心を込めて貴方に「採寸ですか?」
「もうすぐ新たな年になりますから、その神事にてお召しになるもののご準備です。」
リンクは自室にて身支度をされながら専属侍女から説明を受けている。
「この前も作ったばかりですが?」と首を傾げれば、あれは、月見祭のものですから意匠が違いますとの言葉。
「それに、この度はガノンドロフ様からの要望でもありますのでどうかお受け下さいますよう。」
「・・・はい」
そう、言われて仕舞えば首を縦に振るしか選択肢はない。
「それに新年祭の日に大切な方に贈り物をすれば幸せに過ごせると言われています。」
「え?そうなの?」
「えぇ。ですからガノンドロフ様はリンク様に新しい服を送りたいのだと思いますよ。」
その言葉にふと考えを巡らす。
ゲルド王国に時間を遡り飛ばされて、今は王妃の地位についた身である以上、その地位の為の振る舞いが必要ではあると理解している。理解はしているが、服から始まり、腕輪、ピアス、バングル、髪飾りと送られ、内心戸惑っているのは事実だ。
ガノンドロフにそんなに必要ないと伝えるも『お前を飾らんでどうする?』と真剣に答えられた。
—何も返せてないし、この際贈り物考えてみようかな・・・
しかし、相手は王である。ルピーで手に入るものは必要として居ないだろう。では一体何だったら良いのか?リンクは悩んだ結果侍女長に相談する道を選んだ。
◇
「貴方様からのプレゼントならばなんでもお喜びになると思いますが?」
ふふと優しい笑顔で言われ再び頭を抱える。
—思いつかない。
ふと侍女長の手元を見ると針仕事の最中。それを見て脳裏に織物工房で見た柄が浮かんできた。
刺繍・・・とポツリと呟けば、
「あぁ良いかもしれません。」との言葉。
「リンク様、自ら刺したものならば、喜ばれると思いますよ。」
刺繍ならば私がお教えしましょう。という申し出にありがとうございますと頭を下げた。
布に簡単な絵柄を描き、いざと布に針を通す。
だが、柔らかい布に悪戦苦闘し、思ったところに針が出ず、思い描いた様に行かない。しかも指に針を何度も刺す始末。
手が慣れるまで練習あるのみです。と助言をもらうも思い通りにいかず3日経過しても進まない作業に焦りさえ覚えてきた。しかも指に針を刺した跡をガノンドロフに目敏く見つけられ、鋭い目に射抜かれ、ちょっと縫い物してみたくてとはぐらかした。
◇
リンクの刺繍を眺めて侍女長は思案する。
目の前にはうなだれ心砕けかけのリンクの姿。
「そうですね、リンク様は刃物の扱いに長けてらっしゃいますから、彫刻はどうでしょう?」よろしければ知り合いを紹介いたします。という言葉に、ぜひ!と言葉を発した。
数日後、侍女長に連れて行かれたのは小さな工房で、木の香りがあふれている。
「姪の工房です。お話は通してあります。きっとリンク様なら良いものができますよ。」
笑顔を向けられ、ありがとうございます。と礼をし、工房の入り口を潜った。
◇
「こちらが材料です。こちらが彫刻刀で、この様に彫ります。」
と丁寧に説明される。なるほど。と説明を聞き、早速練習用の板に刃を入れる。
刃が木材の繊維を断ち切る鈍い感触が指先から伝わる。
時間の経過も忘れ、集中して彫っていけば、幾何学文様が浮かび上がる。自分の手で出来たことに喜びを感じ、心が湧きたった。
「これは、見事ですね!」
出来上りを褒められ、渡せないかもしないれないという不安は消え、むしろわくわくする気持ちが溢れてきた。
◇
それから数日間、昼間の数時間ではあるが、工房へ通うこととなった。
祭事前はどうしても政務が忙しくなり、連日ガノンドロフは宰相や財務大臣たちと会議と打ち合わせを繰り返している。その為リンクにはまとまった自由時間が出来ていた。
「姪から聞きました。良い腕だとか、やはり刃物の方が扱いになれていらっしゃいますね。」
と侍女長からも言われ少し恥ずかしくなるも、新たな自分の才にちょっと嬉しくなった。
新年祭まであと数日に迫る中、リンクは最後のひと柄に彫刻刀の刃を入れ、見事な小刀の鞘を彫り上げた。月と星、吉祥を表す柄が幾何学に並んでいる。
「完成したのですね。本当に見事です。」
隅から隅まで観察される。
「王妃様にしておくのは勿体無い才です。」
「職人であれば、是非とも良い待遇でお迎えしたいです。」とふふと笑われ。なんだか恥ずかしくなる。
「後は、仕上げにうわ薬にて艶を出して完全な完成となります。ですが、ひとつ残念なお知らせをしなくてはなりません・・・」
伝えられた言葉はリンクの心をひんやりと冷やしていった。
◇
新年の祭事は無事に終わり、王宮には静かな時が流れている。
リンクは祭事の為に新しく仕立てられた服も宝飾も外し今は楽な姿。手には紙で包まれた工房で彫刻した例のもの。
「あの、ガノン。これ、ガノンにあげる。」
ドキドキしながら差し出す。
手の上の紙包みが大きい手に攫われていく。
かさりと紙を開く音。
「作ってみたんだけど、中身が材料不足で、鞘だけだけど・・・。ごめん。」
思わず声が小さくなる。
あの時、工房の主人に告げられたのは、『中身が新年祭までに準備出来ない』という言葉。
理由は材料不足と職人の怪我が重なったためだという。
「本当に申し訳ありません。後日必ずお届けさせていただきます。」
蘇る工房長の言葉。
つぅと鞘をなでる指先。
「彫ったのか?」
「うん・・・」
「見事だな。中身は後々届くのだろう?それまで楽しみにしていよう。」
再び紙に包まれ、卓上に置かれる鞘。
「我が妃は手先が器用だな。」
伸びてきた腕に腰を抱かれ引き寄せられる。
「妃にしておくには勿体無いと言われただろう」と工房長に伝えられたそのままのセリフに、えへ と肯定の照れ笑いを浮かべれば、ふっと優しい笑顔と共にぎゅっと力強く抱きしめられた。
◇
後日小刀が王宮に届き無事鞘に収まった。『お詫びに』と届いた短剣には特別にリンクの瞳の色と同色のサファイアが埋め込まれている。
「最高の品だ。」
ガノンドロフの顔に浮かぶ笑顔にリンクは嬉しくなる。
◇
その後、いつでも所持できる様にと鎖が通され、ガノンドロフの着物の下、肌身離さず持ち歩かれ、大切にされている。
それほどまでに嬉しかったという事実に、リンクは作ってよかったと小刀を見る度、嬉しくなり、胸の内が暖かくなった。