無題明日も早いしもう寝ようか。そんな会話をしながら寝具に入ったのは、23時を過ぎた頃だった。
しばらく静かな空気が流れていた。オレはベッドの中で目を閉じ、明日の仕事のことや今日あった出来事を思い返していた。
そのとき、突然ヒロトがぽつりと口を開いた。
「…緑川がどこかに行ってしまうのが怖い。」
その声には、いつものヒロトらしさはなく、不安と切なさがこもっていた。
突然の発言に少し驚きながらも、ヒロトの中で何かあったことを察した。
オレがどこかに行ってしまうのが怖いだなんて…
ふらっとどこかに行ってしまいそうなのはヒロトじゃないか。
こんな風に弱気になっているヒロトは珍しい。
でも、オレは知っている。
どんなに完璧に見えても、その内は想像もつかないほど悩んでいる事があるということを。
そして、そんなヒロトが唯一弱さを見せられる存在が、自分であるということを。
ずっと、隣で見てきたんだ。
…だから、
何があってもヒロトのそばにいると決めている。
「どこにも行かないよ。」
俺の言葉にヒロトの目が少しだけ揺れる。
この言葉で安心させられるかわからないけど、今、オレにできるのはそれだけだった。
オレがどこかに行くなんて。
そんなこと、心配しなくていいのに。
「…うん。」
「ヒロト、たまに繊細になるよな」
軽く笑いながら言うと、ヒロトは少しだけ目をそらして恥ずかしそうに答えた。
「……不安なんだ」
小さく答えたヒロトの表情は、まるで子どものようだった。
「そっか。…わかってるよ」
オレはただそう言って静かに寄り添い、ヒロトの髪の毛をそっと撫でた。
24歳という若さで一財閥をまとめてしまう。まるで弱点なんてないようなヒロトでも、その実、ただの24歳の人間に過ぎない。
自分にだけその弱さを見せてくれるのが、少し嬉しいと思ってしまう。
そんなことを考えるオレもつくづくバカだな。
「ヒロト、安心しておやすみ。」
オレのその言葉に、ヒロトは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。
ヒロト。
お前がオレを支えてくれたように、オレもヒロトを支えるから。
明日もまた、二人でいられるように。