水泡に帰す寒い冬が過ぎ去ろうとしている。
その日は朝から春を思わせる温かい気候だった。
プライドは美味しい昼食を食べた後、ソファに座り手紙を読み始めた。そしてしばらく経つとぽかぽか陽気に誘われコクリコクリと船を漕ぎ始めた。
「プライド様」
「んっ……」
近衛騎士として後ろに付いていた自分が声をかければ慌てて目を開け、また手紙を読み始める──も長くは続かない。その度に名前を呼ぶのだがそれを繰り返すだけだ。隣りに立つ同僚が「ありゃ〜」な顔で完全に笑っているのを見れば小さく息を吐いた。
昨日は少し遠い同盟国の式典に出席し、そのまま国へと戻った時には既に時計の針はてっぺん近くになっていた。
今は気心知れた者ばかりだが、これから女王となる者としてはあまりにもだらしの無い姿だ、と顔が険しくなる。実際こんなところを上層部に見られたら自分も含めて大目玉間違いない。
プライド自身も珈琲を飲んだり、冷たい水を飲んだり、頬を叩いたりして眠気を追い出そうとしているが全て無駄に終えた。ほらまた何度目かのウトウトを始めた。
もうここまで来たら一度寝てしまった方がいいのではないか?今なら眠っても公務に支障はない。そう提案しようと口を開け──
「一度眠られたらどうですか?」
「アラン!」
「いや、30分くらい寝たら頭冴えるだろ?」
「お前が言うことじゃない!!」
まるで部下に提案するような気軽さで王族に進言するなど騎士としてありえない。私であっても今は騎士として接しているのだからそうやすやすと言葉を掛けるわけにはいかない、というのに、
──なのに、なぜお前が先に言うのだッ!!
「いいだろ?今は」
「立場があるだろ!!」
時と場所は選んだ、と言うアランにすかさず怒る。
「今更だろ?」
「任務中はちゃんと線引きしろ!!」
プライドとカラムの婚姻後、アランからプライドへの言動は遠慮が無くなった。まるで騎士仲間の奥様相手のような気軽さで接し始めたのだ。
何よりも困ったのはそんなアランの接し方をプライドがとても喜ぶ点だ。今も私達の会話を眠そうな目をしながらも振り返ってまでにこにこ顔で楽しんでいる。
任務後の雑談時であれば目を瞑るが、任務中は王女と騎士、それを騎士団の一番隊隊長に求めるのは当たり前だ。
「本当に仲良しね」
プライドにそう言われると物凄い羞恥心が心を擽ってくる。プライドが何を見て自分とアランの仲が良いと言うのか未だに理解出来ない。
アランとは同期で仲間意識はあるが『仲良し』という意識はない。なんならエリックやアーサーとだって変わらないというのに、何が違うというのだ。
そこまで考え、前髪を押さえ息を軽く吐く。
いけない、思考が今は関係のない方向へと向かってしまった。心なしか今自分は苛立っているようにさえ感じる。
今は心を落ち着かせて、まずは目の前の問題と向き合うべきだ。もう一度息を吐きプライドと目を合わせる。やはりまだ眠そうな目をしている。
「プライド様、私も今寝られたほうが午後の公務の効率がよくなると思います」
「……そうね、少し休もうかしら?」
プライドはそう言うと早速小さく欠伸を押し殺す。もう起きているのも限界だ。
「じゃ、カラム残して俺たちは外で待ってますんで」
「待て!なぜ私が残る事になる!」
「なぜって、残んねえの?」
「任務中だ!公私混同はするべきではない。休むなら専属侍女に任せるべき──」
言い終える前にクイッと団服が引っ張られた。その方向を見れば眉を垂らしたプライドが上目遣いに私を見上げて──
「だめぇ?」
眠気に耐える甘えた声で問われた。
いつもはキリッとした目元も今は眠さでトロンとして甘く、それが違うと分かっていても、思わず夜のお誘いを連想してしまい思考停止してしまった。
アランがぽんと肩を叩いたことで正気を取り戻した。その瞬間にブワァぁぁ!!と自分の思考に顔が熱くなり片手で隠す。
──集中しろ!今は任務中だ!!
