紅篝火花に酔う「杉下さんは、杏西さんたちと一緒にあちらをお願いしても良いですか?」
「ん……」
「おーし、行くぞ杉下ぁ!」
「ついてこーい!」
短い返事と共にこくりと頷いた杉下さんは、そのまま杏西さんと栗田さんに引きずられるようにして連れていかれ、不機嫌そうな顔はしているけれど、以前よりも深くみなさんの輪に入るようになった姿にオレはこっそり感動を覚えていた。
桜さんに対して、羨ましいという気持ちを抱いたことを自覚した杉下さんは自分の世界を広げることができたらしく、梅宮さんとも少し話した、と一言だけ報告をくれた時は相談をされた時よりもびっくりしたけれど、さらに多聞集一年の絆が深まりそうな期待に胸が膨らんでいく。
「にれ君、」
「っ、ひゃい……っ!」
そしていつか、桜さんと杉下さんが共に手を取り合って戦う瞬間なんてものが見られるんだろうか、なんて輝かしく熱いツートップを妄想していたら背後から肩を叩かれて我に返った。
現実へと引き戻した犯人は、顔を見なくても、肩に触れる優しさとその柔らかな声色を誰かと間違えるはずはない。
「えっと、どうしました、蘇枋さん?」
振り返りながら尋ねると、蘇枋さんはお任せした担当場所の報告をしてくれた。
相変わらず、わかりやすく簡潔で丁寧な説明に、尊敬せずにはいられない。
「ありがとうございます! それじゃあ、あとは桜さんたちのところだけですね。オレ、楠見さんに報告あるので、ついでに寄って、様子見てきます!」
そう言って蘇枋さんから書類を預かろうとしたら、ひょいと腕を頭上に上げられてしまい、蘇枋さんより十一センチも背の低いオレじゃ届く訳もなく、取ることができなくなってしまった。
「す、蘇枋さん……?」
「オレも一緒に行こうかなって思って」
「へ?」
手を伸ばして空ぶった体勢はそれだけで間抜けっぽいのに、さらに裏返った声が出て間抜けになってしまう。
どういうことかと困惑して、蘇枋さんの手先に向けていた視線をほんの少し下げれば、隻眼と交わった瞬間に綺麗に微笑まれて、心臓が大きく跳ねた。
「なんだか、いつの間にか、にれ君と杉下君の距離が近くなってるみたいだから」
蘇枋さんはゆっくりとした口調と動きで、オレの行き場を無くした指先を絡め取ると、微笑んでいる口元へ運ぶ。
「オレも、にれ君との距離を縮めたいんだけど、どうかな?」
動いた唇と紡がれた吐息に指をくすぐられると頭が真っ白になってしまい、呼吸をすればいいのか声を出せばいいのかわからなくなって、金魚みたいにただ口をぱくぱく動かしていると、背中に手のひらを添えられた。
そしてトンと一回叩かれると、呼吸が一気に楽になって、酸素が肺に行き渡っていく。
「やっぱり、オレは桜君の方へ行ってくるから、報告、よろしくね」
蘇枋さんはそう言うと、オレに書類を預けて、なにもなかったようにスゥーッと横を通り過ぎて行った。
「……ずるい、です」
呟いた言葉は、揺れたピアスの音にかき消されて届いてなかったみたいだった。
―終―