「そうそう、それでオレ、彼女ができたの」
いつも通りの日常に。いつも通りの仕事の合間。何でもない雑談の最中に突然その爆弾はぶちこまれた。
「え?」
頭を殴られた様な衝撃を受けた。
思わず裏返ってしまった間抜けな声で返す俺に、何事もないようにハルは話を続ける。
「こないだの文化祭の時に後輩に呼び出されて告白されてたの。んでさ、その後は…」
待って待って、聞きたくない。
後に続くハルの言葉は全て俺の耳と頭を素通りしていった。
「よ、よよ良かったな。えっと、今度、俺にも、紹介して、くれよな!その、彼女…を」
何とかそう口に出せたと思う。
後のことは何も覚えていない。
どうやって家に帰ってきたのかも。
気づけば自宅の部屋のソファにうつ伏せで倒れ込んでいた。
胸がズキズキする。痛い。苦しい。しにそう。心臓の辺りに手を当てると、どくどくと早い鼓動を打っていた。
ハルに彼女。
なんで、どうして、
俺のこと好きって、そう言ってたのに
「トウマの事が、すき。」
1年前にまだ高校生だったハルが、まだまだ幼さの残る可愛らしく顔を赤らめて俺に告げてきた日、俺はその純粋で真っ直ぐな気持ちを受け取る事ができなかった。
「悪い。」
芸能人だとか、男同士だとか、同じグループだとか。色んな言い訳をして、俺は断った。
ハルのことは頼りになる仲間だと思っていたが、そんな色恋の目で見られなかった。皆と心が繋がったと感じていた今はみんなで歌い、踊り、アイドルとして過ごす毎日が楽しくて、夢中で。他の感情の入る隙はなかったのだ、その時は。
一瞬泣きそうな顔をしたハルはこぼれ落ちそうな涙をぐっと堪え、「分かった。でも、オレは諦めないから。…ずっとトウマがすきだよ」そう言って綺麗に微笑んだ。
その後ハルは、顔を背けてごめん、と言って早足でその場から立ち去っていき、多分トイレで声を殺して泣いていた。罪悪感にかられた俺は声をかけようとしたが、トラとミナに止められた。
それに何と言っても俺たちは男同士だ。ハルもその内気の迷いだと気付いて黒歴史とかになるだろ、傷は浅い方がいい。そんな浅はかな考えをしていた俺に、それからハルは、俺に好きだと伝えてくれた。何度も何度も。「トウマがすき。」
いつしかその好意を与えられる事が当然の様に思っていたらしい。俺はなんて傲慢だったのだ。そんな俺に嫌気が差していたハルの事すら理解できていなかったらしい。いつしかハルと同じ気持ちを抱いていた自分のことすらも。
頭の中でハルの笑顔を思い浮かべる。
いざという時言い淀んだり、逃げてしまいそうになる俺たちの前に立って、道を切り開いてくれた一番年下の俺たちのセンター。口は素直じゃなくても「かっこよかったぜ!」と伝えると嬉しそうに笑ったり。ばーちゃん想いで優しいとことか。
ハルのことを知れば知るほど好きになっていたらしい。
ŹOOĻの皆と、…ハルと歌うのは楽しかった。
2人でŹOOĻの真ん中に立って、顔を見合わせ笑い合いながら声を響かせるのが何より気持ちよくて。
今思えばそれは、大好きな人と大好きな歌を一緒に歌える事が何より嬉しかったから心地よかったから。性別なんてなんの壁にもならない事を俺は今痛烈に思い知っていた。
1年。1年か。そんなに長い間想っていてくれたのか。
そういえばハルも少し前から俺に好きだと言わなくなっていた気がする。
今更こんな形で自分の気持ちに気づくなんて最低だ。ハルに他に好きな子ができて当然だな。
胸がじくじくと痛む。痛くて気が狂いそうだ。
これが失恋の痛み。俺がハルに与えた痛み。
「うっ……くっ……あぁ…ぁ、」
一度頬へ流れ出した涙は一晩中止まらなかった。