自分で自分を殴りたくなる。これでは人のこと言えない。
「んじゃ30分後位に戻ってくっから」
「〜〜〜──!!」
私達を置いてアランと他の使用人達は笑顔で部屋から出て行った。去り際、マリーが毛布を渡してくれた。
扉がそっと閉められてから、私は大きく深呼吸をしてズカズカとソファに近付きドカッと無遠慮にプライドの隣りに座った。
「……怒ってる?」
「……怒ってないとでも?」
不機嫌な表情と声色で答えるカラムにプライドは泣きそうな顔になる。
「ごめんなさい……」
「もういいです。それより眠るなら少しでも長く眠ってください」
ほら、とプライドの肩を優しく抱き寄せて自分の膝の上に頭を置かせた。そして毛布を身体に掛けてゆっくりと頭、髪、背中といつものように撫でて寝かし付ける。
「カラム……」
「ん?」
「私ね、カラムの側なら気持ちよく寝れるの」
「〜〜……」
「だから、我儘だと分かってても今は一緒にいて欲しくて……たぶんカラムが一緒でなければベッドに横になっても眠れなかったから……」
プライドが甘ったるい声でそう言いながら膝を愛しそうに撫でるからたまったものではない。先程排除した邪な思考が戻って来そうになる。
「〜〜っ分かりました。一緒にいますので今は寝てください」
「うん……ありが、と……」
プライドが目を閉じてすぐ、規則正しい寝息が聞こえ始めた。プライドが深く寝入るまでは髪を撫で続け、そしてもう一度確認してから一息ついた。
そしてずっとずっと我慢していた心情を心で吐露する。
(なんでこのお方はこんなにも愛らしいんだッッッ)
あまりの愛らしさに赤くなっているだろう顔を撫でていない手で隠す。本当なら衝動のまま地団駄も踏みたくなるがそれは我慢する。
昨日の式典でのプライドは次期女王として凛々しくも美しい立ち振る舞いを披露した。そんな完璧な彼女に見惚れながらも自分が失態しないようにと苦手な愛想も振り撒いた。
なのに城に戻ればこれである。
昨日ベッドに入ったのは深夜0時過ぎてから、その前日までも式典に間に合わせる為に公務は深夜まで及ぶ日もあった。
式典終了時点で既にプライドの疲れは限界で、一晩では疲れは取れなかったところに、このお昼過ぎの眠気誘う気候がトドメを刺した。
ソファでウトウトするプライド。
──その姿は、とても愛らしかった。
どれだけプライドが頑張ったのか、ずっと一番近くで見ていた。本当は今すぐにでも甘やかしたくて仕方なかった。肩でも胸でも膝でも貸して寝せてあげたくて仕方なかった。
『任務中だ!』と心を叱咤し、王族としての姿勢を崩してはならない、と流されそうになる気持ちを心の隅に追いやり厳しい態度を崩さなかったというのに。
『だめぇ?』
たったその一言で簡単に崩壊した。
しかもアランは全て察していたのだろう。アイツの手のひらの上で踊らされたような形になったのがホントぉぉぉに腹立たしい!!
そして膝の上で安らかに眠る春のように温かい彼女を愛しく撫でられることに感謝する自分がいることが、更に面白くなかった。
おまけ。
30分が経った。衛兵がノックしても中から返事がない。まだ眠っているのだろうか?
部屋の前で待機していたアランはボーとしていたわけではない。例え中にカラムがいるとしても護衛対象者を任せ切りにする気は毛頭ない。
見えなくても部屋の中の気配、音をずっと注意深く探り、有事の際にはいつでも飛び込んでいけるようにと扉に背を付け準備をしていた。
(何かあったのだろうか?)
異変は感じ取れなかったがステイルやティペットの様に誰にも察知できない特殊能力で奇襲を掛けられる可能性はこの国では大いにある。そこまで考えアランは他の者達にその場から数歩下がるよう命じた。
いつもは少し垂れ目でにこやかな笑顔を絶やさないアランだが、この国が誇る最強の騎士団一番隊隊長である。一度危険と判断すれば笑みは一瞬で消え去り恐ろしいまでに鋭い目付きと覇気を纏う。
衛兵であろうとそんなアランに逆らう者などこの場にはいない。
アランは気配を消し、扉をそっと開けて中の様子を伺った。
「カラム?」
そこで見たのはソファに頬杖付いて座っているカラムの丸い後頭部だ。プライドの姿は見えない。
中に危険がないか確認し、身体を部屋に滑り込ませ扉をそっと閉めた。そのままそっと近付けば小さくも規則正しい寝息が2つ聞こえた。首を動かして覗き込めば穏やかに眠るカラムとその膝に頭を置いて同じく穏やかに眠っているプライドの姿だ。
「ありゃ〜……」
思わず出てしまった声に自分の頬を掻く。明らかに仲睦まじい体勢で眠る2人を見れば心配の必要はない。
プライドが忙しければカラムも忙しい。
毎夜プライドを寝かし付けてから眠り、朝は早くに朝練に出ているカラムの方が睡眠時間は足りてない。
婚姻後はずっと次期王配という立場に気負っていたところにここ最近の忙しさはいくらカラムとはいえキャパオーバーであった。
今日も気合と根性で眠気を跳ね除け、常に気を張り詰めている様子は隣にずっと立ち続けているアランには分かっていた。だからこそスケジュールに余裕のある今日ぐらいは力を抜いてもらおうと2人にしたのだが……。まさかカラムがこんなにも深く眠るとは思ってもいなかった。しかも自分がこんなにも覗き込んでいても尚、起きる気配もない。
(あと30分は寝かしとくかぁ〜)
穏やかに眠る2人を起こすのも忍びない。後で真っ赤な顔で「なんで起こさなかった!!」と怒るだろうカラムを想像しながらもアランは自然と上がった口角はそのままに、静かに踵を返した。