心を擽る体験「はぁ」
冷たくなった手に息を吹きかけると薄明かりの中、真っ白になって広がり、やがて消えていく。その白さが王宮でやる時よりも濃い気がして、ぼけっと見つめていた。
「大丈夫ですか?」
カラム隊長が心配そうに後ろから私に声を掛けてくれる。
「ええ、私のわがままですから」
そしてまた私は何とか笑顔を見せて歩を進めた。
実際はもう手足も、大気に触れている顔の感覚もなくなっている。それでも私が歩きやすいようにと雪を踏み固めてくれる前方の騎士達のお陰で安全に歩を進められる。その更に先には既に山頂で待機している騎士もいるのだ。私がここで倒れるわけにはいかない。
「限界になる前に言ってください、プライド様を担いで登るぐらい朝飯前ですから!」
「ふふ、ありがとうアラン隊長」
大気は冷たく冷え切っているが、こうやって心配してくれるカラム隊長と元気をくれるアラン隊長のお陰で心は温かいままだ。前方と後方を守ってくれる騎士達のこの温かさがあれば冬山登山も大丈夫だと思える。
今私達は朝日を拝む為に山頂を目指して登っている。
山頂、と言ってもそこまで高い山わけではない。
ずっと灘やかな斜面は夏場であれば大人の足で1時間も歩けば着いてしまう程の低山だ。登山ではなくピクニックと言った方が合うだろう。
それでも冬山に慣れていない私は坂道の雪に苦戦してゆっくりしか進めない。
「キャッ!!」
「「!!」」
薄明かりの中、覚束ない足取りで雪に隠れていた氷を踏んでしまった。その瞬間ツルッと足は踏ん張りが効かず宙を舞う。後ろに転倒する!と思った刹那、後ろを歩いていたカラム隊長が受け止めてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「ふぁ、ふぁい……すみません……」
転ぶ前に受け止めて貰えたから全く怪我はない。2人から安堵の白い息が漏れたのが目で確認出来た。
「すみません」
「いえ、プライド様にお怪我が無ければ構いません。立てますか?」
優しく問われて頷けばそっと立たせてくれた。
雪の上なのに全く危うくなく受け止めてくれた……流石カラム隊長だ。騎士団は遠方に行く事も多いことは知っているがこの気温も雪も慣れっこなのが凄い。
「カラム」
「ああ」
アラン隊長とカラム隊長は目を合わせて頷くと、アラン隊長は前方の騎士達の方へと手で信号を送っている。
「プライド様、もう少しで頂上に着きますが一度ここで少し休みましょう。まだ朝日までには時間もありますから」
どうやら今のアイコンタクトは休憩の合図だったようだ。2人の阿吽の呼吸は良く見るが改めて凄いと思う。隊長同士だからでなく2人だからこそ出来るのだ。
「大丈夫ですよ、朝日迄には絶対間に合わせますから」
「そうします……」
2人から言われて大人しく頷いた。実際冷えと疲労が溜まった足元は動き辛い防寒着も相まって更に覚束ない動きだ。脚を擦ってもあまり感覚がないのだから休む方がいいだろうと従う。
カラム隊長が道の端に私が座る為のシートを敷いてくれたのでそこに座る。カラム隊長は私の前に跪くと断りを入れてから優しく脚全体を撫でてくれるが触られている感覚しか分からない。
アラン隊長はまた前方の騎士と手信号で会話している。
「寒さと疲れが出ていますね、あと少しですが我々が運びましょうか?我々はまだ動けますので遠慮は要りませんよ」
「いえ、出来る限り自分で歩きたいです!」
「畏まりました。ではこちらをお召し上がりください」
カラム隊長がリュックから取り出したのはレーション……ではない透明な袋に数枚入ったクッキーだった。
「宿で毎日焼いて売っているクッキーです。身体も動かしていますからこちらで栄養を補給してください。味見は既にしてありますのでご安心ください」
「ありがとうございます!」
まさかクッキーを貰えるなんて嬉しくて礼と共に受け取る。
「プライド様だいぶ冷めちまってますが、お湯飲みますか?」
そう言いながら近付いてきたのはアラン隊長だ。手には仄かに湯気の立つコップを持っている。
「お湯!?」
「山頂で湯を沸かしてるんですが、流石にここまで運ぶ途中で冷めてしまって、もう温くなってます。お陰で火傷はしねぇですけど」
はいっと渡されたコップは確かに仄かに温かい。飲めばお湯より水に近いかも知れないが水筒の水よりは断然温かい。その仄かな熱で手の先がじんわりと温まる。
お湯が沸くと共に頂上から運んで来ていたのだろう。私が王族とはいえ至りつくせりだ。
「また運ばせますのでそれまではそれで勘弁ください」
「クッキーなら紅茶の方が合うとは思いますが、今はこれで我慢して頂けますか?」
「いえ、お湯が貰えただけで有り難いですから!」