ソファへかけたグレーのカバーはみるみる濃くなっていく。
気づけば外は明るくなっていた。
あれ、今日仕事だっけ。やばい。
重い身体に鞭打ってのろのろと立ち上がり、洗面台に立つ。
「ひっでぇ顔。」
一睡もせず泣き腫らした目は充血して赤く、瞼も腫れあがっておりとてもテレビ、というか人前にすら出られる顔じゃない。それでも、自業自得の失恋で仕事を疎かにする訳にはいかない、アイドルという仕事は。辛くても、しんどくても、笑って人に愛だとか元気を与える仕事なのだ。
今の俺に愛なんて与える資格があるのかは分からないけど。
俺は気合を入れて頬を叩くと、顔を洗った。
自覚した気持ちを伝える事なく失恋しちまったけど、俺はハルの応援をしたい。
いっぱい悲しませたり困らせたりしちまったけど、ハルが好きな人の隣で笑って過ごせるならそうあって欲しい。
そんで、幸せなハルが隣で歌ってくれるならそれは、俺にとってもすげー幸せなことなのだ。うん。
だから、こんな情けない顔してひどい歌声になっちまってハルに見捨てられない様にしないと!
もう一度気合を入れようとパン!と頬を叩いた。
えっと、今日の仕事、なんだっけ
空っぽの胃にカロリーバーとエナドリを無理やり流し込み、とっておきの眼精疲労の目薬を指す。できる限りむくみの取れるマッサージもした。
よし!朝よりはだいぶマシだろ!!
できれば仮眠も取りたかったけど流石にそんな精神状態でもない。
家に一人でいるとずっとウジウジした気持ちを引きずってしまいそうで早く家を出てしまい。かなり早く現場に着いてしまった。ハルと顔を付き合わせるのは正直まだめちゃくちゃしんどい。さっさと準備してなるべく顔合わさなくていい様にしよ。そんなことを考えながら楽屋のドアを開ける、が。
中には先客がいた。色素の薄いエメラルドグリーンのふわふわと揺れる髪。
ハルだった。
「あ、トウマおはよう!」
何事もなく声をかけて来るハル。
そりゃそうか。ハルにとっちゃ昨日は自分の告白を流し続けてきたただの同じグループの男に彼女ができたと報告した。それだけのこと。さぞかし気分も晴れやかに違いない。
しかし俺はというと、先程の気合が吹き飛びそうなくらい動揺していた。
「おは、おはよ!ハル!は、早いな!」
ロボットみたいなぎこちない動きで挨拶を返す。
「うん。なんか早くに目が覚めちゃって。…あれ、トウマ昨日あの後仕事だったの?なんか疲れてない?大丈夫?」
俺に駆け寄ったハルは俺の顔をじっと見て心配そうな表情を浮かべた。
「ね、目とか腫れてない?…トウマは昨日、眠れなかったの?」
頬に手を添え、誤魔化しきれない程にくっきりと浮かんだクマをなぞる。
今の俺にそんなに優しくしないでほしい。心配なんてしないで欲しい。見ないで欲しい。気付いたばかりの好きが溢れてきて、くそ、また涙出そう。
「ハルは優しいな。優しいしかっこいい。」
自然と口からこぼれ落ちていた。
「え?」
「あ、」
違う。こんなこと言う予定じゃなかった。もっと自然に、笑って、良かったなって伝えて。思ったより感情を滲ませてしまっていた気がして慌てて取り繕う様に喋り出す。
「お、俺より先に彼女作っちゃうんだもんなー。あはは。でもハル、最近マジでかっこいひ、っ!」
ちょっと慌てて噛んだけど口角は上げた。ちゃんと笑えてる。大丈夫。大丈夫。
「…本当にかっこいいよ、ハルは。」
俺はたった一度の失恋でこんなにボロボロなのに。
何度も好きだと言ってくれていたハルは、本当に強くてかっこいいと思う。
はーやばい。涙出るかも。
「あーーーーーもう!嘘だよ!」
「へ?」
自分の頭をぐしゃぐしゃと掻きながら言うハルの言葉に思わず間抜けな声が出た。嘘?なにが?
