいいじゃん。
     とても簡単な事だった。早速兄に電話すれば、今は特にレポートの作成もしていないし、ミーティングもないとのことで使っても問題ないという。
     悟天は朝食を摂ってからすぐに家を出た。
    「兄ちゃ〜ん!」
     家の外から大声を出せば、兄である孫悟飯がひょっこりと顔を出した。
    「悟天! よく来たな」
    「やっほー兄ちゃん、パソコン貸してぇ」
    「ああ」
     今は姪っ子のパンも、義姉のビーデルも不在のようだった。兄の部屋に入るのは久しぶりで、なんだか懐かしい気さえしてしまう。
     兄がパソコン周りに散らばった書類をまとめると、仕事をする際の特等席に座ることを促した。悟天は「ありがとう」と腰掛け、コンピュータに電源を入れる。
    「ところで……何を調べるんだい」
     兄が後ろで中腰になってパソコン画面を眺めて言う。悟天は素直に答えた。
    「トランクスくんのこと」
    「トランクス?」
    「トランクスくん、ネットで悪口言われてるんだって」
     きょとんとしてから、兄が小さく笑う。
    「トランクスは有名人だからな……でも、そんなの調べてどうするんだ? 気分が悪くなるだけだろ」
    「でも、知らなきゃいけないと思って」
    「そっか」
     ぎこちなくワード検索を始めると、兄の気配が離れる。
    「じゃあ、兄ちゃんあっちの部屋にいるから」
    「ごめん、仕事で忙しいのに」
    「いいよ、気にするな」
     バタンと部屋の扉が閉ざされ、一人きりになる。
     自分の名前を検索しても何も出てこないのに、トランクスの名前だとたくさんの記事が出てくる。個人が書き記したものや企業が掲示しているものまで、様々だった。
     掲示板はどうなんだろうとアクセスしてみれば、それこそ罵詈雑言の巣窟だった。
     『無能社長』『俳優気取り』『七光』『エゴイスト』『偽善者』などなど……。
     読めば読むほど反論が思い浮かんで腹の底がムカムカとするのだが、しかしトランクスが笑いながら口にしていた内容が口汚く言い換えられているだけで、冷静に読んでみるとイマイチ説得力がない。だから、トランクスは笑って受け入れていたのだろうか。
     少し見ただけで全貌が分かった気がする。しばらく読み漁ってみたが、くだらない以外の感想が浮かばなくなる。でもやっぱり、ムカつく。
     別の情報を探してスクロールをしてみれば、一つのコミュニティが目に入った。開くと、ギョッとしてマウスを握る手に力が入ってしまう。あやうく破壊するところだった。
     それは、トランクスのファンが集うチャットで、現在進行形で更新されているのだ。悪口まみれの掲示板よりもインパクトがあり、あっという間に悟天の頭の中を占めた。
    「はえ〜……」
     思わず声を漏らしてしまう。
     どれも熱量が凄まじく、ログを見てみるとトランクスの奪い合いで言い争いにまでなっている。一人称などを見るに、ほとんどが女性だと思う。
     『女にチヤホヤされるだけが取り柄』というのは、こういうものを見て出てきた悪口なのだろうか。
     恥ずかしげもなく、たくさんの『大好き』『愛してる』がログを流れていく。それは顔もわからない人達がトランクスに向けて放っているもの。でも、その感情は自分にもある。
     そうか。
     トランクスに熱烈な好意を寄せているのは自分だけじゃない。
     それに気づいてしまうと、急に焦燥感に襲われる。考えてもみればそうだ、才ある大金持ちのトランクスが世間から放っておかれるわけがない。スクール時代だって異性同性問わず人気が高かった。
