あまい卵焼き「──ン、ア……、……アラン!!」
身体を揺すられ意識が強制的に浮上していく。深い眠りだったのだろう。まだ眠っていたい気持ちに素直に目を閉じていたのに、そいつが容赦なく俺の名を呼びながら肩を押されれば起きるしかない。
いつも「睡眠が短い!」と怒るそいつが、寝ている俺を叩き起こす程の『何か』があったと言うことだ。
ちょっとやそっとの事ではない、『重大な何か』があったのだ。
「アラン!!起きろ!!」
「わかったよ………」
一つ深く息を吸い、長く吐き出す、目を擦りながらゆっくりと瞼を持ち上げた。
まだカーテンも開けられてない薄暗い室内にだんだんと目を慣らしていく。
(ねみぃ〜〜〜……)
いくら短時間睡眠でも動ける俺でも深い眠りから無理矢理目覚めさせられたら再び目を閉じたくなる。
俺を起こした張本人に目をやれば、いつもの見慣れた難しい顔〜ではなく、ちょーー笑顔だ。
(………なんだ?)
いつもと違うとそれだけで身構えてしまうもので。ただ、コイツが笑顔だとすれば生命に危険はない事だけは確かだ。
「どうかしたか?」
取り敢えずそのまま問えば自分でも分かるほど寝ぼけた声だ。
「ああ、あのな!」
薄暗い部屋、寝ぼけた目でもカラムの顔が輝いたのがはっきりと分かった。嬉しさに溢れる笑顔はいつもの大人びたクールな装いと違い、無邪気な子供を思わせ──それは極々親しい人にしか見せない表情だと理解するのに寝ぼけた頭では時間が掛かった。
「見ろ!玉子焼きが完璧に焼けたんだ!!」
ジャーーーン
と効果音を背負ってそうなほどウキウキと見せられたのは白い皿に乗せられた真っ黄色の四角い物体だった。正直薄暗い部屋で色味までははっきりと見えないものの玉子の焼けた匂いとホカホカの熱気を肌に感じれば焼きたてなのだと分かる。
「ああ……本当に綺麗だな、美味そーだぁ……」
まだ寝ぼけた声だがカラムは一層嬉しそうに笑ったからこっちも吊られて笑ってしまった。
ここ最近のカラムは時間さえあれば玉子焼きを焼き、そして玉子焼きになり損ねたモノ達を量産していた事を思い返しせば、本当にその玉子焼きは形が完璧で綺麗だった。完璧主義のカラムがここまで喜ぶと言うことは色も完璧なのだろう。
そりゃ、いち早く見てもらいたい、褒めて欲しいと思っても不思議はない。
寝ぼけながらもちゃんとカラムの要望に応えられた自分も褒めようと思う。
「カラム」
ちょいちょいと手で呼べば無警戒で顔を近づけてくる。その頭を手で優しく撫でれば嬉しそうに目をつぶり、その感触を楽しんでいる姿はどこか犬や猫を思わせる。
(ほんと、たま〜に子供っぽいんだよな)
他者からは頼りになる人物に見られがちだが、俺に対してだけは手厳しくも、こうやって甘えてくれる。他者に対して常に冷静なカラムが自分にだけは激しい感情をそのままぶつけてくれるのも
(恋人の特権ってやつだよな)
そう思えば料理一つで無理矢理起こされたことも可愛く思えた。
「アランもそろそろ起きろ。朝ご飯もあと少しで出来上がる」
「ああ、分かった〜」
上機嫌に鼻歌を歌いながら玉子焼きを持って部屋を出て行くエプロン姿のカラムを見送る。
同棲前は恋人の朝はもっと甘いものと思っていたが、どうやら俺達にはこういう兄弟のようなやり取りの方が合っているようだ。
大きく身体を伸ばし、欠伸を一つ、身体に異常がないか確認してからゆっくりと身体を起こした。時計を見ればいつもよりも早い時刻だ。
「………今日アイツも休みだよな??」
わざわざ俺の為に早起きして、苦手な料理を作ったんだろう、と思えば思わず顔がニヤけてしまった。
服を着替え、シャワーを浴び、歯を洗い終えれば意識も眠気もサッパリした。カラムは既に朝ご飯の支度を済ませてソワソワと座っている。
(どこまで嬉しいんだ)