「彼女できたとか嘘!」
「彼女できたのが…嘘?」
一瞬理解できなくて鸚鵡返しに聞き返すが、やがてゆっくりとその言葉を理解する。
これは俺に都合のいい幻聴とか?耳?頭?おかしくなったのかも。
「嘘だよ。彼女なんてできてない」
もう一度はっきりハルがそう言った。
「え、待って、嘘?本当に?」
「本当に本当!!オレ、ずっとずっとトウマが好きって言ってんじゃん!何でそんなに簡単に信じちゃうの…何も言わずにあんな…悲しそうな顔で笑うの!!!!あれじゃ本当にオレのこと、好き、みたいじゃん。そんな顔されたらオレ…」
俺を見上げるハルの方が泣きそうな顔してる。
「えっ、俺、そんな悲しそうだった?」
ハルに思わず聞き返す。俺、もしかしてちゃんと笑えてなかった?
「…もう、彼女できたって言った瞬間から今にも泣きそうな顔して無理してますーって感じだったよ。」
演技力は本当にまだまだだと思ってはいたが、そこまで感情が抑えきれてないとは思わなかった。
と言うことは、ハルの気持ちを受け入れられないと口では言っておきながらハルに彼女ができたとか言われて悲しそうな顔を全面にしていたらしい。俺、ひどいな。何様だよ。
「まあ、正直オレに彼女できたらトウマもそんな顔するんだって思ったらちょっと嬉しかったし…でも、それ以上に、トウマにとってオレの好きは、そんなに簡単に移り変わると思われてる方が悲しかった。」
俺は、ずっとずっと俺を好きでいてくれたハルにそんな事を思わせてしまっていたのか。
「ご、ごめん…本当に」
「いーよ!でも、今更その気持ちは受け取れないだとか、ごめんってフッたりとかなしだからね!!!トウマがにぶいのは知ってたけど、オレはそんな鈍感で鈍くて…それでも優しいトウマがすきだから。」
ちょっと拗ねた顔をした後、仕方ないなーって顔で笑う。
「ハル………俺もハルが、………好き。好きだ。今までごめんな。こんな俺を好きでいてくれてありがとう。」
ハルの身体ををぎゅっと抱きしめた。一回り小さな体は、あったかくて心地よい。
「トウマ、」
ハルの顔が勢いよく近づいてきた。
「え…!」
目を閉じて唇に触れた柔らかな熱を受け止める。
「ん、…ハル!!!」
「一年待ったんだし、ご褒美。」
「…うん。」
(やーーーっとくっつきましたねあの2人)
(側から見てると完全に両想いなのにもどかしかったもんな)
(御堂さんの、押してダメなら引いてみろ作戦、成功して良かったです)
(トウマが死にそうだったけどな。)
(死にそうな思いしなきゃ自分の気持ちも気づけないなんて、狗丸さん本当に察しが悪いですよね)
(本当にな………)
(ところでそろそろ楽屋に入ってもいいですよね?)
(そうだな)
「またトウマにフラれた〜!!!!」
「うーん、今回は大丈夫だと思ってたんだけどなあ」
「そうですよねぇ。」
好きだと自覚した時、すぐにオレはトウマへの気持ちを抑え切れず告白し、受け入れられないと言われあっけなく玉砕した。いっぱいいっぱい泣いた後にオレは一晩考えた。なんだか理由をごちゃごちゃと並べ立てられたが、そんなことはどうでもいい。どうやら同性という壁がトウマにとってはとてつもなく大きいらしい。ので、そんなものはオレの好きという感情の前では無意味なものだと分からせてやろうと決め、ずっと好きだ、諦めないぞと伝える為に言い続けている。
そんなオレたちのやりとりを一年見てきた巳波と虎於が言うには、「今の」トウマは絶対にオレのことが好きらしい。逆になんで断られるのか分からないレベルらしい。
そんな事言って何回フられたと思ってるんだよ!!
