0.1%「人間は32憶の塩基対でできてるんだよ。たった4つの塩基を繋ぎ合わせて。そのDNAは、人と人で、0.1%ほどしか違わないんだ。」
ヒロトは教科書を指さしながら、いつものように難しそうなことを口にした。
ヒロトがこういう話を始めるのは珍しくない。さっきまで真剣に教科書を読みこんでいたかと思えば、急にこういう突拍子もない話をし始める。
でも、そんなヒロトの話に、オレはいつも引き込まれていた。
「0.1%か…。少ししか違わないんだね」
オレがそう返すと、ヒロトは優しく微笑んだ。
「そうだね。…でも、その0.1%がすごく大きな違いに感じる」
そう言うヒロトの笑顔は暖かいけど、どこか寂しさを感じた。目を細め、何処か遠くを見つめているような。その視線に、一瞬、自分が触れてはいけない何かに触れた気がした。まるで、今話している内容とは違う、もっと深い所に心があるような。そんな気がした。
「…何か、悩んでる?」
オレが思わずそう尋ねると、ヒロトは一瞬だけ驚いたような顔をした。でも、その驚きもすぐに消えて、いつもの優しい笑顔に戻った。オレはその表情を見て、胸の奥にほんの少しだけ痛みを感じた。
ヒロトが何かを隠していることを、どこかで感じ取ってしまったから。
「大丈夫、悩んでないよ。」
その言葉には、何か嘘があるような気がした。
ずっとヒロトと一緒に居たから、オレにはわかる。
ヒロトは悩んでいるときに、決して本当のことを言わない。
心の奥底に隠しているのだろう。それがヒロトの強さでもあるんだけど。
でも今は、深く追求するのはやめておこう。
きっと、どれだけ深堀しても、いつものようにその優しい笑顔で躱されるだろうから。
「そっか。…でもヒロトはすごいよ」
オレは心からそう言った。ヒロトは何でもできる。勉強もサッカーも、何をやっても完璧にこなしてしまう。しかも、誰に対しても優しいヒロトは、みんなから頼られ、愛されている。
でも、そんなヒロトを見ていると、どうしても無力さを感じてしまう自分がいた。
けれど、そんな完璧にみえるヒロトでも心の中では、他の誰かと同じように悩んでいるんだ。その事実に、オレは少しだけほっとした。
心のどこかで彼が完璧ではないということに安心してしまったのだ。
正直、0.1%の差なんて、大したことないと思っていた。
でも、オレの方が、そのたった”0.1%”の差に執着しているのかもしれない。