     なのにボクは、素面のトランクスくんから幼馴染の親友としか思われていない。
     もしかしたら、恋人はいなくても婚約者がいるのではないか。
    『……なんで?』
     告白した時の表情、言葉を思い出すと合点がいってしまう。誰かに奪われてしまうかもしれないという恐れがじわじわと侵蝕してくる。
     どうしようもないほどに苦しくなって、悟天はブラウザを閉じた。ふらふらと部屋を出ると、兄が本を開いて何かのメモを取っている。
    「もういいのか?」
    「うん……」
    「顔色が良くないけど……」
    「大丈夫! じゃあ帰るよ、またね兄ちゃん! ありがとう!」
     悟天は空元気で笑って、兄の家を発つ。帰るなんて言いながら、トランクスの寝泊まりするホテルにまっすぐ向かっていた。事実を確認したくて居ても立ってもいられない、子供っぽい自分。これで自己嫌悪するのは何回目だろう。
     ホテルに行くのは良いとして、フロントで追い返されたりしないかな、と不安に思っているとまったくそんなことはなく、この間と同じように簡単に部屋に入れてしまった。
     当然だが、トランクスはいない。
     ソファを見ると、物がなくなっている。気を利かせて、トランクスが掃除してくれたのだろうか。
     昨日の今日でお邪魔するのは悪いなと躊躇って、あれからひっそりと数日が過ぎていた。
     トランクスが自分のために、自分を意識してスペースを作ってくれたというのがこの上なく嬉しくて、へへ、と笑ってソファに腰掛ける。すると、張り詰めた糸がピンと弾けるような、ごく些細な違和感を覚える。
     これは。
     心の底から求めていた人の気が迫っている。悟天はすぐさま立ち上がった。
     しばらくして。
    「うわ、本当にいるよ……」
     扉が開いて、想い人が現れる。それは幻でもなく、ちゃんと実体がある。
    「トランクスくん!」
     嬉々として呼べば、トランクスがなんとも言えない表情で近づいてくる。
    「悟天、お前……今なんの仕事してるんだ?」
     突然の問いだった。
    「え? 仕事? してないよ?」
     本当のことを言うと、トランクスが額に手を当てた。
    「お金がなくなったら適当に働くけど、今は特に何も」
     強いて言うなら、母の畑仕事を手伝っているが、それは定職に就いてるとは言えないので敢えて口にしなかった。トランクスが肩をすくめる。
    「情けないやつだな……悟飯さんはしっかり学者してるのに、なんでお前はそうなんだよ」
    「でへへ」
    「何も褒めてないぞ……」
     トランクスが横を過ぎて、ソファに腰掛けるので悟天もその横に座った。
    「じゃあさ、トランクスくんがボクのこと雇ってよ! 強力なボディガードになるよ!」
     そしたら、毎日でも一緒にいられるのに。
     冗談にほんの少しの期待を含めて提案すると、トランクスが顎に手を当て、考える素振りを見せるので思わずドキッとする。だが、急に睨まれた。
    「オレにボディガードが必要だと思うのか?」
    「それもそうだね……」
     期待させられたが、あっさりと却下された。
     ふと、トランクスの身なりに目をやる。仕事帰りにしては随分とラフな格好。
    「あれ? 今日はスーツじゃないんだね」
     指摘すると、トランクスが後ろ首をさすった。
    「ああ……今日の仕事は午前中だけだったんだ。本当は家で休もうかと思ったけど、お前がここにいるかもって思ったから」
     ──つまり、トランクスくん自らボクに会いに来てくれたって言うこと?
