黒猫の一夜 黄金色の三日月が薄く雲に陰る夜のこと。
男の隣で寝ていた女はその瞼を開く。男は女に背を向けて寝ていた。呼吸と共に小さく揺れるその背中には女のすがった爪痕が残されており生身の柔肌はふたりの間に何があったのかを物語る。
女はその背を見つめたまま後ろ手に自身の荷物を漁り、鈍く月光を照り返す小型のナイフを取り出した。目の前の男は歴戦の冒険者だというが、例えどれほど強い人間だろうと首を切ってしまえばそれで──
「やめとけよ」
「!」
ギシリ、と。女の動揺でベッドが軋んだ。男は女に背を向けたまま言葉を連ね、女は呼吸を忘れる。
「そんな小刀じゃ俺は殺せない。……試してもらってもいいが自分の命を粗末に扱うだけだぜ」
「……」
「おおかた、金に目でも眩んだんだろ。命が惜しいなら“ソレ”をしまってさっさと眠れ。朝までぐっすり、な」
「……」
男はそれきり黙り込み、女も言葉を発せずにいた。いつから、と女は胸のうちでひとりごちる。この手の仕事は手慣れており一度も殺気を見せなかったはずなのに……。女は疑問を投げかけたかったが男の背はこれ以上話す気は無いと沈黙を示していた。
気付かれ釘を刺されてしまった以上深追いは自分の命を危険に晒すだけだ。女は諦めてナイフを遠くに投げ棄てた。床に当たって響く反響音がもう敵意は無いことを知らしめる。女は幾ばくかどうするか迷い──男の背に頬を寄せた。きっと今がこの背にすがれる最後の夜だから、と。
明くる朝、女は残されたメモを見て唇を歪める。
「ひどい男」
サイドテーブルには昨夜投げ棄てたはずのナイフとメモが置かれていた。『落とし物』とだけ書かれたメモが。