アラン隊長、カラム隊長の言葉に首を大きく横に振る。また2人はホッとした顔で柔らかな笑みを向けてくれた。
アラン隊長は周囲警戒へ、カラム隊長は「失礼します」の言葉と共に先程よりも力を込めて足を擦ってくれる。私はお湯を一口飲んでみた。体温よりは温かなそれでも冷え切った身体を温めてくれる。次はクッキーを一口。甘さとバターの香りのクッキーはとても美味しい。
「このクッキー美味しいです」
下手すると王宮で食べるのよりも美味しいかも知れない。
「毎日新鮮な牛の乳と鶏の卵で作っているそうです」
小さな山間の町だからこそ質も鮮度も良い材料が手に入るのだろう。
「これ毎日でも食べたいわ」
「気に入って頂けて幸いです。後で宿の者に伝えておきましょう」
「ええ、お土産に買っていくわ」
「それは大変喜ばれるでしょう」
クッキーとお湯とカラム隊長のマッサージで身体がどんどん温まっていくのを感じた。これなら山頂へと進めるだろう。
クッキーを食べながらアラン隊長へと目を向ければ気付いたアラン隊長はニカッと笑顔と軽く挙げた手を向けてくれた。それに笑顔で返しながら前方の騎士達を見れば皆笑顔だ。
「みんな私のわがままにつき合わせてしまったのに笑顔でいてくれるのね。感謝しかないわ」
私のわがままで任務でもないのにこんなことさせてしまったのに誰も反対せず笑顔で了承してくれた。
今も言い出した私が完全にお荷物状態なのに全く不満も言わずに待ってくれている。
「私共も幸せですよ。プライド様と山登り出来るなど誰も想像出来ませんでしたから」
私の脚を擦りながらカラム隊長が言う。
「皆、嬉しいのですよ。プライド様と思い出が作れるのですから」
「私のわがままですけど……」
「誰もわがままとは思っていません。騎士団にいる者皆プライド様が望むことは全て叶えたい者ばかりなのですから」
カラム隊長の優しい言葉にまたほんのり心が温かくなる。
公務で訪れた北の地、そこで聞いたのは冬の幻想的な風景の1つ朝日に煌めくダイヤモンドダストの話だった。前世でも見たことがなかった私は一度は見てみたいと思い急遽騎士団にお願いしたのだ。本当は山頂でなくても見られるらしいが、折角だからという私のわがままに付き合ってくれた。
「プライド様はもっとわがままを言っても許されます」
「そ、ですか?」
「はい」
カラム隊長が真っ直ぐと目を向けて言ってくれる。カラム隊長にそう言われると不思議と本当の事に思えるから不思議だ。こういう時に人柄がとても出ていると思う。
「カラム隊長もう大丈夫です。ありがとうございます」
「いえ、私にはこれしか出来ませんので」
「そんなことありません!嬉しかったです。クッキーもマッサージもお湯も、先程足を滑らせた時もいつも気に掛けてくれてありがとうございます」
「いえ、とんでもありません」
カラム隊長が立ち上がり手を差し出してくれる。その手を取ればヒョイっと軽い力で立たせてくれた。
「疲れたらいつでも言ってください。プライド様を安全にお連れするのが我々の責務ですので遠慮はいりません」
「はい……なら一つだけわがままを言っても?」
「はい、何でしょうか?」
ぎゅっとカラム隊長と繋いだままの手を握る。
「このまま山頂までお願いしても?」
「え!?あの!?」
「まだ本調子ではありませんし、何よりカラム隊長と手を繋いでいたら身体が温まりますので」
「───っ」
寒さのせいかカラム隊長の顔が真っ赤になる。
「カラム隊長?大丈夫ですか!?」
その顔を温めようと手を出すより先にカラム隊長の手が私の手を握る。
「いえ、心配には及びません」
横を向きふぅーと真っ白な息を吐くカラム隊長。いつもは見えないカラム隊長の細く吐き出された息は結構遠くまで届くのだなと呑気に思ってしまった。
「それではこちらは繋いだままで行きましょう」
「はい!」
カラム隊長と手を繋いで歩き出す。
ティアラやステイル、アーサーと手を繋いで歩く事はあるけど手袋越しとはいえカラム隊長とは初めてかも?そう考えればちょっと心が擽ったくて体温が上がった気がする。カラム隊長のマッサージのお陰で血行が良くなった足元も感覚がだいぶ戻って来た。
先程よりは大丈夫そうだけどこの手を離したくないなと思って黙っていようと思った。
「帰りも手を繋いで帰ってくれますか?」
「────ッ…、畏まりました」
その後カラムがアランを始め目撃した騎士達から揶揄われたのは言うまでもない。
END
2/27は冬の恋人デーらしいので雪山登山に放り込みました。
剣盾いるとカラ隊長が下がるので今回もお留守番設定です。
まだ手袋越しですが、その擽ったさが恋に発展すればいいよの気持ちです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。