楓可不『僕は　　　　　よね？』　楓ちゃんの様子がおかしい。
　僕に対して「かわいい」と言わなくなった。初めのうちは気のせいかと思っていた。ふとした日常の会話の中でも、ベッドの中でも。今までなら「かわいいね」と囁かれたり「かわいい……！」と悶えられていたであろうタイミングで口ごもる。積もり続けた小さな違和感はある時、楓ちゃんが「かわいい」と発言した直後に「可不可のことじゃないよ！」と慌てて取り繕われた時に確信に変わった。
　自分で言うのもなんだが僕は美人だと思う。ちいさな頃から「お母さんによく似てる」と幾度となく言われてきた。当時はピンと来なかったけれど、年齢を重ねるとともに自分でもそう感じることが増えた。年々母親に似ていく僕を見て、父さんは時に眩しげに、時に淋しそうに目を細める。要するに、僕はかわいいよりは綺麗に分類されるはずだ。
　かわいい、と言われると侮られていると感じる。相手にその気がなくとも、何もできない、かわいいだけで生きることを許されている子どものように扱わている気がして不本意でしかない。楓ちゃんにだってかわいいよりかっこいいと言われたい。僕は本心からそう思っている。
　――かわいいね、可不可
　それなのに！　かわいい。かわいいね。他の人に対してと違う響きを持って繰り返されるたびにおかしくなりそうだ。勘違いしてしまいそうになる。僕は本当はかわいいんじゃないかと。
　楓ちゃんにそう言われると胸が震えてたまらなくなる。だいすきだよって言われているみたいだ。だから――
　
「え？　でも可不可はかっこいいって言われたいんだったらそれでいいんじゃないか？」
「そうなんだけど……そういうわけじゃなくて……」
　僕の言葉に練牙が首を傾げている。添が小声で「わあ……メンドクサ」って呟いたのは聞かなかったことにしてあげる。面倒なことを言っている自覚はあるからね。でも「なんか言った？」と問うように添に微笑むと添は「なーんも」っといつものように嘘くさく笑った。
「よくわかんねえけど、可不可は主任にかわいいって言われたいってことか？」
「う……それは、まあ……」
「違うのか？」
「練牙さん練牙さん、そのくらいにしておいてあげましょうよ」
　やはり納得いかないといった顔の練牙の肩を叩く添がニヤニヤしているのも見なかったことにしてあげよう。これ以上突っ込まれると僕の方が分が悪い気がするしね。けど――
「添ならどうする？」
「えーっと……質問の意味がよくわからないんですけど」
「どうする、というかどう思う、かな。女の子に対してでいいんだけど、どういう時にかわいいと思う？」
「確かに添なら……！」
「えー…………」
　面倒くさいという態度を隠さなくなった。けれど横目でちらりと見たであろ練牙の期待するような眼差しを受けてこっそりため息をついた。
「そうですね……ベタですけど俺のためにかわいくしてきてくれた時とか？　カワイイナーって、オモイマスネ」
　服とか、下着とか。添が付け足すと、途端に練牙が顔を赤くする。その様子をかわいいなあと思うと同時に、添の提案は悪くないかもしれない。
「なるほど……」
　服はこの前、千弥が新しく買った服を楓ちゃんに見せた時にかわいいと言われていたから千弥に相談してみよう。下着は、うーん……ああ、そうだ。前にSNSで見かけたアレがいいかもしれない。僕がそんなことを考えている横で添が「あはは。練牙さん顔真っ赤ですよ」と練牙を揶揄うのが遠くで聞こえた。