     これは悟天の部屋ではなくトランクスの部屋なので、会いに来たのはどちらかと言うと悟天の方なのだが。
     進展などなく、以前と変わらない距離感のはずなのに、どうしてこんなにも嬉しいんだろうか。
     なんだか照れくさくなって、両手の指先を合わせてもじもじする。最近の癖だった。
    「仕事、落ち着いたんだね」
     トランクスはソファの背もたれに肘を置いて頬杖をついた。
    「まぁ、キリがいいというか……あと一仕事あるけど」
    「そっか……」
     疲れの残った横顔。それは一生懸命になっている証だった。
    「頑張ったね」
     何もできないからこそ、せめて抱きしめる。独りよがりな行動かもしれないけれど、それでも。
    「……お前さ……」
    「ん?」
     前回と同じく、速攻で胸を押し除けられる。喉元で言葉がつっかえている様子。のちにトランクスはやるせなく顔を左右した。
    「まぁいいや……」
    「なに? 言ってよ」
     顔を近づけると、面映ゆいのか逆に顔を逸らされた。
    「今まで付き合った子にこういう風にしてたんだなって」
    「え、あ……ど、どうだったかな……?」
     思わぬ言葉にこちらが動揺してしまう。けど、これって。
     なんだか懐かしい感じ。
    「……まさかヤキモチ妬いてくれてる?」
     しつこく顔を覗き込むと、横目が細められ、きつく睨まれる。
    「そんなわけないだろ……お前に女みたいに扱われるのが不愉快なんだよ」
    「え〜……」
     今までの彼女に抱く気持ちとは全然違うのに───あれ。
     この瞬間、いろんなことを思い出した。つい浮かれてあっさり忘れてしまっていた此処に来た理由も。
      『大好き』『愛してる』の文字が目紛しく流れる電子世界の不快感。全部思い出すと、反射的に拳を握ってしまう。
    「ボクは妬いたけどな」
    「……は?」
    「この前、言ってたじゃない……ネットで叩かれまくりだって……トランクスくんのこと悪く言ってるのはどんな人たちなんだろうって、気になって調べちゃったんだけど」
    「余計なことを……」
     急に空気が変わって、重たくなっていく。自分本位でしかないと分かっているのに、続けてしまう。
     自分の入り込む隙があるのかどうか、確かめないといられなかった。
    「トランクスくんのこと悪く言ってる人も確かにいたけど、その逆もたくさんいるんじゃないか……トランクスくんってアイドルでも俳優でもないのに、すごい人気があるんだね……びっくりしちゃった」
     トランクスの頬が少し染まる。それを誤魔化すように首の後ろで腕を組んで、天井を見上げた。
    「若社長ってだけで話題性はあるからなぁ……むしろ、それだけなのによくキャーキャー騒げるよな、あの人たちってうちの金が目当てなのかな」
    「トランクスくんってそういうところ無自覚だよね……」
    「仕事でそれどころじゃないから」
     こんなのは慣れっこなんだ。
     無関係の自分が思い悩んでるのに、本人は全く気にしていない。もうすでに将来の相手が決まっているからこその余裕だろうか。
     嫌だ。
     暴走を止められず、悟天はさらに踏み込んでいく。
    「やっぱり……交際の申し出とか、お見合いとか……いっぱいあるの?」
     数秒の沈黙が流れ「はあ?」と間の抜けた声が上がる。
    「実は婚約者がいるとか……」
    「そんなのいない、いるわけないだろ! 変な勘繰りするなよ! いたとしても、お前には関係ない!」
     お前には関係ない。
     こんなにも胸を裂くような言葉、ないと思う。
    「関係あるよ!」
     声を荒げると、トランクスの肩が少し跳ねた。
     気持ちが抑えられない。
    「好きだもん……トランクスくんのこと」
     切迫した表情で伝えると、トランクスが少し目を見開く。次第にいつかと同じばつの悪い顔に変わっていく。
    「その鍵を渡したのは、親友としてで……そういう意味で渡したんじゃないぞ」
     勝手に突っ走って、勝手に撃沈する。
     この突き放される感覚は、おそらく因果応報。
     悟天はさらに拳を強く握った。
    「分かってるけど……分かってるけど……っ、トランクスくんはずるいよ!」
    「な……」
     溜め込んだ感情がまた爆発する。身勝手な言葉達が、まるで蛇口を捻って流れ出す水の如くあふれてくる。
    「『お前と遊んで暮らしたい』って散々言ってさ、お酒に酔ってたとはいえ、『好き』『大好き』って言って何回もせがんで! ボクの気持ちはどうなるのさ!」
    「だから、酔っ払いの言葉を真に受けるなって言っただろ!」
     お互い声を荒げて、まるで喧嘩だった。
     なんでこうなっちゃうんだろう。鍵を貰うまでは、苦しくても幸せだったのに。
     バッタリ会った日の夜。あの時のトランクスが嘘の存在だとはどうしても思えなかった。あれが隠された本音なんだと思っていた。
     手をすり抜けていくのが虚しくて、捕まえておきたくて、気づいたらトランクスの腕を掴んではソファの上で押し倒している。
    「悟───、」
     ダメだと誰かが脳内で引き留めるのに、それをも振り解いて口付けていた。
