コマンドワァンワァンワァン──
「お!」
「あれはプライド様が気にしていた犬だな」
アランと外を歩いていると向こうから大きくフサフサの犬が笑顔で尻尾を振って自分達、いや、アランに吠えている。
「ああ、前にプライド様が言っていた犬だ。飼い主に聞いたら撫でていいって、で、懐かれた」
「なぜそういう行動は早いんだ、お前は」
カラムの言葉も無視しアランはズカズカと家の敷地に入り柵越しに手を出して撫でる。本当に人懐っこいのだろう、ハァハァハァと息を吐いて尻尾をブンブン振りアランの手に身体を擦り付けている。
「コイツ芸達者で利口なんだよ。ほらお手!」
アランが手を出せば片前足を乗せ、次にもう片方も出す。
「おかわりと言う前に出しているな」
「ああ、セットだと思ってんだろうな。で、両手!」
「おお!」
アランの大きな手に犬の大きな両手が乗り、所謂チンチンの格好になる。とても可愛い姿にカラムも頬が緩む。
「で、最後はアゴ!」
両手を下ろしアランが親指と人差指で昔のチョキのような形を作ればそこに犬はアゴを乗っけた。
「おお!そんな芸も出来るのか!!」
その様子と愛らしさにカラムも思わず拍手したくなる。
「可愛いだろ?よ~し、よ~し、ワシャワシャワシャワシャ〜〜」
「ああ」
アランがゴロンとお腹を出した犬の腹を撫でまくると犬も嬉しそうな満足そうな顔をした。
その日の夜、プライドと付き合ってから定期的に自宅を訪問するようになったカラムは合い鍵で玄関の扉を開いた。
「いらっしゃい、カラムせんぱ〜〜い〜!!」
マンションの入り口で連絡を受けてから待っていたプライドはタッタッタと軽快な足音とニッコニコの笑顔で駆け寄ってくる。
その様子が昼間の犬を思い出させた。
(あ……)
思わず駆け寄って来てくれたプライドのアゴの下にチョキを作り差し込んだ。
(アゴ。)
「ふへぇ????」
カラムが心でコマンドを唱えれば、何をされたのか、されているのか全く理解していないプライドは凛々しいツリ目をまぁ〜るくさせてカラムを見上げた。
「………ブフッ」
「えッ!?ええ??何ですか、カラム先輩!?」
「いえ、ッ……ふっ、すみません、何でも……ブッふふふわぁははは──」
プライドのアゴを持つ手とは逆の手で自身の口を押さえ、珍しく声を上げて笑うカラムにプライドの頭は更にはてなマークを浮かべた。
未だにカラムの手は退かれてないからどうすればいいのかも分からず、動くことも出来ない。
「すみませんプライド様。失礼致しました」
やっと落ち着いたカラムは笑いすぎて目尻に溜まった涙を指で払う。
その顔は何時もよりも柔らかくふわりとした表情をしていて、心臓がドキンッと音を立てた。
(……っイケメンって、本当にズルいわ……)
さらりと顎の下を優しく撫でられ、そのままくっと上を向けられた。
いわゆる顎クイにプライドの目が驚きに見開いた。
アメジストの様な美しい紫色の目の色にカラムも目が離せなくなる。
「あなたは本当に美しくも愛らしい御方ですね」
「へ?」
次々起こる、いつもと違うカラムの言動にプライドは付いていくことが出来ない。
今も見つめ合い愛を囁かれ動揺で身動きが取れない。
カラムの整った顔が近付いて、そっと唇が合わされば目の前には目を閉じた綺麗な顔。
何も出来ずに固まっているとチュッと弱い力で下唇が吸われ、触れた時と同じく、そっと離れて行く。
カラムの目が開いた。
名を表したような深い深い赤ワインの色にも見えるカラムの目はとても穏やかにプライドを見つめている。
またそっと近付いてきたカラムに思わず目を瞑れば今度はさらりと横髪を耳に掛けられそのまま撫でられながら耳元で囁かれた。
「プライド様を愛しています」
いつも以上の低音は耳から脳、そして腰に響いた。
(もぅなんなの!?)
思わず叫びたくなるのに、その愛しい人を見つめる満足そうなカラムの赤茶色の目を見てしまったら何も言えなくなる。
むぅ~と分からないと目線で伝えればまた尖った唇にキスをされた。
「違います!!」
離されると共に抗議すればスクスクと笑われて、揶揄われていたのだとやっと気付いた。
「〜〜ッ!!」
「すみません、あまりにも駆け寄ってくる姿が愛らしかったもので」
毎日のメールや電話では足りなくて、会いたくて、会いたくて仕方なくて、やっと会えた喜びを隠していなかった事が今更ながら恥ずかしく思ってしまった。
「私もあなたのように素直に表現が出来ればいいのですが、性格上難しいものですから。あなたから表して頂けることがとても感謝しています」
(馬鹿にしているわけじゃないのね……)
何となくだがカラムが言う『変わらないで下さい』はこういう所を言っているのかもと理解した。
だが、揶揄われているだけなのは面白くない。
「………………ならお仕置きです」
「え?」
ぎゅっとカラムの手に指を絡める。
「今日は帰るまでずっとこのままです!!」
ムスッとしたプライドの顔を見てカラムはクスクスと笑った。
「かしこまりました、プライド様」
果たしてそれはお仕置きなのだろうか?
手を繋ぐのは犬のお手に近いように思う。
(私はプライド様の犬だろうか?)
そう一瞬頭に過ったものの、この御方が私と主従関係を望んでいないことはとっくに理解している。
ぎゅっと赤い顔で繋いでくる柔らかく、温かく、小さな手に私は口付けをする。
「ご褒美と受け取らせて頂きます」
「お、お仕置きです!!」
自分でもこれがお仕置きでないことには気付いているのだろう。
そんな愛らしい御方の指に指を絡め、繋がれていない手で靴を脱いだ。