「うーーーん、よし悠、今回は引いてみろ」
考え込んでいた虎於が答えを出した様だ。
「…引く?」
「トウマみたいなのにはひたすら押しの一手だと思ってたがそろそろ引きが必要な時期なのかもしれない。だから、まずその「好き」って言うのを一旦辞めろ、それから、」
巳波と虎於とオレで円陣を組んでごにょごにょと小声で話をする。
「うん、うん、ええっ!」
「なるほど…御堂さんはそうやって色んな女性を落としてるんですね?」
「俺はそんな駆け引きしなくても女の方から寄ってくる」
「あっそ。」
そして好きと口に出すのを辞めて1ヶ月くらい経った頃。
「トウマ!」
最後の仕掛けは始まった。
「それでオレ、彼女ができたの!」
「……え?」
面食らった様にトウマが聞き返す。
「こないだの文化祭の時に後輩に呼び出されて告白されてたの。んでさ、その日は…」
あらかじめ何度も確認し、予習した設定をなるべく自然に口にする。巳波に昨日も演技指導してもらってなかなかいい演技になったんじゃない?…こんな演技上手くなっても仕方ないけど。
虎於の言っていた「引き」って本当にこういうもんなのかな。これでトウマに笑顔で良かったな!とか言われたらオレ今度はほんとに立ち直れないかも…。
そう思いながらトウマの顔に恐る恐る視線をやると、
「よ、よよ良かったな。えっと、今度、俺にも、紹介して、くれよな!その、彼女…を」
震えながら言葉を口にするトウマ。
「…トウマ?」
「あ…ごめん、俺今日今から用事あるんだった。そ、それじゃ、またな」
トウマはそう言うと、くるりと向きを変えて歩き出すが、どうやら前が見えてないらしく何度か壁にぶつかったりしていたが、やがて静かに扉を開けて出て行った。
ただただ固まっていてトウマを見送ったオレはようやく思考を取り戻した。
え、待ってなに今のトウマの顔
今にも泣き出しそうだった
どういう、こと
あれじゃ、トウマは本当にオレのこと、好き、みたいじゃん。
家に戻り、ばあちゃんとごはんを食べ、お風呂に入り、掃除をした後オレは部屋の布団に寝転がった。目を閉じると浮かんでくる、トウマのびっくりした顔、泣きそうな顔を歪めて無理やり作られた様な笑顔。あれは多分、最初に告白して断られた時のオレと同じだ。がトイレで鏡を見た時のオレの顔だった。
ということは、つまり、トウマは、オレに彼女ができたら悲しい。
嘘までついてしまったのは悪いと思ってるけど、正直あそこまでショックを受けているのを見るのは…嬉しかった。
そんで、それと同時に思うこと。
「相手にされてないどころか、オレの【好き】、伝わってないじゃん」
少し言葉で気持ちを伝えなくなっただけで、オレはトウマから簡単に心変わりしたと思われてんだ。
1年もフラれ続けたらそれはそうなのかも。
「それはちょっとしんどいかな」
1年。1年経ってもずっと。ずっとトウマが好きだ。
大きい口を開けて笑う顔が好き。
優しく頭を撫でる、案外大きい手が好き。
オレとは違う男性的な力強い声で、アレンジの多いオレと違って堅実に寄り添って支えてくれる歌声が好き。
優柔不断だし!誰にでもいい顔して好かれちゃうところは…ちょっと嫌…だけど。
でも好きなんだから仕方ないじゃん。
ちょっとでもショックを受けてくれたら嬉しいと思ってたのに。今ではトウマのあの泣きそうな顔が頭から離れない。
その日はトウマの事が気になって眠れなかった。