    「んん、…」
     唇を割って舌を捩じ込めば、くぐもった声が口端から漏れる。
     ちゅ、くちゅ、と艶かしい音を鳴らして口内を犯し、唾液を絡める。
     初めてキスをした日は、トランクスも嬉々として舌を絡めていたのに、今はされるがままで意思を感じない。虚しいのに、二人ともこの行為をすぐにやめられなかった。
     トランクスの腕に元々あった力がだんだんと抜けていく。悟天との行為を享受して、熱っぽい息遣いと声が室内に溶け込む。
     息継ぎをしてまた深く口付けて、また角度を変えようとしたその時。トランクスがハッとして、顔を逸らした。
    「、やめろ!」
     突如として腹部に膝がめり込む。悟天はまともにそれを受け、悶絶寸前でトランクスを解放した。
    「お前の下心に気づかないオレが馬鹿だった……!」
     裏切り者を見る目を向けられて漸く冷静になった。
     こんなことがしたかったんじゃないのに──弱みに漬け込んで、最低だ。
     どうしてか自分自身を御することができない。ここまで酷いのは生まれて初めてだった。執着するものなど一つもなく、流されるままに生きてきたのに、譲れないものができてしまうとこんなにも勝手な生き物になる。
    「あの時、友達に戻らなければ……今こんなことになってなかったのかな……」
     弱々しく、後悔の滲んだ言葉。
    「かもな」
     それは無愛想に、遠回しに肯定される。
    「友達に戻ろうって言った時、オレは期待してたよ」
    「え……」
    「お前が『嫌だ』って言ってくれることを」
     薄ぼんやりとしていた当時の記憶が鮮明に蘇る。
     まっすぐに嘘偽りなく終わりを告げてきたトランクスからは、一切そんな感情を汲み取ることができなかった。
     だから、今トランクスが放った言葉を信じられない。出鱈目なことを言っているんじゃないのか。
    「じゃあなんでボクのこと好きなのに、自分から友達に戻ろうなんて言ったのさ!」
     疑心と怒りが同居する問いかけは、トランクスの鋭い眼光で勢いを殺される。悟天は思わず「ひっ……」と情けない声をあげた。
     目線だけで悟天を諌めると、トランクスは溜息をつき、身なりを整えてからソファに座り直した。
    「……悟空さんも名前の通り、空みたいに自由な人だったろ。悟飯さんもなんだかんだで昔からマイペースだし」
     物悲しい目が伏せられる。
    「『もっと自由でいたいよ』」
     体がピクリと動く。覚えのある台詞だった。
    「お前がそう言った時……お前も例外なく、いつだって自由な奴だったってことを思い出した」
     そうだ。そういえば、そんなことを言った。
    『こういうのって束縛っていうのかな……ボクはもっと自由でいたいよ』
     あの時は、本当にそう思った。好きな気持ちは確かにあるけど、何かを疑われて制限されるのがすごく嫌で、めんどくさいと思った。
     何かがピッタリと合わさる。
     これは今のトランクスくんが抱いてる感情と同じなのかな。
    「オレはお前の言うとおり我儘だし、無茶ばっかり言うし……そういう意味で付き合いだしたら、お前のこと押さえつけて、本来のお前を変えてしまうかもしれない……そう思ったら、怖くなった」
     長年知り得なかったトランクスの心。
     分かった気になって、全然分かっていなかったことを叩きつけられて、調子付いていた自分が萎縮していく。
    「賭けみたいなものかな……お前が『友達に戻ろう』って言葉に『分かった』と返すなら、お前は自由でいるべき人間で『嫌だ』って答えたのなら変えちまってもいい、ってさ」
     トランクスの遠くを見るような切ない眼差しが突き刺さって、深くを抉り取っていく。
    「結局、友達に戻ったことは間違いじゃなかった。お前が変わっちまうのは、やっぱり嫌だし」
     トドメの言葉が来る。
    「付き合わない方がいいよ、オレたちは」
     悟天は拒絶の言葉をグッサリと身に受けて、満身創痍だった。息絶え絶えでなんとか言葉を振り絞る。
    「あ……えと、あの時『めんどくさい』って言っちゃったこと……ずっと謝りたかったんだ……傷付けちゃったよね」
     ごめん、と言いかけた時。
    「いや、そのことは別に……」
    「えっ」
     細められた目がこちらをきつく睨む。
    「オレも同じことされたらめんどくさいって思うから」
    「あ、あはは…はは…」
     どこまでも人の心を汲み取るのが下手で、鈍感で、デリカシーがなくて、自分はどうしようもない奴だと太鼓判を押されて、もはやオーバーキルだ。
    「……やっぱり、ダメ?」
     上目遣いで言う。
     するとトランクスは「うっ……」と小さい呻き声を上げて、ぷいと顔を逸らした。
    「……考えてもみろよ。多忙で自由のないオレと、自由気ままに生きてるお前とじゃ生活リズムだって合わないし……性格の相性は友達としては最高だけど……恋人としては最悪だ。たまに会うくらいがちょうどいいだろ。一回付き合って分かっただろ」
     悟天は口をぽかんと開けて、うっすらと涙を浮かべた。
     たまに会うくらいがちょうどいい……⁉︎ 嫌だっ……毎日会いたいっ……!
