王女異世界旅行記 Ⅳ「…もう朝ですの…?」
まるで地面で寝ているかのような硬い感触のまま、寝たような気分にはなれずに朝を迎えてしまった。
「朝だぞ、起き……てるな。」
河合さんが灰色の紙束を片手に持ちながら、引き戸をガラッと開けてくる。直接日の光が入ってくるわけではないけれど、朝日が眩しく感じてしまう。
あまり寝た気はしなさそうだなと言われながら、湯呑みというものを渡される。透明感のある飲み物を一口だけ口に含んでみると、驚く事に味が何もしなかった。
「あの…こちらのお飲み物は…?」
「白湯だ。寝起きに丁度いいだろう。」
白湯を飲みつつ、外出の準備を始める。初めて着る和服も、着方が分からずにすぐはだけてしまう。埒が明かないので、河合さんが洗濯してくれた私の服を、即刻乾かして着ることにした。折角貸してくれたから少し申し訳ない気持ちもあるけれど、致し方ないことだから…。
朝食も済ませた頃合いで外へと出る。河合さんは今日は仕事があるらしく、家に一人で置くのはよろしくないという理由から、同伴することができるようになった。
玄関から外へ出た途端、対角線上の家から白髪の男の人が欠伸をしながら出てきているのが見えた。ふと気になって見ていたら、偶然にも男の人と目が合って、とても驚いたかのように目を見開いてこちらの方に近づいてきた。
「河合〜!?なんだその可愛い彼女は!?」
「うげっ…山内…。」
できることなら出会いたくなかったと言いたげな顔をしながら、河合さんは山内という人と会話を始める。
「なんだよ『うげっ…』てよ〜!お前あんなにも欧米が苦手だって言ってたのにどうしたんだ!!」
「はぁ…どこから説明すればいいんだか…。」
「私から説明いたしましょうか…?」
昨日起きたことを大まかに説明する。不思議なこともあるんだなと軽く流されてしまったけれど、河合さんの後押しもあって信じてくれるそうだ。変な誤解も解けたようで、ほっと胸を撫で下ろすことができる。河合さんはそうでもなさそうだけれど…。
ひとしきり話し終わった後、山内さんが口を開く。
「河合、今日の俺は一日中暇なんだけどさ?そっち仕事だろ?今日だけこの子、俺に預けてくれない?」
「こいつがいいって言うなら俺は別に構わんが…変に面倒事は起こすなよ?」
「任せろって!それじゃまた夕方くらいにな〜!!」
好奇心に駆られてついて行くと言った途端、山内さんに手を引かれて走り出す。どこへ行くのか分からない不安よりも、どのような景色が見られるのかという期待で、心が躍っている様に感じた。
走る足が止まる頃には、見たことのない青い一面の景色が空との境目まで伸びていた。
「これは…大きな湖かしら?」
「ん〜、近いっちゃ近いかな?海って知らない?」
「うみ?地図で見たことはあるけれど、実際に見ると、これほどまでに広大なものですのね…。」
永遠に続くかのように感じるほど大きな海を前に、水が迫っては引いていく音に耳を傾ける。
「これが…海…。」
「どうよ?この景色、気に入っただろ?」
「ええ、とても。」
この景色を眺めるだけで、すぐに時間が経ってしまいそうなほど見入ってしまう。それと同時に、この海の向こうに何が存在するのか、もし海の上を行けるならと、思わず口に出してしまう。
「それなら、行ってみるか?海の上。」
「行けるのですか!?」
突然の発言に驚いてしまい、少し声を荒らげてしまう。山内さん曰く、実際に見た方が早いらしいので、その海へ行く手段というものを見せてもらう
ことになった。
案内してもらった場所は、先ほどいた海辺とは違い人工的で、目の前にはそこらの家よりも遥かに大きい建造物が海の上に浮かんでいた。
「これが…件の…?」
「そう!一般的に言う船ってやつだ。こいつ1隻で1000人は乗れるぞ。」
こんなにも大きな物を水の上に浮かばせられていることに、この世界の技術力は目を見張るものばかりだと強く感じる。
早速乗り込もうとすると、背後から小走りで誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。
「思ったよりも早い到着だな?雪吹。」
「こんな面白そうなイベントがあるんだから飛んででも来るぜ?」
雪吹と呼ばれた赤い髪の男性が、山内さんに語りかける。
彼は山内さんの親友で、同じ関係の仕事に就いているから呼んだらしい。交流の輪が広がって嬉しい反面、私はこれほど巨大な船を2人だけで動かすことができるのかとても疑問に思っていた。
「錨先上げとくか?」
「機関室行くから操舵は任せるわ!俺こんなでけぇ船の操舵はしたこと無いし。」
「機関室も割とデカいけどいけるんか?」
「俺に任せろ〜?」
テキパキと動いて出る準備を進めている。私も何か手伝えることがないかと聞いたけれど、この船について何も知らないことも相まって、ここで待っていてほしいと一番高い場所の部屋に案内された。見晴らしがよくて、昨日空から見ていた景色とはとても違う。
「よっし!準備完了だ。」
『こっちもいつでも動かせられるぞ〜!』
目の前の管から雪吹さんの声が聞こえると、山内さんが柄のついた輪を握って……。
「両舷前進原速!取舵30度!」
『両舷前進原速了解!』
と部屋中に声が響き渡り、急に引っ張られるような、ガクンとした動きが無いままゆっくりと船が動き出す。気がつく頃には、陸地が遠く感じるくらいに離れていた。