笑ったら怒られると分かってるが顔がニヤけて仕方ない。カラムはムッとした顔をしたがそれ以上は何も言わなかった。それより早く座れと態度が言っている。
椅子に座り改めて切られた玉子焼きを明るい食卓で見ると、やはりとても綺麗な黄色だった。切られた断面も美しい程綺麗に渦が巻かれている。たまに来てくれる家政婦さんの玉子焼きにも負けていない程だ。
「本当に上手くなったな」
「えへへっ、へへ……」
カラムも嬉しさが隠せないらしい。本当にこんなにも嬉しそうなカラム初めて見たかも知れない。
手を合わせて「いただきます」をすれば箸は迷いなく卵焼きに向かった。カラムが頑張ったのだ、笑顔で1番に「美味い」と言ってやりたいし、俺を見ているカラムの期待にも応えたい。
「いただきます!!」
改めて言ってから卵焼きを口に放り込んだ。
ジャリ
噛んだ瞬間、あり得ない音と食感と味が口内に響いた。
「…………………」
「………アラン??」
目を瞑りもぐもぐと噛む度にジャリジャリと口内の効果音が頭に響いた。何度も噛んで細かくした玉子焼きをお茶と共に飲み込んだ。
コトンと湯呑みを置く音がやけに大きく響いた。
「………………カラム、大変言い難いが」
「え?ああ……」
「大変美味しいのだが、その……塩が効きすぎてる」
「え?」
カラムも慌てて箸で小さく切った玉子焼きを口に運んだ。
「ンッ!!!?」
あまりのしょっぱさにカラムの目が次第に潤み始めた。
今日は仕方がない、ここのところずっと失敗続きで、やっと成功したと思ったら……。あれだけ散々喜んでからのこの仕打ちだ「ごめんなさい……」とシュンと肩を落としてしまったのにはコチラも素直に美味しいと言ってあげられなかった罪悪感が増した。
「でも、それだけだから!これが甘かったらぜってぇ美味いし、これだって餡掛けたらぜってぇ美味いって!!だからお昼はこれの餡掛けとチャーハンと中華スープを一緒に作ろうぜ!なぁ!」
「……うん、そうする」
歪な笑顔だが、何とか持ち堪えてくれたようだ。
ここまで頑張ったのだからこんな事で折れて欲しくない。カラムが失敗した物は壊滅的なモノは今のところ少ない。アレンジすれば美味しく頂けるのだからあとは経験だけだ。
「アラン……」
「ん?」
「納豆ならあるが、それでいいか?」
「あ、ああ……」
カラムが冷蔵庫から納豆を出してくれたので醤油代わりに玉子焼きを入れて「美味い美味い」と有り難く頂いた。
正直納豆のネバネバで玉子焼きの塩分しか感じなかったが、カラムを笑顔にする為なら何でもしよう。
食べ終える頃にはカラムの笑顔も自然になってくれてホッとした。
※お昼は2人で料理して玉子焼きを美味しく頂きました。
■後書き
ここまで読んでくれてありがとうございました。
まずアラカラで恋人の甘さが出せないことを謝ります。どうしても私の中のカラムくんはアラン相手だと『弟スイッチ』が入ってしまう体質でして……。
でも恋人でなければ料理をここまで頑張れないし、ここまで喜ばないと思うんですよ、カラムくんは。
ちなみにプラ様相手であれば、頑張るけどぐっすり寝ているプラ様を起こしてまで自分の成果を「見て見て褒めて!」とはならないかと忍耐(カッコつけたい男の子精神)。
そうなると相手がアランしかいなかった……。
ラインでカラムくんの実家に家政婦さんがいると明言されて家政婦フィーバーです!
このカラムくんは少なくとも週に1・2回は呼んでる!それも小さい頃からずっと身の回りをお世話してくれていたばぁや的存在に家事全般してもらっている!!
カラムくんも一通りの家事は出来るけど、勉強に専念する為に頼んでいると思う。(あと全体的に下手)
で、アランは家政婦さんと仲良くなって一緒に家事をしてそうですね(≧▽≦)
家事スキルアップ!元々器用にこなしそう。