    「でも、あの時は子供だったから……」
     言い訳っぽく食い下がるが、トランクスには通用しない。顔を左右される。
    「酒で潰れた日に、お前をめちゃくちゃにすること言っちゃったみたいだけど……それは本当に悪かった。別にオレじゃなくても相手はいるだろ」
     トランクスは自分にとって運命の人なんだと信じて疑っていない今の自分にそんなことは考えられなかった。
    「無理だよ……だって……すごく、好きになっちゃったんだもん……トランクスくん以外の人とは考えられないというか……生まれて初めてかもしれない、こんなの」
    「よく言うよ……自覚がないだけだ、オレはお前のそういう顔を遠目で何回も見てきた、なんなら鼻の下伸ばしてオレなんかよりももっと良さそうにしてたぞ」
    「違うんだってば……」
     言葉が、心が通じなくなっていく。まるで分厚い壁を作られて隔たれているようだった。もがいても、それは厚みを増すだけ。
    「思わせぶりなことはしたくない。諦められないならもう会うのやめようぜ。さ、鍵返せ」
     厚い壁に阻まれた挙句に、天井が迫ってきて押し潰される。
    「な、なんで⁉︎ ボクとトランクスくんの仲じゃない、そんなこと言わないでよ! 鍵は返さない!」
     ポケットに入れていた鍵を慌てて取り出し、後ろ手にぎゅっと握ってトランクスから隠すと、トランクスの眉がピクピクと痙攣した。
    「お前ほんとにガキだな! 返さないならこのフロアの鍵全部取り替えるだけだ、フロントにもお前を通さないよう伝えとく」
     どんどん、足場が崩れていく。
     お前なんて必要ないと告げられている。
     ボクにはキミが必要なのに。
    「それってさ、ボクと縁を切りたいってこと……?」
     微かに震える声は、涙がこぼれる寸前のサイン。
     トランクスは決まりが悪そうに目を逸らした。
    「そこまでは……言ってない」
    「言ってるようなものじゃない……」
     別れを告げられても「こんなもんか」で受け入れられたのは、ちっとも喪失感がなかったから。交際を無理強いするのはおかしいことだし、別れても隣にいることだけは許されてた。エッチなことはしてもしなくてもどっちでも良かった。だから、恋人という形には拘ってなかった。でもそれは、間違ってたんだ。あの時、諦めちゃダメだったんだ。
     今度こそ、隣にいることすら許されなくなる。
     視界がぐにゃりと滲んで、歪む。ぼたぼたと温かいものが目からこぼれていく。
     トランクスがギョッとした。
    「うげ! な、なんだよ……お前まだ嘘泣きなんてするのかよ! 歳いくつだよ!」
    「うるさ〜〜い! 嘘なもんか! 全部本当だよ!」
     全部全部、本当の心。
     トランクスくんの心も、そうなんだろうか。本音はまた別にあるんじゃないの?
     どうしても諦められないんだ。
     目に浮かぶ涙をいっぱいに溢れさせ、トランクスの服の裾を掴む。
    「お願い、会うのやめようなんて言わないでよ〜……」
     もう成人して数年経つ大の男が涙を流している様は、どれだけ滑稽なんだろう。
     でも、この人相手ならどんな無様な自分でも曝け出すことができてしまう。
     トランクスは目の前の状況に狼狽するが、小さく悶えたのち、投げやりに悟天の涙を手のひらでぐいぐいと拭った。
    「……わ、分かったよ」
     根負けして、不服そうな顔。だけど、まるで案じるように優しい目を向けてくれる。
     トランクスが小さく、聞こえないほどの声でぼやいた。
    「なんで今更……」
     もっと我儘を言っていいなんて言って、一番我儘を言ってるのはボクだ。
     悟天は不甲斐なくて、また涙をぽろぽろこぼしてしまった。
     トランクスに対する愛情が深くなれば深くなるほど、心の時が遡っている。
     そう自覚した瞬間でもあった。



     発表会見から時が流れ、アンドロイドの運用も無事開始された。
     現在は社長室で大量に溜まった書類にハンコとサインをする作業を黙々とこなしている。これもかなり久し振りで、死に物狂いの苦労をさせられたのも相まって、今では割と好きな作業になってしまった。
     だけど、書類に目を通しながら、別のことを考えてしまう。悟天のことだ。
     鍵を預けたものの、あれから気まずくてホテルには行っていないし、そもそもホテル暮らしをする必要がなくなって自宅で過ごしている。
     すでに、自分の知らない悟天の片鱗が見え始めている。あんなにもまっすぐに好意を向けられると、絆されてしまいそうで怖かった。
     アイツとのキスが気持ち良すぎて流されかけたのも事実だし。
     悟天とあんなことをするのは初めてだった。付き合っていた頃は、セックス以外に恋人らしいことなんてしたことがなかった。
     口付ける感触をリアルに思い出すと、ザーザーとノイズがかった記憶がよぎる。まただ。
     好き、大好き。
     この言葉がずっとループしてる。

     『お前と遊んで暮らしたいって散々言ってさ、お酒に酔ってたとはいえ、好き、大好きって言って何回もせがんで! ボクの気持ちはどうなるのさ!』

     何かが押し出されるような感覚がある。こっちに来ないでくれと本能が拒絶している。だけどそれは容赦なく、脳裏に到達しようとしている。背中に嫌な汗を掻く。怖い。

    『悟天、っ』
    『好き……』
    『大好き、…』
    『こんな生活、もう嫌だ……戻りたいよ、昔みたいに……』
    『お前と遊んで暮らしたい』

     あ。
     サインの途中で万年筆のインクが跳ねる。トランクスはわなわなと震えて、万年筆をポイとデスクの上に捨てた。
     肘をつき、両手を組んで額に当てる。
     キスしたの、初めてじゃないや。
     じっとして記憶を探ると、なかったはずのものが当然のようにそこに居座っている。
     ああ、どうしよう。終わりだ。
     思い出してしまった、全部。言ったこと、やったこと、なにもかもを。
    『……ボクもだよ』
     熱のこもったアイツの目。あの瞬間は、間違いなく両思いで、愛し合っている同士のそれだった。
     そりゃあ、あんなことしたらこんな風になってしまうのも頷けるというか、一番最低なのはオレじゃないか。忘れてくれ、なかったことにしてくれ、そんな言葉が通用するわけがない。
     好き、大好き……。
     ふつふつと、鮮やかに蘇る。
     悟天とバッタリ会って過ちを犯した日。
     孤独の中、必死に逃げていたところでアイツと再会した。それはまさに闇夜に射す一筋の光だった。本当に嬉しくて、仕事なんて投げ出して永遠にコイツと遊び歩きたいと本気で思ってしまったほど。
     食事を終えた後、それぞれ帰るべき場所に戻ろうという雰囲気になると、それがすごく嫌で、絶対我儘を言ってでも悟天を帰さないという気持ちがあった。
     まるで、二人で映画を観た日と同じだった。ずっと一緒にいてほしいと願ってしまう。
     学生時代、自ら別れを告げたくせに『嫌だ』という言葉を欲していた愚かな己の亡霊は何年経っても消えることなく、背後にゆらゆらと佇んでいて、それは今でもそばにいた。疾っくの疾うに消えたと思い込んでいただけ。
     新しい恋人ができてもすぐに別れるアイツを見ていると、結局悟天は誰のものにもならないんだという安心感が芽生えて、嫉妬心なんてものは抱くことはなかった。だから、もうアイツのことは好きじゃないんだなと勘違いして自己完結していた。
     だけど、今この好意を拒んだら、今度こそアイツは他の誰かのものになってしまうかもしれない。
     頑張ったね、と抱きしめてくることもなくなる。我儘言ってもいいと笑って、無茶振りに答えてくれることもなくなる。
     全部、違う誰かのものになる。
     トランクスは苛立ちながら書類にハンコを押す。じわじわと朱が滲んで、どうしようもない焦燥感が湧く。
     なんでだ。なんで今更こんな気持ちになっているんだ。
    「あの、社長……」
     秘書の声に遮られ、思考がプツンと切れる。
    「……新しい書類をお持ちします」
    「あ、ああ……すまない……」
     仕事中に何をしているんだ。自己嫌悪しながら目頭を揉んでいると。
    「社長、大変です!」
     バタンと大きな音。確認のコールもなしに突然社長室の扉が開かれる。秘書と入れ替わって現場統括の男が乱入してきた。
    「今度はなんだ!」
     仕事とプライベートでめちゃくちゃになっているというのに。
     だが、事はそれどころではなかった。
    「本当に大変なんですよ! アンドロイドが暴走を始めました!」
    「え?」
    「現在、南の都にて修復中及び修復済みの建造物を広範囲で破壊している模様、怪我人の確認も!」
     トランクスは口をはくはくと動かした。
    「そんなはずは……」
     デスクの片隅に所在なさげに置かれていたテレビのリモコンを現場統括がひったくると、すぐに電源を入れた。
    「これを見てくださいよ!」
     画面に映っているのは、まさにアンドロイドが破壊活動を行っている最中のライブ映像だった。コンクリートを拳で砕き、作業員の人間を掴んでは放り投げ、搭載していないはずのエネルギー弾を放って街を壊している。
     十七号さんが暴走していた時と酷似した光景。
    「トランクス!」
     名を呼ばれて振り返ると、ブルマが作業着を着たまま社長室に駆け込んでくる。
    「え、母さん」
    「これは暴走なんかじゃない、誰かに操られてるのよ!」
     テレビを指差し、怒りと興奮でグイと胸に迫る母の肩を掴み、落ち着かせる。
    「暴走してるアンドロイドを遠隔で制御しようとしたんだけど、一切の信号を無視! 何も出来なかった! せめて原因だけでも解析しようとしたんだけど全て正常……でもこれは、どう見ても正常じゃないわよ!」
     嫌な予感がする。トランクスは状況を整理しつつ、ブルマの言葉に耳を傾ける。
    「リアルタイムで隠蔽工作されてるのか、証拠一つ見つけられないし……でもこれは絶対に操られてるのよ、だって私天才だもん! こんなヘマ絶対にしないわ! 信じて!」
    「もちろん、信じてるよ」
     トランクスは今一度、テレビモニターを凝視した。
    「かなりの技術力を持った何かが、このプロジェクトを台無しにしようとしてる……」
     ぽつりと独りごちると、複数の役員が社長室に押し寄せて、人口密度が上がる。
    「社長、至急対応を」
    「分かった……こっちでもいろいろ調べてみるよ。母さんも気をつけて」
     トランクスは被災地の責任者に連絡し、すぐさま措置を施す旨を伝えた。遠隔操作が不可能ならば、その場で破壊するしかない。
     でも、完全制御システムが搭載されていながら、なぜこんなことになる? テストでも問題はなかった。邪悪な何かが一枚噛んでいるとしか思えない。
    「最悪だ……」
     社長席にドカリと腰掛けてすぐ。
    「社長、お疲れのところ申し上げにくいのですが……レッド製薬から招集の依頼です。大至急」
     秘書が先ほどの書類を裏返しにしてデスクの端に置き、予定表の確認を始めた。
     恐る恐るメールボックスを開くと、レッド製薬以外の提携先からも問い合わせの連絡が山ほど届いている。
    「詳しい事情を説明しろってことか……ああ、もう……くそったれ……」
     トランクスはネクタイを結び直して、すぐさま社長室を飛び出した。
     移動中の車内でラジオをつければ、やはりアンドロイドの暴走事件について報道している。焦りに焦っていると、秘書の携帯電話が鳴る。今し方、当該のアンドロイドの鎮静化に成功したと緊急の連絡が入った。
     それでもまだ安心など到底できなかった。
     急足でレッド製薬に到着すれば、会議室に通される。しかし、まだレッド製薬の役員以外未出席のようだった。
     以前来た時にはあったはずのミーティングデスクがなく、ただ広い空間が広がっているだけ。訝しく思っていると。
    「若社長、大変でしたね」
     緊急事態だというのに、レッド製薬の取締役社長が穏やかな笑顔で社交辞令を口にする。
    「ええ、まぁ……ご迷惑をおかけしました。事情は周知の通りですが……全員が集まり次第、詳しい事情と今後の方針をお伝え──」
     刹那。
     カチャリと背後で音がする。質量のある、金属の音。それはトン、と後ろ頭に突きつけられた。誰かが脅しにきている。
     ああ、なんとなく分かってきた。
     トランクスは振り返ることなく、眼前に立つ社長の皮を被ったテロリストへ微笑み返す。
    「なんのつもりですか?」
    「いえいえ、ただ責任を取ってもらおうと思いまして」
    「死んで詫びろということでしょうか……あはは、ご冗談を」
     こんな銃如きじゃ自分は死なない。だが、カチリとハンマーの下がる音がして冷や汗を掻く。脅しじゃない。本当に殺そうという意志を相手が持っている。
     トランクスはトリガーが引かれる寸前に、目にも留まらぬ速さで背後に立つ男の腕を取って掲げた。銃弾は凄まじい音を上げ、トランクスの頭ではなく天井へとめり込んだ。
     強く腕を握れば悲鳴が上がり、トランクスは男の手からこぼれた銃を回収すると、腹に軽い蹴りを入れた。
     軽いつもりだったが、それは盛大に吹っ飛んでしまった。
     またカチャリと銃器の音。
    「いい加減にしろ! なんのつもりだ!」
     振り返ると、微笑んでいた社長の顔が一変、怯えた表情でピストルを構えていた。
     次から次へと降りかかる火の粉。理不尽すぎて頭に来る。徐々に冷静さが欠けていく。
     トランクスは容赦なくレッド製薬社長の頬に拳を打ち込み、銃を奪い取った。
     伸したのは二人だが、会議室内にはあと複数の人間がいる。
     もちろん懐に銃を忍ばせているのは明白だった。キッと睨んで制止していると。
    「今、銃声がしましたが……」
     最悪のタイミングだった。
     他社の役員と警備隊が会議室内に集結、そして目の前に広がる光景に絶句する。
    「これは一体……」
     トランクスの両手には銃。床に転がるレッド製薬の社長と役員。
     罠だ。
     弁解をするべくトランクスが声を出そうとしたその時。
    「トランクス社長にやられた……」
    「え?」
     レッド製薬社長がよろよろと立ち上がり指さすと、トランクスは警備隊に包囲される。
     騒然とする中、レッド製薬の役員たちが次々と声を上げた。
    「そうです! 突然、トランクス社長が殴りかかってきたんです!」
    「私たちは見ていました!」
     追随するように出鱈目が飛び交い、それが合図となる。
    「取り押さえろ!」
    「ちがっ……」
     両の腕を取られ、後ろ手に拘束される。非常にまずい。一旦振り解いて、逃げたほうがいいか。
    「抵抗するな」
     不意に耳打ちされ、頭の中が真っ白になる。
    「あまり罪は重ねない方がいい。戻る場所がなくなってしまうよ」
     告げたのは警備隊の男。
     ちくしょうが……。
     もしかしたら、ここにいるほとんどの者がグルかもしれない。何もかもが仕組まれている。
     トランクスは失意のどん底に沈む。勝ち目がない。誰も自分のことを信じてくれない状況に打ちひしがれる。
     しばらくしてサイレンが轟き、パトカーに押し込まれる。嘘偽りだけで固められた報道が全世界にオンエアされ、トランクスの信頼が削ぎ落とされていく。
     ああ、ここに悟天がいてくれたら、こんなことにはならなかったのに。ボディーガードとして本当に雇えば良かった。
     すぐにでも壊せるはずの手錠を壊せないまま、トランクスはただ車に揺られる。
     たった一日でいろんなことが起きすぎた。だけど多分、これからもっといろんなことが起きる。
     それは、考えなくても分かることだった。
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